第二章


「真由ちゃんだろ。千佳の友達の」
 千佳となんとなく似ているその顔で、人懐こい笑顔を振りまかれると違和感なく受け入れてしまう。
 明彦は千佳とそんなに背丈は変わらず、男の子にしては小柄で幼い感じがした。
 千佳が男っぽいだけに、ニコニコしている明彦は中性的な優しさが漂っているように思えた。
「あっ、明彦…… 君、だっけ?」
 隣で拓登がじっと見ていた視線に明彦は敏感に反応する。
「ごめん、なんか邪魔した感じだったね。千佳と同じ制服だったから、つい見てたら真由ちゃんだって思ってさ気軽に声かけちゃった。昨日初めて会ったけど、千佳からいつも話聞いてるから、もう友達のような気がしてしまって」
 私は拓登にクラスの友達の双子の弟と強調して明彦を紹介し、明彦にも同じように拓登を紹介した。
「その制服は……」
 拓登がそういいかけたとき、瑛太と同じ制服といいたかったのだろうと察した。
「そうなの、明彦君は瑛太と同じ学校」
 私が瑛太の名前を出すや否や、待ってましたのように最悪な状況に陥ってしまった。
「おいおい、俺のいないところで、勝手に俺の話するなよ」
 人で溢れている通路に突然降って湧いたかのように瑛太が現れた。
「瑛太! なんであんたがここにいるのよ」
「なんだよ、人を突然出てきたゴキブリみたいに扱いやがって。俺だって本ぐらい買いにくるわ」 
 瑛太は本屋のロゴがついたビニール袋を提げていた。
 本当に本を買いに来ていたみたいだった。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁なのかもしれないな。どうだいこれから皆でお茶でも飲みに行こうか」
 拓登に視線を一瞬向けた後、白い歯をニカッと出して私に言う。
 なんで瑛太とお茶を飲まないといけないのかと露骨に嫌な顔になってしまう。
 すぐさま断ろうとしたとき、明彦が一早く声を出した。
「それ、グッドアイデア。だったら、ヒロヤさんところにいこう」
 屈託のない顔で言われると、瑛太みたいに憎まれ口が叩き難い。
 千佳も明彦もヒロヤさん贔屓なのか、何かとあるとそこへ連れて行こうとする。
 暇そうな喫茶店だから、二人とも商売の協力をしているみたいな気がした。
「ヒロヤさん?」
 その時、拓登が不思議そうに訊いた。
「うん、僕の知り合いの経営している喫茶店なんだ。穴場だよ」
 初対面の拓登にすら、かわいく笑って愛想を振りまいていた。
 千佳が男っぽいのに、明彦はその正反対ではっきり言って女の子っぽいというのはちょっと言い過ぎだが、あどけない部分が引き立っていた。
 正直いって、かわいい。
 そんな事を分析している間に、結局断るタイミングを逃し、私も拓登も明彦に引っ張られる形で、ヒロヤさんの喫茶店『艶』へと来てしまった。
 店に入るなり、ヒロヤさんは満面の笑みを添えて大歓迎してくれた。
「いらっしゃい。また来てくれたんだ。えっと、真由ちゃんと瑛太君、そして……」
 前日一回来ただけだというのに、ヒロヤさんは親しみを込めて名前を呼んでくれた。
 拓登は初めてだったので、自ら自己紹介していた。
「アキちゃんと千佳ちゃんはいつもご贔屓に友達連れて来てくれるから嬉しいね。ありがとね」
 ヒロヤさんは明彦にお礼を言う。
 益々、千佳と明彦はこの店のためにPR活動しているのだと確信した。
 でもいい店には変わりない。
 前日もそうだったが、ヒロヤさんは私達だとさりげなく割引きをしてくれ、それなりに千佳と明彦の知り合いと言うだけで恩恵は受けてる。
 愛想のいい笑顔で私達の前にメニューと水が入ったグラスを一緒に置いた。
 この時間にここに訪れるとお客は誰もいず、ほんとに商売が成り立っているのか不思議なくらい閑古鳥がいつも鳴いてそうな雰囲気が漂っている。
 しかし、常に掃除されていて隅々まで清潔感溢れ、ログ風の木のぬくもりが、コーヒーの香りと共に心を落ち着かせてくれた。
 人もいないことが貸切みたいで気持ちがよかった。
