第二章


「何がおかしいんだよ」
 私が突然吼えたことで、瑛太の呼吸が少し乱れて慌て出した。
「瑛太が恨みを持ってるのは私じゃないの? 山之内君に突っかかるのも、私を困らすためでしょ」
「おいおい、なんでそうなるんだ」
「昨日、私が露骨に嫌な顔したし、瑛太のことなんとも思ってないから、それでイライラして山之内君に八つ当たりしてるだけ」
「ははは、だから俺もはっきりと言ってるじゃないか、嫉妬だと。その通りさ、俺は完全に嫉妬してるから、それをただぶつけてるだけさ」
「だけど、山之内君は関係ないわ。それに私達はただ喋ってただけじゃない。それを勝手に勘違いして絡んでこないでよ」
「おっ、それじゃ真由は拓登を好きじゃないんだね」
「えっ」
 ストレートに質問されて、言葉に詰まってしまった。
 山之内君もこっちみてるし、私はどう返事していいのかわからない。
「だから、そういう問題じゃないでしょ。どうしてややこしくしたいのよ。瑛太とは昨日まで全く繋がりがなかったのに、なんで急にこんなことになるの? 瑛太は私達とは学校も違うし、全く関係のない人でしょ」
 この時、瑛太の顔が曇った。
 あんなに粋がって山之内君をあざけるようにからかっていたというのに、一瞬で表情が凍りついたように硬くなっている。
「どうせ、俺は真由たちと違ってレベルの落ちる高校に通ってますよ」
 意外にも学歴コンプレックスを持っていた。
「別に、そういう事を言ってるんじゃないわよ。ただ全く関係がないのに割り込んで事をややこしくしているって言ってるだけじゃない」
 暫く私と瑛太は挑むようにお互いを牽制しあっていた。
 それに折れるように瑛太は大きく息を吐いた。
「はいはい。分かりましたよ。今日のところは暗くなってきたこともあるし、俺も腹が減ったから帰ることにする。この続きはまた後で」
「ちょっと、なんで続かなくっちゃいけないのよ」
「そうだ、今度三人でどこかへ遊びにいかないか。まずはお互いの事を良く知ってから、今後の事を決める」
「はい? どうしてそうなるのよ。からかうのもいい加減にして。さっきからいってるでしょ、瑛太とは全く関係がないって」
「ううん、もう俺はこれで関係を持ったよ。この拓登が現れてから、それは避けられないのさ。俺はとことん真由と拓登に付き纏うよ。もう誰も俺を止められないぜ」
 開き直って、どや顔を見せ付けてくるから、益々腹立たしい。
 瑛太は一体何を考えているのだろうか。
 その後手を振りながら、のうのうとして投げやりに歩いていった。
 私は暫く暗闇にとけこんでいく瑛太の背中をみていたが、はっとして山之内君に首を向けた。
「ごめんね。なんかややこしいことになって」
「別に倉持さんが謝ることじゃない。僕が悪いんだ」
「えっ、どうしてそうなるの。山之内君はただ巻き込まれただけだし」
「僕が瑛太の挑発に乗ったから、よけいにややこしくなった。ずっと黙っておけばよかった。ほんとごめん」
 私はこの時、状況をよく飲み込めていなかった。
 瑛太が出てきたことも、またその瑛太が引っ掻き回したことも、その原因が全くわからないだけに、降って湧いたような出来事だった。
 ただでさえ、山之内君と接点を持ってしまって、学校の女の子から色々と言われているのに、高校始まって早々落ち着かない。
「山之内君はとばっちり受けただけだから。謝る必要なんてない。だけどなんで瑛太は急に私に絡んできたんだろう。ほんとにわからないの。瑛太とは小学一年以降、全然接触したことなんてなかった」
「でも小学一年の時、瑛太とは仲がよかったの? その、頬にキスまでされてさ……」
 山之内君はなんだか言い難そうにしながらも、目だけは私の様子を伺うようにしっかりと見つめていた。
「ちょ、ちょっと待って。あのね、その話なんだけど、実は、昨日まで私も記憶があやふやで、そういう事があったかもくらいにしか覚えてなかったの。だか ら、その時の相手が瑛太だって知ったのは昨日瑛太自身から聞いたからなの。そんなの言われなければ、ほんとに誰だかわからなかった」
