Pure Dark

第十六章

52 解き明かされる思い

 デバイスを握る手に力が入り、勢いで蓋を開けると同時に光が鋭い閃光になり剣の形を成す。
 ヴィンセントの背中にフォーカスすると何も考えられず、一心不乱で構えを崩さずパトリックは走り出した。
 加速した勢いに任せその剣をヴィンセントの背中にずぶりと突き刺す。
「うっ」
 ヴィンセントは声を漏らし、視線を胸元に向けると、光の剣が突き出ているのを目にする。痛みよりも、突然の予期せぬ攻撃に判断力を奪われ戸惑った。
 パトリックは歯を食いしばり、悲痛な叫び声とともにその剣を抜いた。
 それと同時に口から血が吐き出され、ヴィンセントはガクッと跪いた。
「ヴィンセント!」
 リチャードが驚き、動きが止まる。
 コールもまさかの展開に一瞬静止した。それをブラムは見逃さなかった。すっとコールの側に瞬間移動して手に持っていたライフクリスタルをあっさりと奪い取った。
 ブラムは口角を少し上げて冷ややかな笑いを浮かべたとたん、コールの腹に手をかざしてまぶしい光を大砲の弾を発射するかのごとく解き放つ。
 その光はコールの体を勢いよく通り抜けていった。
 コールは腹を抱えこみ膝をつき、上から見下ろすブラムを目を見開いて固まったように凝視していた。体が震え出すと前屈みに倒れ込み、深い吐き出すような 咳がゴホッと二、三回溢れ出ては苦しそうに喘いでいた。
「すまないね。だがそなたの火の粉だ。それが自分に降りかかっただけだ」
 ブラムは冷血な眼差しを向けた。
 パトリックは今度はリチャードにフォーカスする。そして剣をリチャードに向けて突き刺そうとするが咄嗟に避けられた。
「どうしたんだ、パトリック。なぜ私達を狙う」
 パトリックは自分の意思ではないと葛藤した苦しい歪んだ顔をリチャードに向けた。リチャードはすぐにブラムの仕業だと読み取った。
 だがパトリックはやり遂げなければならなかった。地響きがするくらいのありったけの声をあげリチャードに再び襲い掛かる。
 リチャードは覚悟を決めて抵抗はしなかった。あっさりとパトリックの剣がリチャードの体を突き抜けた。
 パトリックは断腸の思いで剣を引き抜き、息を荒くして呆然と立つ。リチャードは傷口を押さえ、フラフラとしながら地面に倒れこんでいるヴィンセントの元で崩れこんだ。
 ヴィンセントは辛うじてまだ息をして、意識があった。急所は外れているようだった。
 リチャードに支えられ体を起こした。
 リチャードも急所を外れるようにわざと刺されたので命には別状がなかった。だがダメージは大きい。とにかく様子を見るしかなかった。
「パトリック、よくやった。お前はやはり優れたディムライトだ。誇りに思う」
「早くベアトリスを助けて下さい」
 パトリックは一刻も争うとブラムをせかした。
 ブラムは落ち着けと言わんばかりの余裕の笑みを見せるが、その笑は次第に声を伴い、最後には天下を取ったような勝ち誇った態度で声を高らかにあげた。
 パトリックはその態度を見て、困惑していた。
 ヴィンセントとリチャードも訳が分からないと様子を見ていた。
「ヴィンセント大丈夫か」
「ああ、なんとか生きてるよ。親父はどうなんだ。なんでパトリックが俺たちを殺そうとするんだ」
 苦しそうに喘ぎながらヴィンセントは答えた。
「パトリックはブラムに逆らえないだけだ。命令を下したのはブラムだ」
「しかしなぜ。俺たちはただベアトリスのライフクリスタルを取り返そうとしただけだ。それなのにどうしてこんな仕打ちを」
「これには何かある。とてつもないことをブラムは企んでいる」
「コールはどうなったんだ」
「アイツは虫の息だ。このままでは奴が死ぬのは時間の問題だ。そして私達も危うい。最後にブラムは私達にもとどめを刺す事だろう」
 二人はこれからどうなるのか、声を上げて笑っているブラムを窮しながら見ていた。
 ブラムの笑い声が消えると共に、彼は突然姿を消した。全てのものが唐突なブラムの行動に戸惑い、彼を探し求めた。
 そしてブラムが再び現れたとき、彼の腕には静かに眠った美しい女性が白い布に包まれて大切に抱えられていた。ブラムの女性を見る目つきで取り憑かれたほ どに心を奪われているのが誰の目にも映った。
