第二章

10
「えっ、どう思うって、しつこくてうるさいくらいにしか思わない」
 積もり積もった不満が弾けるようにきつく口をついてしまった。
 その後はその話題は困ると言いたげに、私はアイスティを勢いよくストローから吸い上げた。
 瑛太は予想していた答えだったのか、潔く笑っている。
 明彦は目をぱちくりして、すこし面食らっていた。
 ここまでは私も想像できた範囲だったが、拓登がじっと動かずに反応なく、さっきから黙っているのが私を居心地悪くさせた。
 私も拓登ととはまだはっきりといえる間柄でもなく、真剣に考えるとはいったけどそれが告白の一種なのかあやふやであるため、瑛太の質問を第三者からされて一体何を思っているのか想像がつかず却って不安になってくる。
 私にとってはすでに拓登に気持ちが傾きつつあるだけに、それを今度どう伝えてよいのかわからないし、そこに瑛太が絡んできてややこしい。
 グラスを置いた後、私は拓登に振り返った。
 拓登もすぐに私を見て目が合うが、なぜか瞳が揺れて動揺している様が見受けられた。
「真由ちゃんも結構ストレートに言うんだね。もっと大人しくて消極的な人かと思った」
「明彦君、千佳が何を言ってるか知らないけど、私にも人を見る目というのがあるの」
「うーん、そうだったら、真由ちゃんは瑛太の事、かなり誤解してると僕は思うな。瑛太ってすごいいい奴だよ」
「それって、明彦君と友達だからじゃないの? 私の目からみたらさ、なんか意地悪ですごく強引なんだけど」
「おい、真由。俺の悪口はそこまでだ!」
 瑛太が我慢できずに口を出した。
「別に悪口なんていってないわよ、本人を目の前にして。明彦君がどう思って聞くから正直に答えたまで」
 私と瑛太は熱い火花をちらしたような視線を合わせた。
「僕はまだ同じ学校に通って知り合ったばかりだけどさ、瑛太と同じ中学だった真由ちゃんだったら、瑛太の地元の友達とか知ってるんじゃないの? 一体どんな友達がいた?」
「えっ、瑛太の友達?」
 気にもしていなかった存在だったのに、その周辺のことまで見てるわけがない。
 中学の時は小学校から上がるだけに面識がなくとも、大体雰囲気で同学年という見たような認識はあるが、それはあくまでもなんとなく知ってるという範囲にすぎない。
 同じクラスにならずに喋ったことないとしたらその周りに集まる人々や関係など全く興味がない分、いてもいなくてもいい感覚でしかなかった。
 意識しなければ記憶にとどめられない存在。
 それが瑛太だったのに、明彦は一体どうしてそんなに瑛太の事を私に聞いてくるのだろうか。
 もしかして、瑛太を助けようと一肌脱いでるのかもしれない。
 ヒロヤさんのビジネスにも係わるくらいだから、それくらい快く進んで助けるタイプだろう。
 はっきりいってお節介?
