ふたりは謎ときめいて始まりました。

第四章


 そして、織香の住んでいる家にやってきた。ここまでくると確かめずにはいられない。
 門の近くにあったインターホンを押せば、壊れているのか手ごたえがない。家の中からも呼び鈴の音がしている気配がなかった。
「本当に鳴っているのかな」
 勇気を出して、勝手に表庭に入って吐き出し窓へ近づいた。玄関にいくよりもこっちの方が中を覗きやすい。
「窓から直接覗いてやる」
 だが、レースのカーテンが閉まってよく見えない。
 思い切ってノックしてみた。でもやはり反応がなかった。
「笹田さんもいない。留守なのかな」
 一体自分は何をしているのか。我に返ったとき、自分が嫌になってくる。こんなところを人にみられたくないと、踵を返して門を出ようとしたときだった。
 黒い車がゆっくりとミミの前を動いていく。開いている窓から運転手と目が合ってしまった。瀬戸よりもさらにきつくしたような鋭い眼光に、ミミはびくっと してしまった。走り去っていくその車の後ろを暫く圧倒されて見てしまう。後部座席にも誰かが乗っていて、振り返っている様子だった。
 車種は知らないけども重圧感のある高そうな車だ。自分の家の車みたいだとミミは感じていた。
 とぼとぼと帰宅途中、ショーウインドウに映る自分の姿が情けなく、反発して背筋を伸ばした。ひとりで街を長時間歩くのはこの街を訪れて以来だ。いつもロ クに頼り、どこへ行くにも側にロクがいた。買い物すらロクが主導だ。よく考えれば、ミミはまだ自分ひとりで何かを買ったことがなかった。
 気晴らしにコンビニへ立ち寄った。ずらっと揃う色んな商品がミミの目には新鮮で珍しく映る。何か買って帰りたい。ゼリーやヨーグルトの隣にケーキがいくつか並んでいた。
 ――賞味期限25.05.11となっている。
 不思議に思いながらそのケーキを手に取り、それをレジに持っていった。
「あの、ここに書いている日付なんですけど」
 ミミが指摘すると、女性の店員がじっと見つめて『あっ』と気がついた。
「すみません、賞味期限昨日までとなって過ぎてますね」
「あっ、そうなんですか?」
「えっと、どうしましょう」
「これが一番美味しそうだったので……」
 その店員は奥にいた店長を呼んで、賞味期限が切れてることを言った。
「あっ、どうもすみませんでした。賞味期限は目安で味は劣るかもしれませんが、食べられないことはないと思うので、よかったら半額にさせていただきますが」
「あっ、そうですか。じゃあ、買います」
 今更いらないとも言えず、ミミは肩にかけていたポシェットから財布を取り出した。よく見れば一万円札しかはいってない。
「袋はどうされますか?」
「お願いします」
 店員はレジを打ち、目の前のモニターに『138円』と記された。
 細かいのがなくて申し訳なく、ミミは一万円札を出した。店員はそれを受け取り眉間に皺を寄せて、あまり歓迎しない仕草をする。
「すみません、他に持ち合わせがないんです」
 謝るミミを見てすぐ店長が店員から引き継ぎ、女性の店員を隣のレジに移動させた。
「ああ、構いません。大丈夫ですよ」
 ミミは再度、鞄の中を探り、そこに百円が二枚落ちているのを見つけた。
「ああ、ありました。二百円」
 ミミは一万円を戻してもらい、二百円を差し出した。
ホッとしていると、隣のレジでもミミと同じような状況になっている客がいた。
「あら、細かいのがないわ。一万円でいいかしら」
「いいですよ」
 さっきの女性店員はミミのときと違って一万円を手にして笑顔で受け答えしていた。ミミはそれを見ていて顔をしかめていた。
 また変な感覚がよぎり、困惑してくる。突然の不安。浮かない顔をして店を出れば、ばったりと中井戸に出会った。
「あっ、ミミさん。奇遇ですね」
「中井戸さん、おはようございます。どこかお出かけですか」
「もちろん仕事ですよ」
「そうですか」
 中井戸がどんな仕事をしているのかミミには想像つかない。
「さっき、逸見さんに会いましたけど、今日は別行動の調査ですか?」
「えっ、どこでロクに会ったんですか?」
「僕のアパートの近くです。隣に知らない男性もいました」
「それで何をしてたんですか?」
「さあ、詳しくは分かりませんが、僕の上の階はまだ開いているのかとか訊いてきたので、部屋を探していたのかもしれません」
「そうですか」
 ミミの表情がぱっと明るくなった。
「中井戸さん、ありがとう。よかったらこれどうぞ」
 ミミは先ほど買ったばかりのケーキを差し出す」
「な、なんですか、急に」
 中井戸に押し付け、ミミは走っていく。後ろでミミを呼ぶ声が聞こえたが、立ち止まらなかった。
 織香といつまでも一緒に同居できないと思った笹田のために、ロクは部屋探しを手伝っているのだろう。
 それを勝手に変な想像をしてしまった。
 ミミはいつもロクのこととなると一喜一憂してしまう。それが馬鹿げていると後で思うのに、どうしようもなくいつも心が乱される。
「仕方ないじゃない。好きなんだから」
 お守りの金の懐中時計がショルダーバッグに入っている。いつか自分の気持ちがロクに届くようにミミは鞄の上に手を重ねた。不安に惑わされずに、一日一日を大切に明るく笑っていたい。
 ロクの事を思うとミミは駆け出さずにはいられなかった。
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