ふたりは謎ときめいて始まりました。

第三章


「それでは、やっぱり心配で様子を伺いに来たということで、祥君の様子をできる限り探ってください」
 瀬戸の家の近くの角を曲がったところでロクは織香に念を押す。
「わかりました」
 織香は真剣な眼差しを向けた。
 ふたりが見詰め合っている姿にミミはむっとしてしまう。
「でもさ、あの瀬戸っていう男が側にいたら、祥君も正直に話せないんじゃないかな」
「それじゃ、私が祥ちゃんを外に連れ出して……」
 織香が言う途中でミミは遮る。
「病人を外に連れ出すのは継父も怪しむでしょ。それなら、継父を外に出したほうがいいんじゃないかな」
「どうやるんだ?」
 ロクが訊いた。
「私がまたインターホンを押して、なんとか外に出てくるようにいう。白石さんの前なら、邪険に扱えないと思う。その時に、白石さんは出来るだけ祥君からメモの意味を訊いて」
 ミミはメモを織香に渡した。
「分かったわ」
 織香はメモを受け取り、それをパンツのポケットに入れた。
「決して無理をしないで下さい。もし危ないと思ったりしたら、すぐに出てきてください」
 ロクは心配していた。
「あのさ、危ないってどんなこと? 相手は虐待を隠そうとするんだよ。馬脚を現してどうするのよ。危なくなった方が遠慮なく通報できて好都合じゃないの?」
織香を心配するロクに苛立ってしまうミミ。
「そうかもしれないけど……」
 ミミの機嫌が悪くなっている。急にしらけムードを感じてしまい、あまりいい気分になれず、ロクはこれで本当にいいのか迷い出した。
「ここで話すよりも、実際に様子を見てきます。なんとかなるでしょう」
 ロクが何かを言う前に織香は角を曲がって瀬戸の家に向かってしまった。
 身を隠してそれをロクとミミは覗き見するが、内心気が気でない。ロクは喉から心臓がせり上げてきそうにドキドキしていた。
 そんなロクの姿を見てミミは気に入らない。
 ――ロクの馬鹿、馬鹿。
 苛立ちをぶつけるように、ぶつぶつと小声で呟く。
「おい、なんかの呪文でも唱えているのか。落ち着け」
「そっちが落ち着きなさいよ。馬鹿」
「おいおい、いい加減にしろ。今になって俺も後悔してきたじゃないか」
「今更遅いでしょ。とにかくやるしかないじゃない。んもう! 肝心なところでへたれるんだから」
 ミミの口から欠点を言われるとロクの耳は痛かった。
 必死で形だけでも探偵になろうとしているが、実際はいつもこれでいいのかと不安になってくる。ミミの前では醜態を見せたくないと、踏ん張っているが、成 り行きでなってしまった探偵の仕事は思った以上に神経を使っておろおろしている。今のところは、ミミの助けもあってそれで成り立っているが、自分ひとりだ と推理だの解決だのなんてどうしていいのかわからない。
 ロクは昔から人並みに何かを器用にする事はできるが、そこから掘り下げて最後まで達成するという部分に欠けていた。
 だから仕事も就職できたらいいというだけで適当にサラリーマンになったものの、仕事をすれば単調でそれでいて面倒くさい事をずっと続けていくのが億劫になり、もっと自分に合う仕事をするべきだと豪語してやめてしまった。
 何かの資格を取ろうと本を買うまではよかったが、勉強も碌にせずに怠けてばかり、そのうち本気出すなんて思っていたが結局親からも見離されて家を追い出されてしまった。
「はぁ」
 ロクは自分の過去を振り返ってしまい、やるせなさがこみ上げてついため息を吐いてしまった。
 その間に織香はインターホン越しに何かを話している。病人を前にして働いているだけあって、物怖じせずに落ち着いていた。
「白石さん、瀬戸と上手く話を付けているみたいだね。これなら簡単に中に入れるかも」
 織香にわだかまりを持っている事は一旦置いておいて、ミミは事が上手く行く事を願った。
 話終わった時、織香がこっちを向いてオーケーのサインを指で作っていた。
 今から瀬戸がドアを開けて織香を招き入れると思ったその時だった。めがねをかけたふくよかな男が織香へと近づいてくる。
「織香さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで。奇遇ですね」
 浮き浮きと嬉しそうに語りかけていた。
 ロクもミミも予期せぬアクシデントに、慌ててしまう。
「あれ、中井戸さんだ」
 ロクがまずい顔をしていた。
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