 肌の色は透き通るように白く、それに映えるように 栗色の長い髪がとてもつややかに光っている。
 雲のようなベッドをベアトリスが寝ている側でまた作り、その女性を丁寧に寝かした。二つのベッドが横に並んでいる。そのベッドの間にブラムは挟まれて立っていた。二人の顔を交互にみて落ち着きを払っている。
 ブラムが連れて来た女性を見て一番驚いたのはアメリアだった。
「ブラムこれはどういうことなの。どうして彼女がここにいるの」
「エミリーのことかね。彼女はここでずっと眠っていたんだよ」
「彼女は死んだはずよ。崖から海に飛び込んだはず」
「見つかったのは、遺書と彼女の持ち物、そして海に浮かんだ彼女の服の一部。だが死体は見つからなかったんじゃなかったのかい?」
 アメリアはその通りだと黙りこんだ。
「彼女は確かに海に飛び込んだ。私はそれを見ていたのさ。そして彼女を救っただけ」
「じゃあ、どうしてこんなところで眠っているの…… まさか」
 ブラムの意図に気づいたアメリアの体から震え上がるような恐ろしさがこみ上げる。ベアトリスを見つめ引き裂かれるほどの悲痛な表情に顔を歪めた。
「やっとわかったかい。私はこの時を待っていた。エミリーに永遠の命を授けるためにね。ベアトリスのライフクリスタルを狙っていたのはこの私だ。私が全てのことを仕掛けた」
 これにはそこで話を聞いていた全てのものが仰天した。命が消えかけそうなコールですら、少しの命のともし火がある中で驚いていた。
「ブラム様! どういうことですか。あなたは最初からベアトリスのライフクリスタルを狙っていたっていうことは、はなっからベアトリスを救うことなどな かったということなんですか。それを承知で僕にこの二人を殺せと命令したなんて」
 パトリックの心は悔しさと悲しみで絶望していた。しかし怒りが強く心に現れると、ベアトリスを救おうとブラムに剣を向けていた。
「愚かもの! 私に逆らえばどうなるかわかっているんじゃなかったのか」
 ブラムは容赦なくパトリックに光の矢を放つ。
「パトリック危ない!」
 持てるだけの力を振り絞るようにヴィンセントは立ち上がり、必死で素早くパトリックの前に立ちはだかった。野獣の固い腕に光の矢が刺さった。
「ヴィンセント、お前…… どうして僕なんかを庇うんだ。僕はお前を殺そうとしたんだぞ」
「ああ、二度もな。だが、お前はわざと急所を外した。本当は殺したくなかったのはわかっていたよ。どんなに俺のことを憎んでいてもな」
 ヴィンセントは矢を引き抜きながら振り返りブラムを睨んだ。
「さあ、そのライフクリスタルを返してもらおう。それはベアトリスのものだ」
「そうは行かない。私はどれだけ絶望にひしがれていたと思う。どうしてもライフクリスタルが欲しかった。だが私はホワイトライトだ。仲間の命を奪えるわけがない。そんな時ベアトリスは私の願いを叶えるように生まれた」
「お前の願いを叶えるために生まれただと、どういうことだ」
「ホワイトライトは永遠の命を持つもの。自分達の世界では年を取らず、時間は永遠に止まったまま。そこでは子供も作れない。本当に子を望むものは地上に降 りて子を授かるしか方法はない。そして子供がある程度大きくなればホワイトライトの力も宿り、いつでも自分達の世界に戻れたはずだった。だがベアトリスは 違った。彼女の母親は出産直後に不幸にも命を落としてしまった。地上界ではホワイトライトといえども死が訪れてしまう。そしてホワイトライトは永遠の命を もつだけに母親の命を奪って生まれてきた子供を非常に嫌う。その子供はホワイトライトとしては認められずノンライトとしてここで暮らさねばならない。その 時力は封印されるが、10年以内にホワイトライトの力が一度でも芽生えればライフクリスタルが体に成形され、もう二度と封印できなくなるということだ」
 ヴィンセントはそんな理由があったと知って、自分が原因で引き起こしたことをまたここでも悔やんだ。
 ブラムはさらに話を続けた。
「ダークライトに奪われればホワイトライト界が危うくなることから、力が宿ればベアトリスは抹殺されることが決まっていた。それが私には都合がよかったと いうことだ。彼女の持つライフクリスタルを堂々と手に入れることができるからだ」
「それで何も知らない私にあの時ライフクリスタルを奪わせようとしたのね」
