第一章


 ホームで電車を待っている間も、山之内君の側にいることが落ち着かず、視線は向かいのホームで電車を待っている人たちに向けていた。
 自分達と同じ制服を着た生徒が、友達同士で固まったりしてるから目立っていた。
 私も向こうのホームから誰かに見られているのだろうか。
 山之内君と二人で並んでいたらどのように思われているのか、想像したら正直ちょっと優越感みたいなものが少し湧いた。
 自分でもバカバカしいと思っていても、やっぱりトキメキが狂わせてしまっているようだった。
 雨は相変わらず止まずにしつこく降り続いている。
 全てのものが雨に濡れたせいで、辺りの色をより一層濃くして暗さが深まっているように見えた。
 湿っぽく、そこに冷たい空気が混じると、肌の体温を奪われて、少しだけ肌寒く感じてしまう。
 傘の柄を持つ手先がひんやりとしてかじかんで、山之内君の隣にいたから益々緊張して強張っているように思えた。
 山之内君も静かに線路に降り注ぐ雨を見ている。
 架線からは雨の滴が休むことなく滴り、しとしとと降る静かな雨の音が聞こえてくるようだった。
 電車の案内をするアナウンス、そして軽やかなリズムを持ったメロディが流れると、周りの乗客たちは乗り込む準備に入ってそわそわと動き出した。
 私も「電車がきたね」と山之内君と顔を合わせた。
 山之内君は静かに口元を上向きにして愛想良く応えてくれた。
 電車がホームに到着しドアが開くとまばらに客が降りて、その後を山之内君が先に乗った。
 私は山之内君の少し濡れた肩を見つつ、ついていった。
 暫くしてドアは閉まり電車がゆっくりと動き出す。
 毎日乗っている電車だと言うのに、この日は違ったものに見えてしまうから不思議だった。
 電車の中は学生と一般客が交じり合って、そこそこ混み合っていた。
 座るところがなかったので、私達はつり革を持って並んで立っていた。
 濡れた傘を誰もが持ってるせいで、電車の床は傘から垂れる雨の滴で濡れている。
 人も持ち物も雨で湿っぽくなっていた。
 山之内君の前髪も、少し濡れているが、こういうのは雨に滴るいい男というのだろうか。
 その前髪を指先で少しはらい、山之内君は前方の窓から見える景色を見つめながら言った。
「この辺りは、新しいビルやマンションが建ってるね。昔はもっと寂れて田舎っぽかったのに」
「あれ、山之内君ってこの辺りに詳しい人なんだ」
「そんなに詳しくもないけど」
「でも私の近所には最近引っ越してきたんでしょ」
「どうして? なぜそう思う?」
「だって、昔から近所に住んでたら小学校や中学校は同じだったと思うから」
「僕の家は昔からずっと倉持さんと同じ町にあるけど」
「あれ、そしたら学校は私立かどこか違うところだったの?」
「まあ、そういう事になるのかな」
 山之内君は何気に視線を私からそらし、窓からの流れる景色をじっと見つめていた。
 私も同じように前を見る。
 窓には雨の滴が横殴りに激しく流れて行くのが目に入った。
 不意に黙り込んだ山之内君とその流れて行く雨の滴が少し不安にさせる。
 その先はあまり聞かれたくないのだろうか。
 それを察して私もその話はしなくなった。
 会話が途切れたことで少し落ち着かなくなり、違うことを聞いてみる。
「山之内君は高校生活に慣れた?」
「うーん、まだちょっと慣れないんだけど、でも入れてよかったと思う」
「もちろんそうだよね。私もそれは思う」
 高校に入るまではそれなりに受験勉強をしたし、一応進学校として知られているから、難関を突破した方だと思っていた。
「何か部活とか入る予定はないの?」
「部活?」
「山之内君だったら、背が高いからバスケとか、バレーボールとか」
「そうだな、できたらフットボールとかやってみたかったかも」
「フットボール? もしかしてラグビーのこと? でも私達の高校ではやってないみたいだね」
「そうだね。山之内さんは何か部活する予定あるの?」