 だけど、これだけ罪もなくイノセントな表情で来られると参ってしまう。
 瑛太もまさか、明彦のその子供っぽい無邪気な性格を見込んで私が言い返せないと思ってわざとやっているのだろうか。
 そうだとしたら、瑛太は策士だ。
 益々私は警戒してしまった。
 しかし、瑛太は一体何をしたいのだろうか。
「瑛太には地元で仲のいい友達とかいなかった?」
 どうして私に聞くのだろう。
 それが知りたいのなら本人に聞けばいいのに。
「私が答えるよりも、それは瑛太本人が一番詳しく知ってることだと思うけど」
 私が眉間に皺を寄せて怪訝にした表情をしたとき、明彦は少し身を引いた。
「そ、そうなんだけど、こういうのって第三者からの目からみたらさ、よく見えてくるものがあるじゃない。真由ちゃんがどれくらい瑛太の身の回りのこと知ってるのかなって思って」
「えっ、私、本当に何も知らないの。だって瑛太と同じクラスになったのは小学一年生の時だけなんだよ。後はずっと離れてて接点なんて何にもなかった」
「ふーん、小学一年生のときに同じクラスか」
 明彦が再び身を乗り出してきた。
「その時の瑛太ってどんな子供だった?」
「そんな大昔の事、一々覚えてないんだけど」
「でも唯一、瑛太と接点があったんでしょう。何か一つくらいは覚えてると思うんだけど」
 それでも明彦は私の知ってる瑛太の情報を言わせたいのか、そこのところにくらいついた。
 まるで猫が獲物に狙いを定めた時、瞳孔が大きく開くような丸い目をして、私からの答えをワクワクして待っていた。
 その態度はやっぱり邪険にできない。
 小学一年生の時に瑛太に関係する出来事といえば、この間カミングアウトされたほっぺのキス事件。
 あれはされた事を覚えてはいたが、それが瑛太だったと知ったのは本人からの告白があったからだった。
 私としてはピンと来ないし、またそんな話題をここで話すのも憚られるし、でもそれしか思い当たる事がないので非常に困ってしまった。
「覚えてない」
 しらばっくれるしかなかった。
 その時かちゃりとコーヒーカップをソーサーに置く音が耳についた。
「うそ、こけ!」
 瑛太が突っ込んでくる。
「雨の日の出来事は覚えているくせに」
 触れて欲しくないことを、本人がばらした。
 それでも無視をしようとすれば、やっぱり明彦がそれを見逃すはずはなかった。
「何々、雨の日の出来事って?」
 好奇心タップリに、ランランとしている瞳がキラキラしている。
「だから、それは事故だから。車にぶつかったみたいなもの」
 私は触れたくない話題だとそれとなく言っても全く通用しない。
「俺が頬にキスしたことがなんで事故なんだよ」
 ほら、本人が結局説明してくれる。
 拓登も食い入るように私を見ていた。
「小学一年の時、真由ちゃん頬にキスされたの? 瑛太がそんなことしたの?」
 明彦は驚いている反面、楽しそうでもある。
 もっと詳しく聞きたいとばかりに、じっと見つめてくる。
「だから、それは不可抗力で、私も瑛太に言われるまで誰だったかなんて覚えてなかったの」
 なんでこんなこと力説しないといけないんだろう。
 拓登も隣で聞き漏らさないようにとしっかり私を見てるし、そんな大昔の事で事を荒立てたくない。
「瑛太って大胆なことするんだね。だけど何を思ってそんなことしたの? 理由がなかったら小学一年生がそんなことするとは思わないんだけど」
 明彦は半信半疑で鵜呑みにはしなかった。
 さらに、明彦の言葉で私もふと疑問に思った。
 瑛太が私の頬にキスをしたとしても、なぜ、そのような事が起こったのか、私のあやふやな記憶が突付かれる。
 あの時、瑛太だけじゃなく周りには他の男の子達が数人居た。
 かなり騒がしく揉めていたような様子だったのは覚えている。
 その後に走ってきて、勢いで頬にキスをされた。
 その過程までにはそのような行動を起こしてしまう動機か何か理由があったはず。
 私もなんだかその時の背景を思い出しそうな気持ちになった。
 テーブルに向かって座っていた私達全てが、カウンタースツールに座る瑛太の方へと視線がいった。
 瑛太は三人から見られて、その時落ち着きをなくして視線が定まってなく宙を泳いでいた。
 瑛太の視線をしっかりと追ってみれば、その後瑛太は明彦を見て、私を見て、そして最後に拓登を見た。
 拓登も瑛太が何を言うのか慎重になって様子を伺っているのか瑛太から視線をはずさず、頭が固定されたままだった。
「理由だって? そんなものある訳……」
 瑛太の言葉が尻すぼみになっていく。
 私はその時違和感を覚えた。
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