ふたりは謎ときめいて始まりました。

第三章


「えっ、中井戸さん? なんか髪型が違うし、こざっぱりと綺麗になってる」
 ミミは驚いていた。
 それよりもこのタイミングで、瀬戸がドアを開けて出てきた。
「白石さん、わざわざすみません……あれ、その人は?」
 瀬戸が中井戸の存在に気がついた。
「ああ、ええと、今偶然会って、挨拶をしていただけです」
 織香が答えた。
「そうですか、とにかく、中に入ってください」
「あっ、はい」
 織香が門を開けて中に入ろうとすると、中井戸の顔つきがきつくなった。
「ちょっと織香さん、この人とはどういうご関係ですか?」
「いえ、ちょっとね」
「まさか、何か言えない関係とか」
「ち、違いますって」
 ミッションがある織香には中井戸が邪魔で仕方がない。
「この人、奥さんがいて子持ちですよ。あなたもね、織香さんをそそのかすのはやめてください」
 瀬戸に向かって敵意を向けた。
「はぁ? 何言うてはるんですか。白石さんはただ息子を心配して様子を見に来てくれただけですがな。あまり変な言いがかりしやんといてくれますか」
 丁寧な口調だが、腹立つのを必死に押さえ込み、代わりに瀬戸のコメカミがピクピクとしていた。
「とにかく織香さん、帰りましょ」
 勘違いの中井戸は、織香の手を引いた。織香はそれにびくっとして嫌がった。
「おいおい、織香さんが嫌がっておられるやないかい。あんたこそ、勝手に誤解して、織香さんに触れて何してはりまんねん」
 益々ピリピリする瀬戸。
 一触即発の空気に、隠れて見ていたロクとミミはハラハラとしていた。
「ロク、なんかやばいんじゃないの。なんで、あそこで中井戸さんが出てくるのよ」
「これは俺たちが出て行って説明しないと」
「でも、今、私たちが出て行ったらもっとややこしくなるって。だって、さっき白石さんのところにいて姿を見られているんだよ。どうして私たちまでこんなと ころにいたんだってことになって、瀬戸にはどうやって説明するの。それだけで私たちが虐待を疑っているってバレちゃうよ」
「もう、ばれてもしかたないよ。ほら、あれを見ろ」
 怖い顔をした瀬戸が肩を怒らせて家から出てきて、中井戸を追い詰めながらタイマン張っていた。やはり血の気が多いそういう道の人だ。
「勘違いも大概にしておきや。これ以上白石さんを困らせたら、俺が許さんぞ」
 目を吊り上げた顔が瀬戸に似合いすぎている。喧嘩慣れしたチンピラそのものだ。
 中井戸も少し及び腰になりながらも、織香を前にして引けに引けずに、無理して抵抗する。意地だけで踏ん張っているが、顔から冷や汗が噴出し、相当ビビッている様子だった。
「ちょっとふたりともやめて下さい。私はただ祥ちゃんの様子を見に来ただけで」
 こじれてしまったこの状況に織香はどうしていいかわからず、ロクとミミの方向をちらりと見る。
 ロクが反射で飛び出そうとするのをミミは咄嗟に服を掴んで止めた。
「ミミ、離せ」
「ロク、落ち着いて」
「これで十分にわかったよ。直接祥司君に確かめるほどでもない」
 ロクはミミの手を振り払い、鉄砲玉のように走っていった。
「んもう、ロクの馬鹿」
 ミミはこの日何回そう言っただろうと情けなくなっていた。
「中井戸さん!」
 走ってきたロクに、そこに居た三人は振り返る。
「あっ、逸見さんじゃないですか。ちょうどよかった、助けて下さいよ」
 中井戸はこれで立場が逆転すると喜んだ。
「中井戸さん、よそ様のおうちの前で何しているんですか。とにかくこっちへきて下さい」
 ロクが中井戸の手を引っ張る。
「ちょっと待って下さいって。僕は織香さんを助けようとしているんですよ」
 中井戸は一歩も譲らない。
「ちょっと、兄ちゃん、あんた、さっき白石さん宅で会った人ちゃうん? なんや、あんたも白石さんの後付けてきたんかいな」
 瀬戸がギロリと睨んだ。
「いえ、俺はただの通りすがりで……」
「はぁ? なんかおかしいのう。一体あんたら白石さんをどうしようっていうねん」
「瀬戸さん、この人達は何も関係がなく」
 織香も必死に言い訳をする。
「白石さん、こいつらもしかしたらストーカーちゃいます?」
「いえ、違います、違います。あの、とにかく祥ちゃんの様子を」
 織香は話をそらそうとする。
 その間、勘違いした瀬戸は中井戸とロクにじりじりと近づき凄みを利かせていた。
 ロクは恐怖を感じ、中井戸は負けられないと必死で踏ん張る。
 三人の仲に入ってそれを止めようとする織香。
 瀬戸が顎を突き出し、強面をロクと中井戸へ見せ付ける。
「手を出したら、け、け、警察呼びますよ」
 中井戸がけん制した。
「おお、上等やないか。呼べるもんなら呼んでみ、そっちが先にいちゃもん付けてきただけで、俺には関係ないわ」
 混乱が生じている間、ミミは瀬戸が背中を向けている事をいいことに死角となり、素早く近づいて勝手に家の中へと入ろうとする。
 そこにいた瀬戸以外、ミミの行動をちらりと見て度肝を抜かれていた。
「なんや、変な空気今流れたで」
 瀬戸が振り返ろうとするところを、咄嗟にロクが気をそらす。
「ああ!」
「なんや、急に大声出して」
「む、胸が、く、苦しい」
「はぁ? 発作か」
 瀬戸の注意がロクにむいたところで、ミミはそっと家に入る。
「ああ、大丈夫ですか。瀬戸さん、ちょっと支えて下さい」
 織香も空気を呼んでひと芝居打ち、瀬戸が玄関を振り返らないように工作する。
「な、なんやねん。一体」
 瀬戸は織香から言われて手を差し伸べるが、困惑していた。
 ――ミミ、上手くやれ。
 仮病なのに、ロクの気分が本当に悪くなっていた。
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