第三章


 僕と神野はその後も暫く店の手伝いをし、今日のシャッターチャンスを使い切ったことで映見は買い物を済ませると、とっとと帰っていった。
 また後でメールが入ると思うが、映見がすぐに帰って行くのを寂しく感じていた。
 店から出て行く映見の後姿を見ていると神野がひじで突いてきた。
「だから、素直に時生映見と過ごせばいいんだよ」
 その時は忙しいふりをして無視をした。
 店の手伝いが終わって解放されたその夜、神野は僕の背中を「おつかれ」と言いながらバシッとたたく。割と顔が歪むほどに痛かったので腹いせかもしれない。
「結局は俺たちここで何をしたんだろうな」
 嫌味とも取れる神野の指摘。一瞬むっとするも、巻き込んだのは僕のせいだから何も言い返せなかった。
「まあ、次もせいぜい頑張りな」
 最後は励ますように僕の肩をぎゅっと抱き寄せた。
「おいおい、男同士でやめろよ」
 といいつつも、本心はそんなに嫌じゃなかった。ふざけた事が時には気持ちを和らげる。
「まあ、透がドジなやつでも、俺は最後まで友達だってことさ。そこんところは忘れるなよ」
「ふん、おせっかいな奴。それに人間は完璧な奴なんていないんだよ。それに僕はそんなにドジじゃないから」
 反抗してみたものの、実際はことごとくここぞと言う時に僕は失敗してしまう。
 何かがスムーズに事を運ばせてはいけないと邪魔をしているようにすら思える。
「隙を狙おうと力みすぎるのが裏目に出るんだ。残り四連休は隠し撮りしようとせずゆっくりとふたりで過ごしてみたらどうだ」
 神野が言ったあと、スマホの着信音が鳴りすぐさま確認した。

 ――明日はピクニックに行こう。お弁当ちゃんと作るね。朝十時にいつもの駅で待ってます。

 神野も隣で覗き見をしていた。
「なるほど、そのつもりで今日スーパーに買い物に来てたってわけか。お弁当ってなかなかいいじゃないか」
 僕の気持ちも知らない神野の能天気さが堪える。
「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ」
「アホか! 付き合わされた俺の方が何倍も疲れたわ」
 うっすらとした街灯の光に神野が照らされる。白い肌の神野は僕よりも大人っぽく数倍もイケメンだった。
「なんで先に出会った神野じゃなくて、映見は僕に付きまとうんだろう。神野の方に付きまとえばよかったのに」
 神野の耳には届いていたはずなのに、無視をされた。やっぱりこんな小言も馬鹿げて聞こえたのだろう。それとも怒っているのだろうか。気まずくなって僕は黒で塗りつぶされた夜空を仕方なく見上げた。
「細い三日月がシャープに光ってきれいだね」
「ああ、まるで鋭い鎌のようだ」
 僕は神野の例えが気に食わなかった。鎌は死神の持ち物だからだ。
 神野は仕返しをしたつもりだろうか。だけども、その細い三日月は本当に鋭い刃のように見えたから、例えとしてはそれ以上のものが浮かばないようにも思えた。
 僕たちは何かを心に秘めたようにお互い月を見ながら暫く黙って歩いた。
 そして神野は「じゃーな」と手を振って僕と反対方向の道へ進んでいった。
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