「覚えてなかった? でも瑛太は覚えてたんだ」
「まあ、そういうのはやった本人は覚えてるもんだと思うけど、された方はなんだか分からなかった」
 なんで私はこんな事を山之内君に言わなければならないのだろう。
 全く山之内君には関係のない話なのに。
 山之内君は少し俯いて、そして何かを考えているようだった。
 そして決心したかのように顔を上げて私をみつめる。
「僕さ、今はちょっと訳があって、はっきりと倉持さんに言えないんだけど、僕の希望としては倉持さんに僕の事を見て欲しいんだ」
「はい?」
 今のどういう意味? なんだかまわりくどくてわからない。
「だから、なんていうのか。その、僕のこと真剣に考えてみて欲しいんだ。倉持さんのこと、僕はやっぱり気になるし、それに傘を貸してもらったとき、すごく 嬉しかったんだ。でも倉持さんは僕のこと忘れてたみたいで、学校で会っても見て見ぬふりだったから、僕、さすがにちょっとショックだった。僕は倉持さんに 気に入ってもらえるような男じゃないかもしれないけど、でももしかしたら望みがあるかもしれないし、とにかく僕のこと真剣に考えてみてくれない?」
「えっ?」
 辺りはかなり暗くなっていた。
 駅の近くだから、駅から漏れる光が仄かに辺りを照らしているが、その時の山之内君の瞳は闇と混ざってまどろんで優しく私を見ていた。
 その眼差しは充分私をドキドキさせたけど、これって山之内君は私のこと好きって言う意味なんだろうか。
 言葉が良く理解できないせいで、ドキドキと疑問が一緒になって頭に浮かんだ疑問符もそれに合わせてチカチカと点滅しているような気分だった。
「山之内君、それって」
「なんだか卑怯な言い方でごめん。でもはっきりと気持ちを伝える言葉はまだ早いと思うんだ。僕はやっぱり倉持さんが僕をどう思うか、ちゃんと明確にしてから言いたいんだ」
 言うって何を私に言うんだろう。
 それって、もしかしてやっぱり愛の告白?
 やっぱり今この場ではっきりと言ってもらわないと私もどう答えていいかわからない。
「あの、その、山之内君、私、その……」
 私も考えが纏まらない。
「倉持さんの言いたいことわかってる。こんなこと突然言われて、戸惑ってるよね。僕は結構意地を張るところがあって、自分が納得できないと嫌なんだ。倉持 さんはとても大切な人だから、いい加減な気持ちで簡単に言葉で言い表せないんだ。倉持さんが僕のこと真剣に見てくれるなら、今はそれだけでいい」
 真面目な山之内君ならではの言い回しなんだろうか。
 でも回りくどく言われても、自分を真剣に見てくれなんて言われて、ドキドキしない訳がない。
 私も山之内君の事は気になっていたけど、益々その気持ちが高まっていく。
 すでに私は好きなのかもしれない。
「あの、山之内君。私も、実は気になっていたんだけど…… でもこれって」
 しっかりと視線をそらさずに山之内君は私を見ている。
 私の方が恥ずかしくなって俯いてしまう。
「倉持さん、急に戸惑わせてごめんね。でも僕のことしっかりと見てくれる?」
「は、はい」
 山之内君は少しほっとしたのか、肩の力が抜けたように下がっていた。
 だけど、これは一体どういう意味で捉えていいのだろうか。
 好きと言われたわけでもなく、付き合ってとも言われてない。
 真剣に見てくれと言われることは、私の気持ちを先に尊重してくれているということなのだろうか。
 瑛太が絡んでくるから、はっきりと言えなかったのだろうか。
 山之内君を真剣に見ると言うことは、好きになって欲しいということでいいのだろうか。
 すでに私の心は山之内君で埋まっている。
 でも結局は山之内君は私の事、好きなのかはっきりといってくれないから、少しだけもやもやしてしまった。
 そして暗闇に負けないくらいに山之内君はまた私を食い入るように見つめてきた。
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