「私は自分の時間が欲しい方だから、考えてないの。時間があったら本が読みたいし、あとは英会話とかにも通いたくて、ちょっと考えているところ」
「そっか」
 山之内君は笑っていた。
 その笑顔を見て、ほっとなった。
 その後は、どんな本を読んでるのか聞かれたけど、恋愛ものが好きともはっきり言えずに、適当に最近読んで、尚且つ一般でも良く知られている有名作家のベストセラーを出しておいた。
 山之内君は知らなかったのか、タイトルを聞いてもピンとこなかった感じだった。
 あまり読書には興味がないのかもしれない。
「僕も本を色々と読んだ方がいいかも。読解力つけなければ」
「そんな難しく考えることないと思うよ。好きなものを読むのが一番いいと思う。時間を忘れさせて惹きこんでくれるような本だと、ほんとに読んでて楽しいし」
「なんかお薦めある?」
「『新世界より』っていうのがすごく面白かった。持ってたら貸してあげたいんだけど、私、図書館で借りちゃって」
「そっか、そしたら僕も今度読んでみる」
 無難に本の話題は助かった。
 本は結構よく読む方だし、好きな本の話をするのは楽しいし、それを人に薦められるのも嬉しい。
 山之内君は本の話をしっかり聞いてくれて、時々突込みまで入れて、少し打ち解けた感じだった。
「山之内君はどんな本が好き?」
 私も質問してみた。
「僕は、あまり読まなかったから、よくわからないんだ。これから頑張って色々読んでみるよ。読むのって結構苦手なんだ」
 もしかしたら、私の話に無理に合わせてくれていたんだろうか。
 私ばかり、好きな話題だから、つい喋りこんでいたかもしれない。
 自分がでしゃばったことで、山之内君は気分を害してないだろうか。
 いちいちこういうことでも気になってしまう。
 恐る恐る顔を覗き込んで見れば、山之内君は笑顔になって向き合ってくれた。
 山之内君の笑顔を見るのは好きだし、その顔にどこか親しみを感じて、昔から友達のようなリラックスした気分になっていくようだった。
「もっと君の好きな本教えて欲しいな。話を聞いていたらとても楽しい」
 そういう風に言われると、益々心が軽くなって、自然と笑みがこぼれていく。
 山之内君と話していることがすごく楽しく感じられた。
 一度電車を降りて、そして乗り換える。
 住んでる街が同じなので、そのままずっと山之内君と肩を並べて歩く。
 自分達の町の駅に着くまで、ずっと一緒だった。
 同じ駅で降りた沢山の人たちに紛れて、私達も改札口を出ていく。
 駅周辺は少し広々とした空間に、石でできたベンチが数個ポツポツと置いてある。
 正面は大通りに続く道が伸び、その左右には小さなお店が並んでいる。
 こじんまりとはしているが、町の玄関ともいえる賑やかさは少し備えていた。
「僕の家はこっちの方なんだ。ここまで自転車で通ってる」
 私とは反対方向を指差していた。
 駅のすぐ隣にある駐輪所に山之内君は自転車を預けている。
 ここまで自転車で通っているところを見ると、結構駅から遠い感じがした。
 私は徒歩10分くらいなので、いつも歩いてこれる。
「雨の日は、自転車だと大変だね」
「まあね。多少濡れても気にしないけど、よほどの雨のときは母に車で送り迎えしてもらうよ。さすがにずぶぬれになったら困るからね」
 私と家が反対方向と知ったその時、ふと私はなぜ山之内君が自分の家の近所を歩いていたのか気になった。
「そういえばあの時、どこへ行くつもりだったの?」
「えっ、あの時?」
「私の家の前で会った時」
「ああ、あれは、その……」
 山之内君は言うのを躊躇っている感じだったが、その時後から「よぉっ」と馴れ馴れしく誰かが声を掛けてきた。
 その声に咄嗟に反応して、私が振り返ると、見たことのあるような男の子がニタニタとしたわざとらしい笑顔を見せて立っていた。
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