第二章


 翌朝、拓登とかち合わない確立を高くしようと、いつもよりもかなり早く家を出ることにした。
 今まで朝、特に出会うことはなかったが、距離が縮まったとたんに拓登が時間を合わせることも考えられる。
 避ける必要はないのに、学校の中ではあまり目立ちたくないという防御が働いてしまう。
 いきなり拓登と仲良くなってしまったところを見られたら、必ず付き合ってるのとか噂が立つのも早い。
 付き合ってるわけではないけど、真剣に拓登の事を考えると言っている手前、これは付き合うことを前提としているということだろうか。
 自分でも訳がわかってないので、拓登との関係が第三者達によってあまりややこしくならないようにしたい。
 私も、拓登がかっこいいからとか、人気があるからとか、そういうミーハーな気持ちで付き合いたいとは思わない。
 今は友達としてお互いを尊重しあってよく考えてから…… などと色々並べたくっているうち自分でも何を言ってるかわからなくなってきた。
 結局は、拓登が気になったのはミーハー的な気持ちからだったと思うとなんか矛盾している。
 そう思うと、自分らしくないその姿にプライドが働いて、すごく嫌な気分になってくる。
 私はその辺の軽い女の子達とは違うんだという、見栄や矜持が、一人の男の子を好きになることで打ちのめされてもやもやと心の中で葛藤してしまう。
 そこが鼻にかけてるといわれる高飛車な態度なのかもしれないが、私も譲れない強情さがあるだけに、素直に認められなかった。
 自分を守りたいバリヤーと女心が複雑に絡み合う。
 そんな思春期の恋なんて、ただややこしい限りのものだった。
 駅についたとき、朝早くから出勤する会社勤めのスーツを着た人が一杯溢れかえっていた。
 私と同じように制服を着た学生もたくさん来ている。
 いつもの光景だが、そんな早朝の混み合った駅のホームに降り立った時、自分と同じモスグリーンの制服を着ている人を見てしまった。
 そしてその隣にはどこかで見た青いブレザーの制服を着ている人もいた。
 一瞬、ん? となったが、見分けがつくなりびっくりして声を出しそうになって思わず手で押さえ込む。
 うわぁ、拓登と瑛太。
 嘘。
 避けて時間をずらしたら、自分が二人に追いついてしまった。
 私は咄嗟に二人から離れるようにしてホームの後に向かった。
 幸い人が沢山溢れかえっているので、それが隠れ蓑になって、二人は私がいることに気がつかなかった。
 アナウンスと音楽と共に電車がその時ホームにやってきた。
 いつも乗る時間じゃなかったので、これを遅らしても問題ない分、二人がいるだけに私はこれに乗らないことにした。
 多分、瑛太が拓登を見つけてちょっかい出しにいったのだろう。
 私のせいで、二人は接点を持ってしまった。
 一体何を話しているのだろうか。
 二人の表情は見えなかったが、一緒に混み合う電車に乗り込んで行く様子が見えた。
 窮屈なあの車両の中で、前日派手にいがみ合ったあの二人は暫しの時間をどう過ごすつもりなのだろうか。
 私の話題を出していい合って、喧嘩にならないか心配するも、そんな事を考えているとなんだか自分が三角関係の主人公になった事をどこかで胸キュンキュンして喜んでいるみたいでもある。
 瑛太のことはなんとも思ってないけど、自分の話題で男二人が取り合うって、恋の醍醐味というのか充分萌えるシチュエーションだった。
 こんな事を考えてしまうのも、私はまだまだ思春期の乙女であり、少女漫画の読みすぎだ。
 しかし、紙一重で自分の妄想に恥ずかしさが漂って自己嫌悪にもなってしまう。
 やはり、そう思うことがどこかで自制して自分に喝をいれていた。
 そういう風に思っている時って言うのは、結構碌な結果を生み出さないことも、なんとなく感じてしまう。
 色々と思いを巡らしているうちに、二人を乗せた電車はホームから出て行った。
 その後、不思議な感覚に囚われながら、拓登と瑛太の事を考えながら電車に揺られて学校に向かう。
 考え事をしていると、いつ学校についたかも気がつかないほどだった。
 私が教室に着いたとき、普段あまり話す事がない矢田逸美が「おはよう」と寄ってきた。
 もちろん同じクラスだから挨拶は返すけど、露骨に寄ってくるには理由があるだろうと思っていた。
 案の定、やはり私と拓登の事を訊いてきた。
「ねぇねぇ、倉持さん、いつから山之内君と親しくなったの? どうやって知り合ったの?」
 私が答えに困っているというのに、しつこく何度も訊いてくる。
「どうして黙ってるの、教えてくれてもいいじゃない」