 アメリアが口を挟んだ。
「そうだ。君は私から縁を切ることを条件に意味も知らずにこの仕事を引き受けた。だがもう少しというところでリチャードが邪魔をした。ベアトリスを守るため、ディムライトたちからも遠ざけるために、あのとき、ベアトリスの養父母たちが事故に遭ったように見せかけて、影を使って偽装した」
「そうだ、私は息子を救ってくれたベアトリスを守りたかった。ライフクリスタルを奪われないためにも私たちが守り通すとあの時あなたの目の前で誓ったはず だ。それなのにあなたは最初から奪うチャンスを狙っていたなんて…… いや、違う、狙っていたんじゃない。最初からそう仕向けていたんだ」
 リチャードは突然はっとした。
「今さら気がついたのか。そうさ、お前達親子があの町に行くように仕向けたのも、ベアトリスがホワイトライトの力を発揮させるように私が企んだ。私の計画 としてはリチャードが自分の病弱な妻の命を救いたいがために、ベアトリスを利用すると思っていたのさ。ダークライトはホワイトライトには敏感だ。絶対気が つくと思っていた」
「だが、力を目覚めさせたのはこの俺だったってことか」
「ああ、読みは外れたが、却ってより強力にベアトリスは力を発揮することができた。実は私も焦っていたんだ。10年を過ぎてからでは力が失われるために、 その前にどうしてもベアトリスの力を目覚めさせなければならなかった。お前には本当に感謝してるくらいだ。ヴィンセント」
「僕はそんな事も知らずにブラム様に忠誠を誓い、本来守るべきベアトリスを陰で裏切っていたということなのか」
 パトリックが押さえきれない感情を抱えて自分の立場を酷く呪っていた。
「通りで、何もしなかった訳だ。これも最初からコールにベアトリスを狙わせるように仕向けていたってことか。俺たちも随分もてあそばれたもんだ」
 ヴィンセントの目が一層赤く炎のように燃え出した。怒りが収まらない。
「さて、おしゃべりが過ぎたようだ。早くしなければ折角のベアトリスのライフクリスタルが無駄になってしまう」
 ブラムはすっかり冷え切ったベアトリスの腕を取った。
「一体ベアトリスをどうする気なの」
 アメリアがベアトリスを渡さないようにと横たわっている彼女を守ろうと抱きつく。
「そんなことをしても無駄さ。私は彼女の一滴の血がほしいだけだ」
 ベアトリスの指先をブラムはかみそりの刃を振りかざすように細い光を爪に灯して切った。
 赤い小さな玉が彼女の指先から現れた。
 そしてライフクリスタルを下にして上に掲げた彼女の指先から小さな赤い雫が滴った。
 血がライフクリスタルの表面に落ちたとき、化学反応を起こしたように輝き出した。まるで命を与えられた生き物のようにリズムを打って光っている。
「完全なライフクリスタルの完成だ」
 ブラムは歓喜に溢れる。それをエミリーの心臓めがけてはめ込もうとした。
 アメリアがブラムの腕を掴み泣きながら叫んだ。
「やめて、ダディー!」
 ブラムの動きは止まったが、アメリアの一言で周りのものも驚きで息を飲む。
「ブラムが、アメリアの父親…… そうするとあれは母親?」
 ヴィンセントが無意識に呟いていた。
 アメリアはブラムに抱きつき懇願した。
「ダディ、こんなことしてもママは喜ばない。お願い、やめて」
「アメリア」
「ママは私に謝っていた。ダディを私から遠ざけたことは全て自分の責任だって。ママもダディを愛していたから、どうしてもダディを守りたかったの。自らを犠牲にしても」
「どういうことだ」
「ダディはいつも傷だらけになっていた。地上ではダークライトに命を狙われてたからいつも襲われた。ダディが強いのはわかっていたわ。その傷もすぐに治せ ることも。だけどママはそれを毎回見るのが耐えられなかった。そこまで危険を冒して自分と過ごす意味があるのかママは悩んでいた。いつかダディがやられる んじゃないかって思うとママは心配で夜も寝られなかったの。ママはノンライトだったけど、ダディの世界のことを一生懸命理解しようとしていた。そんなとき ママはダークライトに襲われたの。ダークライトがママを利用してダディの命を狙おうと企んでいた。でもそのときは運良くディムライトの助けもあって逃げる ことができたけど、この先も同じことが起こったり、今度は私にも危険がふりかかるかもしれないと、ダディを追い詰めると思って我慢できなくなった。その時 自分が不治の病に侵されていることを知って、それで別れる決心が固まったの。ダディを解放するためにわざと愛想をつかしたフリをしたのよ。そして私を里子 にやって身を隠させ、自分もまたダークライトに利用されないようにと自ら命を絶った」
