第四章


「これは一体……」
 その物語はここで終わり、私は呆然としてしまった。
 ハッとした時、私は段ボール箱の展示品を前にしていた。振り返れば、双子の兄弟と女性ふたりが私の様子を窺っている。
 私は何を言っていいのか分からず、相手方の出方を見ていた。
「えーっと、一体誰が悪いんだろうね」
「誰だろうね」
 双子たちが言った。
「ほんと他にどんな道があったのでしょう。どっちに行けばよかったのかしら」
 魔女っぽい風貌の女性が色気を出しながら体をクネクネと動かして言った。
「勝本さん、お疲れ様でした」
 確か、ミシロと言っていた。その女性が私に近づいてきた。
「一体、私にどうしろと言うんだ」
 私は後ずさりしてしまった。
「別にどうしろとはいいません。この物語を勝本さんに見て頂きたかっただけです」
「それで、猫はどうした?」
 そうだ、あのタイガーと言う猫、私が去勢の手術をした。あの飼い主の女性も私は知っている。
 安楽死の費用を尋ねてきたのはまさにあの女性だ。松野と名前を記憶している。
「あの猫は勝本さんもご存知の動物病院でその後安楽死しました」
「あの女性はどうしたんだ」
「それは言い表せない程の悲しみにくれていらっしゃいます」
 ミシロは同情するように目を伏せた。
 それを見て私も心苦しい。そんな分かりきった事を質問した自分自身に呆れてしまった。
「あのね、ちょっと僕、訊きたいんだ」
 双子の片割れが身を乗り出していた。
「何を訊くんだよ、フー」
 もうひとりの双子が不機嫌そうに訊いた。こっちがフームだ。
「五匹の子猫を捨てた人のことなんだ。ねぇ、ウィッチ、誰が捨てたか見せてあげて」
 フーがあどけなく頼んでいるが、どことなく目が意地悪っぽく光って見えた。
「あら、いいのかしら。勝本先生もお知りになりたいですか?」
 甘ったるく私に問いかける。ウィッチ(魔女)というよりも小悪魔的なものを感じた。
「別に知りたくなんて……」
 私が言うと、ミシロは厳しく指摘する。
「ご覧になった方がよろしいかと」
「……わかったよ」
 脅された気分だった。
 ウィッチは杖を振り上げ、私の目の前に大画面のモニターを出した。
 よく知っている近所の神社が映し出され、そこに箱を持った男が現れた。
「あっ、あれは」
 男は辺りをキョロキョロとして、木の麓に箱を置くとさっさと走って去っていった。
「これは知ってた方が絶対いいよ、ねぇフーム」
「今日のフーは僕に似てちょっと意地悪だね」
 双子たちは楽しく語らっていた。
 五匹の子猫を捨てたのは中学の旧友の田中だった。居酒屋で一緒に飲んでたときに母親が猫を飼ってるといっていたが、その猫から生まれたのだろう。
「さて、安楽死を、責任を持って決めた方と、生まれたばかりの子猫を捨てた方、どっちが正しいのでしょうか? うっふん」
 色気はあるが、それが鼻について嫌味に聞こえた。
「少々意地悪だったかもしれません。お気に障ったのでしたら謝ります。でもこの物語を勝本さんに是非知ってほしかったのです。どう思おうともそれは私たちには関係ありません。でもこのダンボールに込められた物語は拾った方だけのものではないのです」
 ミシロは管理者らしく威厳をもって話していた。
「私にどうしろと」
 私は責められているのだろうか。
「これで少しは事情がお分かりになられましたか?」
 ミシロはニコッと微笑んだ。
「それはそうだが」
 私は一体何をどう思えばいいというのだろう。
「世の中は何が正しいとかはっきりといえないものもあると思います。でもそこになんらしかの事情のために、そうせざるを得なかったこともあるのでしょう。私はただこの物語が悲しいです。ただそれだけです」
 ミシロも実際のところどう感じていいのかわからなそうだ。
「勝本さん、付き合って下さってありがとうございます。勝本さんがここに来て下さったからこの物語が始まりました」
「何だか私は悪者のようだな」
「いいえ、そんな事はありません。でも事情を詳しく話せなかった方には少し溜飲が下がったのではないでしょうか」
 ミシロはきっと誰の味方でもないのだろう。ただ物語を誰かに伝えたいそれだけのような気がする。
「ここは一体何なんだ」
「はい、ここは『名もなき博物館』。その方が必要とされる物語がございます。私たちはその方をお待ちし、そしてその物語に関わるものを展示しております」
 ミシロは丁寧にお辞儀をした。
 双子の兄弟も魔女もまた頭を下げた。
 そして、全てが終わったのか、気がつくと私は暗い夜道に佇んでいた。
 夜空を仰げば星がまた流れて行く。
「一体なんだったのだろうな」
 その時、この世を去ってしまった一匹の猫の事を私は思っていた。



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