ふたりは謎ときめいて始まりました。

第五章

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 その夜、ロクは海禄に車でマンションへ送られた。
 自分が父親と知った今、なんだか照れくさいものがあった。別れ際、海禄はロクと真剣に向き合った。
「年上の私が、あなたをお父さんと呼ぶとおかしいですが、でも言わせて下さい。お父さん。どうか、あなたのやりたいように過去で頑張って下さい。思春期の 私はあなたに反発をするでしょう。それはまだ何も知らなかったからです。あなたは過去で自分の身分を証明するものがないために、母とは結婚する事ができ ず、そのため私は母方の実家で親類から色々と後ろ指を差されて育ちました」
 ロクは言葉を失った。
「でも母はあなたを一途に愛しました。籍をいれなくても事実婚でいいといいきりました。自由に父と会えなかった私でしたが、会えた時はそれ以上に可愛がっ てくれました。それでも不満を抱き私はなぜ父と母が結婚しない生活なのか理解できなかった。あなたを恨んだこともあります。そして親族から歓迎されなかっ たせいで九重という苗字も嫌いでした。だから私は結婚した時妻の苗字に変えたのです。宇野という名前もまさにスペイン語の一という意味で気に入りました し」
 ここで海禄は笑った。
「結局父の後姿を見て、気がつけば私も刑事になってました。父を越えたいとライバル心もあったんですけど、でも刑事になってよかったと思います。私もまた このからくりに必要だったのでしょう。だからこの後のことは私に任せて下さい。白石さんや瀬戸さんたちのことも何も心配することはないと保障します」
「わかった」
 最後に海禄と固い握手を交わした。
 ロクには父親としての実感はないが、無条件にこの男を愛せる自信はあると思った。
 まだまだ不安は残る。だが自分が突き進めばいいだけだとロクはこの三日間寝るのも惜しんでノートの情報を読み漁った。
 自分がある程度大きくなったときに起こった、話題になった事件は記憶があり、全く知らないわけではなかった。
 生まれる前の事件も有名どころはなんとなく分かる。こまごまとしたローカルな事件を重点的にロクは覚えていた。
「お金を稼ぐのは知っていた……か」
 実行を明日に控えての夕暮れ時、ふと九重に言われた言葉が頭によぎった。
「なるほど。多分これは競馬だろう」
 その情報も過去に遡ってネットを使って有名どころのレースの結果を自分で調べ上げた。こればかりは紙に書き後にポケットに忍ばせる。
 ミミのいない設備が整った部屋は、肝心な電気が通っていないほど何も機能していない。彼女がいない生活はもうロクには考えられなかった。
「さあ、ミミに会いに行く」
 懐中時計の蓋を開ければ、九時を指して止まっている。明日これが動き出す頃、ロクは一九八〇年の四月未明にいるはずだ。
そしてその時が来た朝、ロクは言われたとおりに老人に変装し、鏡を見て笑っていた。

 緊張しながら駅の中を歩いている時、初夏を思わせる頃から、まだ肌寒い四月初旬へと一瞬にして気温が変わり、景色も設備がととのってない古い時代のものへと変貌した。
 はっとして、ロクが懐中時計を取り出すと、秒針が動き時を刻んでいた。自分は過去にいると確信すれば、前方に行くあてがなさそうにどちらへ行こうか思案しているミミを見つけた。
 心の中で「ミミ!」と叫ぶも、ロクは一度深呼吸した。
「九重……ミミ……さんだね」
 警戒心を持って振り返るミミ。
 やっと会えて嬉しくもあったはずなのに、まだロクのことを知らないその姿に、もどかしさを覚えた。抱きしめたい衝動でそれを堪えると体が震える。
「あの、どうして私のことを?」
 ロクは懐中時計を取り出した。
「これを預かって君に渡すようにと言付かった。これは君を守ってくれるものだ。肌身離さず持っていれば、きっといい事がある」
「誰に言われたの?」
 その質問には答えず、ロクは金色のピカピカの懐中時計をミミに手渡した。
「君のことはよく知っている。なぜここにいるかも分かっている。今困っているのは住む場所だろう。俺はそれを紹介できる」
 ロクは地図を渡した。
「その地図の丸で囲ってあるマンションへ行きなさい。そこは暫く誰にも邪魔されずに過ごせる快適な部屋がある。そこには間抜けだけど力になる探偵がいる。名は逸見ロクという。君の事を待っているから面倒を見てやってくれないか」
「あの……」
「行くあてがないのなら、そこへ行きなさい。その懐中時計が全てを導いてくれるはずだ。さあ、早く」
「わかりました。そこへ行けばいいんですね。探偵って……どんな人なんだろう」
 目的が出来るとミミの足取りはしっかりと進んでいく。ロクは去っていくミミを見つめ、初めて出会ったときの事を思い出した。懐かしく感じていると、ミミの姿が消えたり、現れたりと揺らいでいた。
 過去と未来の移り変わりに時空のゆがみが生じているのだろう。
 ロクはミミの姿が見えなくなるまでその場に佇んだ。
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