 ライフクリスタルを持つブラムの手が震えていた。
 アメリアはブラムに抱きついた。今度は自分の心情を語り出す。
「ダディ、私は自分の気持ちに嘘をついていた。ダディはいつも優しくてかっこよくて私の憧れの存在だった。私には自慢のダディ。でもホワイトライトの力を 知ってそれが憎らしかった。私が子供の頃、興味本位で黙ってダディのライトソルーションを飲んでしまってから私の体のメカニズムが変わってしまった。ダ ディにとても怒られたのを覚えているわ。ダディに怒られたのはあれが初めてだった。ダディは地上界で私にホワイトライトの苦しみを与えたくなかったんで しょ。私もホワイ トライトの世界へいけない身分だったから。でもあの水を飲んだあとは遅かった。中途半端な力を得てしまい、私は一生あの水を飲まないとここで生きていけな い体になってしまった」
 全ての者はアメリアの話を静かに聞いていた。アメリアが自分に厳しく誰にも容赦しない態度を取る理由がわかるようだった。彼女の心の痛みが見えてくる。
「それからよ、私はホワイトライトの力を恨んだ。ママや私をダディから遠ざけ、苦しみしか与えなかった。何が人々を幸せに導く力よ。私達を却って不幸にし ただけ。そしてそれに関わるディムライトですら憎らしかった。自分の利益のために、力に支配されその通りに動き、私に媚を売る人々が鬱陶しかった」
 アメリアが目に涙を溜めながらブラムを見つめる。
「私は怒りの矛先をダディに向けてしまった。本当は大好きでたまらないのに、全てはダディのせいだって、ダディに素直に向き合うことができなくなった。そ んな時またダディは私に接触をしてきた。その時、この計画を思いついたのね。だけど久々に会ったダディの昔と全く変わらない姿に私はショックを受けた。私 はダディの年に近づき、そしていつかはダディよりさらに年を取ると気がついたから。益々ホワイトライトを恨んだわ。自分の父親より年を取るのが惨めだっ た」
「アメリア、すまない。どんなに償おうとしても君には償いきれない」
「いいえ、できるわ。ベアトリスのライフクリスタルを返して。もうこれ以上ダディを憎ませないで」
「アメリア、許してくれ。私にはエミリーが必要なんだ。エミリーがいない世界は私には耐えられない。彼女は初めて私の心を満たしてくれた存在。いい加減といわれるこの私を優しく包み込んで全てを受け入れてくれた」
──全てを受け入れてくれた……
 ブラムの言葉をヴィンセントは感慨深くじっと聞き入っていた。自分のベアトリスを想う気持ちと全く同じだった。
「だからといって、他のものを犠牲にしてその上でママが幸せになるとは限らない。苦しみしか残らないはずよ。お願いダディ、目を覚まして。ベアトリスが死んでしまったら、ダディと全く同じ気持ちを持つ者がいるのよ」
 ブラムははっとした。じぶんと同じ気持ちを持つ者。ヴィンセントに無意識に目がいった。暫く睨み合いが続き、ブラムはキッと口を一文字に結んで 何かを決意した。
「ならば、ヴィンセント、私と勝負をしろ。お前が勝てばこれはベアトリスに返してやろうじゃないか。しかし私が負けるとは思わないが」
 ブラムは蔑んだようにヴィンセントを睨みつけ勝負を叩きつけた。
「いいだろう。その勝負受けて立つ」
「いいか、これは真剣勝負だ。命を賭けてかかって来い。私を殺すつもりでな。私も容赦はしない」
「やめてダディ、それではなんの解決にもならない。ヴィンセントもそんな挑発に乗っちゃだめ。そんな傷を負って無茶だわ」
 ブラムはライフクリスタルを高く放り上げると、それはどちらかの勝利を見守るように宙に浮かんだ。
 ベアトリスは必死で消え行く自分を保とうとしていた。弱々しく力が抜けていくのを耐えながら全ての話に耳を傾けていた。
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