ふたりは謎ときめいて始まりました。

第五章


「久太郎君」
「どうしたの、葉山さん?」
「あのね、消しゴムのことなんだけど」
「あっ、そうだ。あの消しゴム、見つかったんだよ。ほらっ」
 久太郎は楓にそれを見せると楓の目が潤み出した。
「あのね、その消しゴムね。私がとってなくしたの」
 楓は正直に言った。
「ん? 消しゴム、ここにあるけど?」
「その、消しゴムがなくなったのは私がとったからなの。ごめんなさい」
「えっ? 葉山さんの言ってる意味がわかんない」
 久太郎にとって楓の説明では要領を得てなくて状況を把握できない。ミミは助け舟を出す。
「あのね、久ちゃん、その消しゴムね、楓ちゃんに魔法を掛けたの」
「魔法?」
 そう恋という魔法よとミミは心で呟く。
「だから楓ちゃんは魔が差してそれを持ってしまったの。楓ちゃんはすぐに返そうとしたのに、消しゴムが帰りたくなくて飛び出してどこかへいっちゃったの。その事を久ちゃんにずっと言えなかったの。でもずっと謝りたいって思っていたんだよ」
 遠まわしに説明するが、ミミ本人も自分の言っていることに無理があるから苦しい。
「久太郎君、本当にごめん」
 楓は涙ながらに謝ると、となりで美佐子も「ごめんなさい」と頭を下げていた。
「なんだかよくわからないけど、消しゴムは戻ってきたし、この消しゴムも外に出て楽しんで帰ってきたんだと思う。おばあちゃんが話してくれたんだけど、物 にも魂が宿って、持ち主を運命に導く力があるって言ってたんだ。きっとこの消しゴムもそうなんだと思う。だから気にしないで」
 どこまでも久太郎の心は澄んで優しい。久太郎の祖母の言葉を聞く限り、いいおばあさんなのだろう。ミミまでも久太郎の言葉に心が温かくなった。
「久太郎君……ありがとう」
 楓の目に溜まった涙がこぼれていく。でも気持ちはすっきりしてほっとした涙だった。
 楓は正直に言った。解釈の仕方が違っても久太郎はそれを受けいれた。これで楓の問題は解決したのだ。
「楓ちゃん、よかったね」
 ミミもほっとする。
「よぉ、久太郎」
 ロクが現れた。
「ロク兄ちゃん、ほらこれ見て」
 消しゴムを見せる久太郎。
「もしかしてこれって、なくしたっていう消しゴム?」
「そうだよ。お父さんが門の近くで見つけたんだ」
「お父さん? その人今どこ?」
 ロクは詳しい話を聞きたいと辺りを見回す。
「仕事があるからもう帰っちゃった。僕もそろそろ帰らないと。早く帰るってお父さんと約束したし。それじゃ、葉山さん、また明日ね。ミミ姉ちゃんもロク兄ちゃんもまたね」
 最後に美佐子と目を合わし軽く頭を下げる久太郎。
 そこにいたものはみんな、去っていく後姿を見ていた。
「あの、逸見さん、ミミさん、色々とお世話になりました」
 美佐子が改めて礼を言う。
「一体、どうなってんだ?」
 ロクはまだ把握しきれてない。
「あとで説明するから」
 ミミは肘鉄をつく。
 楓と美佐子はお礼を言うと、すっきりとした顔をして帰っていった。
 ミミはふたりを見送った後、手短に経緯をロクに話すと、ロクは腑に落ちないと顔を歪ませた。
「楓ちゃんが謝れたからこれは一件落着。それで、ロクは先生と何を話していたの?」
「久太郎の消しゴムのことに決まってるだろ。先生が用意したのかってことを確認したけど、何も知らなかったそうだ。それで放課後このクラスに入った大人がいなかったか確かめてたんだ。先生の知ってる限りでは不審な事は何もなかったらしい」
「そっか、大量の消しゴムは誰が用意したかはわからないままか」
「それで、その久太郎の父親って刑事って本当か?」
 ロクがいうと、「刑事?」と後ろで瀬戸の反応する声が聞こえた。
 その隣で、祥司がボソッといった。
「久ちゃんのお父さんでしょ」
「なんや、お前の友達の親はデカなんか」
 瀬戸が聞き返すと、祥司は不機嫌に「うん」と首を振った。
「祥ちゃん、もしかして、どこか具合が悪いの。授業でもなんかいつもと違った雰囲気だったよ」
 ミミがいうと、祥司ははっきりしない表情で首を横に振る。それが嘘なのが誰の目にも映った。
「もう、祥司、そんなに怒らんでも。ママも大変やねんって。その代わり、逸見さんとミミさんが来てくれたやんか。いつまでもそんな暗い顔してたらあかんで」
「そんなんじゃないもん」
 祥司は走っていってしまう。
「祥司、廊下走ったらあかんやん。もう、しゃーない子やで」
「祥ちゃん、お母さんによほど来てほしかったんでしょうね。瀬戸さんと並んで参観日に来ているところを見たかったんですよ」
 ミミは察して、祥司をかばった。
「そうだとしても、あんなに暗いあの子を見るのは初めてですわ。いや、待てよ、一回あったかな、そういえば、その時あのメモを書いたときかもしれません わ。急に黙り込んで元気なくなりよったんですわ。あの時もそういえば、ママが海外に出張に行くと決まったときでしたわ。あいつマザコンやったんですな」
「確か、お母さんはお疲れみたいって言ってましたね」
 ミミが言った。
「そうですわ。あの子なりに母親のこと心配してたんですな。本当なら俺が働いて母親が家にいる方がええんですけど、俺の方が家事するのうまいとかいうて、外で働かせてもらえへんのですわ」
 それぞれの家庭の事情もあるだろうと思いながら、ミミは聞いていた。
 その時、ロクの表情は硬く考え事をしている様子だった。
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