ふたりは謎ときめいて始まりました。

第一章


 一方でミミはベッドの上に寝転び、枕を頭に被せて足をバタバタさせていた。道具も材料も全て揃っていたしケーキ作りの本に書いてあったレシピ通りに作ったし、焼けばスポンジもいい色だった。
 型から取り外ししやすいように、バターを塗って粉をまぶしてそれも完璧だった。だから簡単につるりと型から抜け出たわけだけど、あれならあのまま床に落ちた方が救われていた。
 必死で受け止めてくれたけど、それが却って落ち込む結果になるとは思わなかった。
 ケーキを作ろうと思ったのは、設備のいいキッチンや予め用意されていた材料を見ていると、無性にお菓子作りの意欲が湧いたからだ。
 もともとお菓子作りは趣味ではあるが、ロクの前で少しいい格好したいと思ったとき、お菓子作りの本に載っていた写真がとても素敵で作りたくてたまらなくなった。これを作ればすごいと思われるかもしれない。独りよがりの思いあがりだった。
 自分にも作れると思って挑戦したけども、卵白をかき混ぜている時に雑念が入って集中できずにいい加減になってしまった事を今になって反省する。最後は疲 れてこれでいいかと投げやりになってしまった。ふわっと仕上げるにはメレンゲが大事だというのに、しっかりそれが作れてなかった。
「ああ、自己嫌悪」
 また足をばたつかせていた。
 あの年老いた男性からもらった地図を手にしてここへきたけども、その道のりがよくわからず、一向に目的地に着かずに途方にくれていた。方向音痴と言えば それまでだが、見知らぬ場所は何度地図を見ても、見たこともない景色だと何があるか頭に定着せずに混乱してくる。どうしようかと思っていたとき、雲から太 陽が顔を覗かせた。不思議なことに辺りが眩しくなると同時に突然視界が開けていった。目を細くして見た先に、このマンションがあることに気がついた。
 あれに違いないと、思って夢中で近づけば、やっと地図通りに歩くことができた。目の前ばかり気にして街の全体を見ていなかったのがその原因だったのかもしれない。
 信号を渡り、角を曲がっているうちに街の中にポンと広場が現れた。木がたくさん植えられてまるで森のようだ。住宅街にある子供の遊び場の公園と違ったそ の風貌は、芸術色が濃く、噴水やオブジェが置かれて広々としていた。その向こう側に建っていたビルはまるでリゾートホテルのようだとミミには思えた。ゆっ くりと近づき突然足を止める。
 中に入ろうとするが、ここで合っているのか急に自信がなくなり躊躇してしまう。今時の最新設備がミミの想像を超えすぎて怖じ気ついてしまっていた。
 自分が今どこにいるのか分からず混乱している時だった。マンションのエントランスから男性が出てきた。それがロクだった。
 まるで以前会ったかのようにミミに近づき、親しみを込めて笑うその顔にミミの心臓がドキッと跳ね上がった。体が急に火照っていく感覚を覚え、息が荒くなる。
 自分の中の欠けていたピースがピタリとそこに当てはまったようなハッとする驚きがあった。
 それが衝撃過ぎて、ミミは以前どこかで会ったような感覚に捉われた。
 まだこの時、それがどういう意味だったのかミミは深く考えなかったけど、今ベッドの上で足をバタバタさせながらようやく気がついた。
「一目惚れだったんだ!」
 ミミは恥ずかしさから体がキュッと熱くなり、自分の失敗にいてもたってもいられない。当分はロクの前に顔を出せないと、ほとぼりが冷めるまでジタバタしていた。
 そうしているうちに疲れていつの間にか寝てしまっていた。
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