「あのね、私もよくわからないうちに仲良くなったって感じで、そんなに人に話すことじゃないと思う」
「倉持さんって結構お高くとまってるんだ」
 なぜこんな事を言われなければならないのだろう。
 冗談のように笑いながらはっきりと言ってくるが、彼女にしてみれば、悪気はないのかもしれないけど、朝から気分が悪くなってくる。
 自分の友達でもない人にベラベラと喋る方がおかしいとは思わないのだろうか。
「いいな、倉持さんって。やっぱりかわいいと得だね」
 まるで拓登が私を顔で気に入ったみたいな言い方がかちんときた。
 でも、その時、どうして拓登は私が気になったのだろうとふと思った。
 やはり傘を貸したあの行為が一番の原因だろうか。
 それにしても、あんな一瞬のことで気になるものだろうか。
 『大切な人だから』『僕を真剣に見て欲しい』『拓登と呼んで欲しい』『瑛太には惑わされないで欲しい』
 些細な出会いがあっただけで、これでもかこれでもかというくらいに、ドキドキとする言葉を一杯投げかけられた。
 あの時瑛太に触発されたとしても、ここまでいいきれるものだろうか。
 そういう私も、拓登の評判に意識し始めて、結局はあの甘いマスクをマジかに見てやられてしまった。
 よく考えたらまだ何一つ拓登の事を知らなかった。
 恋っていうのはよく知らない相手でも一瞬にして火がついて好きになるものなのだろうか。
 私はこの方、本気で人を好きになった事がなかった。
 いいなって思う人は結構いたけど、クラスが変わったらすぐに忘れていった。
 中学のとき、付き合ってと言われたこともあったけど、あの時は全く興味がなくて全部断ってしまった。
 それから、告白された人とは廊下であってもギクシャクしてしまって、気まずい思いをしたものだった。
 拓登はまだ付き合って欲しいとも、好きだともはっきりとは言ってない。
 『真剣に僕を見て欲しい』
 私に好きになって欲しいと催促していても、その前に自分の気持ちを伝えてくれたほうが私は答えが出しやすかった。
 拓登は万が一私が迷惑に思うと感じて予防線をとったのだろうか。
 普通、好きだと告白してからそういう言葉が出てくるものなのに、私に拓登の何を見て欲しいというのだろう。
 充分カッコイイし、性格も良さそうだし、真面目そうだし、他に見るところがあるのだろうか。
「ちょっと、倉持さん、聞いてるの? もったいぶってくれちゃってさ」
「えっ?」
「だから、少しくらい二人の仲を教えてくれてもいいじゃない」
 そうだった、今、逸美にしつこく問い詰められているところだった。
 私が困っているそのとき、かの子と千佳が教室に入ってきて、私の側にきてくれた。
「おはよう。真由」
「オッス、真由。一体、逸美と何話してんだ? さては山之内君との仲をきかれてたんだろ」
 千佳がギロリと逸美を見て言った。
「逸美は情報屋だから、他のクラスの誰かに探るように頼まれてるんだよ。それとも、自分のためなのかな」
 かの子も同じように厳しい目を向けた。
 この二人に睨まれたら逸美はたじたじになって、急におとなしくなる。
「もう、そんな意地悪にならなくても。誰だって聞きたくなるじゃない」
「逸美の場合、聞いたらそれを言いふらすだろ。ほんと迷惑なんだよ」
 男っぽい千佳に冷たくあしらわれると逸美は怖気ついたように一歩下がった。
「ごめん、倉持さん。そういうつもりじゃなかったんだ」
 そういうと、他の友達を求めて去っていった。
 逸美はコバンザメのように何かに寄生しては、調子のいい事を言って自分の利益につなげる。
 世渡り上手な賢さは備えていたが、好奇心が強いので根掘り葉掘りきかれると鬱陶しい輩だった。
「千佳、かの子ありがとう。お陰で助かった」
「いいって、いいって、でも私達にはちゃんと教えてくれるよね。友達だもんね」
 かの子がニタついては意味ありげに表情を作っていた。
 それを見て千佳が頭を指でこついた。
 この二人は気の置けないこともあって、なんでも話せると思う。
 というより、早速前日の夕方に起こった事をいいたかった。
 そこにみのりが眠たそうにやってきた。
「みんな、おはよう。なんか朝から元気そうだね」
 とろんとした目を向けてみのりは大きく欠伸をしだして、それを手で隠していた。
 そしてこの三人が集まったところで、私は周りを確かめてから体を縮めて、拓登と瑛太の事を話し出した。
 三人もそれに合わせるかのように私に接近してきた。
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