第三章
8
下駄箱で靴を履き替えようと中を覗き込んだとき、そこに四つ折にされた紙が入っていた。
それを取り出し読んでみれば、ネチネチとした嫌がらせの文章と、最後にまた『桜井』と名前が入っている。
今度は、心得がなっていないやら、わざとボールに当たって同情を買ったやら、恨みつらみと続き、草壁先輩に近づくなとやっぱり前回と同じような文面で警告している。
「一体誰が」
草壁先輩と橘先輩の証言を元に考えたら、これは櫻井先輩でも常盤先輩の仕業でもない。
内容を読めば、サッカー部の中で起こったことを知ってる人にしか書けない文面であり、そして私の事を嫌っているというキーポイントを照らし合わせたら、容易にその犯人がわかった。
加地さんだ。
何も櫻井さんの名前を語る事ないのに、余程この人も常盤先輩と同じようにぶっ壊れた性格の人のように思えた。
しかしどちらも卑怯極まりない。なぜこんな事をして自ら自分を貶めるのだろう。程度が低くなると思わないのだろうか。
目の前に嫌いなものがあれば、人間は攻撃性が高まり理性がなくなって我を忘れてしまう。こういう人間に絡まれた時が一番やっかいでならない。
対処法を間違えたらえらいことになりかねないと思った時、一年生で先にサッカー部のマネージャーを辞めた人が居ることを思い出した。
私は、その人が誰だか知りたくて、職員室に向かった。
挨拶しただけで、まだあまり話した事はないけど、サッカー部の顧問をしている先生のところへ向かった。
名前もすぐに出てこなかったけど、顔を見たら分かるだろうと、適当に中に入って探していたら、不審者だと思われて声をかけられた。
「どうした。キョロキョロして」
「えっ、あの、そのサッカー部の顧問担当の先生を探してるんです」
「ああ、武藤先生か。うーん、まだ来てないみたいだね」
教室を見渡しているその顔には見覚えがあった。
この人、近江君と喋ってた、確か江坂先生とかいうんじゃなかったっけ。
「私でよかったら、話を聞くが」
「いえ、その、サッカー部の事なので」
「君はマネージャーかい?」
「はいそうです」
「もしかしたら、櫻井の後に急遽入ってきたという一年生か」
「はい」
「櫻井が喜んでたぞ。いい後輩が入ってくれたって」
「えっ、そうなんですか」
「あいつも急に進路変更して、それでクラブ活動が続けられなくなって、責任感じてたからな。そういえば、君、前に近江と一緒にいた子だな。見たことある」
「は、はい。そういえばそうですね」
そんな話をしているとき、武藤先生が職員室に入ってきた。
積極的な江坂先生が媒介してくれたお蔭で、武藤先生と接し易くなって、なんとか自分の知りたい情報は聞くことができた。
なぜそんな事を聞くのか訪ねられたが、適当に誤魔化し、その後は自分の腕時計をわざと見て慌ててるふりをしながら職員室を去った。
そして、その足で元サッカー部マネージャーの岡本さんに会いに行った。
岡本さんは小柄でチョコチョコとした子リスのような印象があった。
訝しげな表情をして、私に近づいてくると、私は気を配りながら頭を下げた。
「あの、突然すみませんが、なぜサッカー部のマネージャーをやめられたんですか?」
私が脈絡もなく質問すると、岡本さんは目を逸らして困った表情になった。
「もう終わったことだし、私は関係ないわ」
「もしかしたら、嫌がらせとかなかったですか?」
その言葉は岡本さんの嫌な記憶を蘇らせたようだった。はっとして私を凝視した。
「べ、別にね、今更言ったところで仕方がないしね。私はサッカー部とは関係ないから」
あまり話したがらない様子だったが、私は無遠慮に質問を続けた。
「もしかしたら同じマネージャー同士でですか?」
岡本さんは思いっきり溜息をついて、私を見つめた。無視しきれないと覚悟をしたようだった。
「何が聞きたいの? 加地さんの事?」
とうとう開き直った。
岡本さんの話では、加地さんと仲良くするのが難しく、常に鬱陶しがられてやりにくかったらしい。
そのくせ、部員や先輩の前ではいい顔をして自分を売り込むので、岡本さんは誰にも相談することができず、耐えられずに辞めててしまったということだった。
岡本さんも、ミーハー的な部分があり、サッカー部の人達がかっこよかったからという動機でマネージャーになったので、そういう部分が不純で加地さんに嫌われる要因だったのかもと自己分析していた。
実際、チヤホヤされたのは岡本さんの方でもあったらしく、そういう部分も含め加地さんは気に入らなかったのかもしれない。
そう考えれば、草壁先輩から直々に推薦されて入ってきた私にも当てはまる。
加地さんにとって、自分より目立つ存在は許されないようだった。
これで辻褄が合い、あの手紙の犯人も加地さんだと固まった。
岡本さんに、厚くお礼を言うと、半ば同情の眼差しで「あなたも大変ね。でも頑張ってね」と労ってくれた。
思わず苦笑いを返してしまった。
一応すっきりとしたが、それを知ったからといって解決する補償はない。
一番の原因が嫉妬からくるものと分かったとき、人間の嫌な部分に辟易してしまう。
気の強い人程、そういう敵意を持ちやすくなるのだろうけど、気の弱い者が常に攻撃されるのが悔しい。
それだけ自分が低く見られているという事でもある。
私だって悔しくて仕返ししてやりたいが、加地さんと同じ土俵には立ちたくないプライドがあった。
あーもうやだやだ。
そして自分の教室に入れば、えらく教室内の雰囲気がいつもと違っていた。
特に相田さんが乙女になって天にも昇るような顔をし、一点を見つめている。そしてソワソワ、ヒソヒソと同じ方向を見ながらキャッキャウフフの状態だった。
「おはよう、千咲都ちゃん」
元気に声をかけられた方向を見れば、席についてる近江君の側で草壁先輩が立っていた。
なぜここに……
思わずのけぞった。