 私と拓登が隣り合わせに座り、テーブルを挟んで明彦が座るが、瑛太はその隣のカウンターのスツールに一人座ってこっちを見ていた。
 よそ様の店の中ということもあるのか、その態度はとても大人しくじっとしている。
 静かにしているが、じろじろと拓登を観察するように見ているのが、少し鼻についた。
 適当に飲み物を頼んだ後、明彦が初対面の拓登に話しかける。
 敵を作らない無垢なあどけなさで話されると、拓登も明彦のペースに流されていた。
 時々私にも話を降り、明彦が司会者のようになって私達から何かを話させようとしているみたいだった。
 それが明彦らしい話術でもあるのだろうが、なぜこんなことになっているのかいまいちしっくりと受け入れられなかった。
 ヒロヤさんが、飲み物を運んできてすらっとした白くて細い指でそれをそれぞれの前に置いたとき、明彦は満足そうにヒロヤさんに笑いかける。
 その時、これはヒロヤさんのお店のためにつれてこられたんだと納得した。
 飲み物だけしか頼まなかったので、ヒロヤさんはサービスと言って丸いお皿にスナック菓子を乗せたものを出してくれた。
「嬉しいね。昨日も来てくれたのに、今日もまた来てくれて。これで常連になってね。この時間帯は空いてるからここで勉強会とかしていいよ」
「勉強会か…… それいいかも。ねぇ、瑛太」
 明彦が瑛太に振ると、瑛太はちょうど運ばれてきたコーヒーにミルクをつぎ込みながら「ああ」と簡素に答えていた。
 大人ぶってコーヒーを頼んだのかもしれないが、黙って大人しくしていると、普段より真面目に見えてくる。
 実際は捻くれ野郎だが、ここは明彦の顔を立てようとしているのかもしれない。
 一応礼儀というものは持ち合わせているようだった。
 それとも、この店の雰囲気がそうさせるのかもしれない。
 何度来てもヒロヤさんのお店は落ち着くし、このコーヒーのアロマも安定剤のように気分が和んでいく。
 高校生が歓迎され、お店のマスターと仲良くなれば特別な気分になってくる。
 ここで皆と楽しく過ごすのは秘密基地のような心をくすぐる魅力があった。
 しかし、勉強会が実現しても、瑛太と一緒に過ごすのは嫌だった。
 つい横目で瑛太を意地悪な目つきで一瞥してしまった。
「瑛太って、一見チャラチャラしているように見えるけど、学校では結構真面目なんだよ」
 メロンソーダーにストローを差しながら明彦は言った。
 私はアイスティにシロップを入れようとしていた手を止め、明彦を見た。
 明彦はシュワシュワと細かい泡が激しく動くのを楽しむように、ストローをかき混ぜ、そして顔を上げて私と目が合うとにこっと笑った。
 まるで私が誤解しているとでもいいたげに、屈託のない無垢な笑顔にもかかわらず、どこか注意されているような印象を受けた。
 それを悟られないようにしたのか、明彦は一口ソーダを飲んでから、また私に話しかけた。
「ねぇ、ねぇ、千佳はクラスでどんな感じ? やっぱりえらっそうにして、クラスを牛耳ってる?」
「そんなことないよ。いつも落ち着いて、物事を的確に捉えた発言してるからすごく頼りになるけど」
「千佳は色んなこと腹に抱えてるから、結構冷めた目で見るところはあるけど、そんな風に言ってもらって弟としては嬉しいかな。家でもそんな感じなんだけど、僕がこんなんだから益々男っぽくなってしまってさ、千佳の方が長男みたいなんだ」
 それは私も思ったことだった。
「明彦は姉思いなだけさ」
 コーヒーカップを手にして瑛太がぼそっと言った。
 どういう意味で言ったのだろう。
 双子だから、姉弟でも気持ちが人一倍通じ合うことはあるだろうが、瑛太の言い方だと明彦はわざと頼りなくなって姉を立ててるような言い草だった。
 どっちみち仲のいい姉弟だろうけど、瑛太が友達の事をしっかり見ていることに優しさを感じてしまった。
 私には気があるフリをして憎まれ口を叩くような奴なのに、どこかちぐはぐさを感じてしまった。
 瑛太はまた拓登を見ていた。
 拓登は視線を感じたのか、瑛太に振り向いた。
 瑛太は慌てずに、ふっと息を漏らしたように小さく笑っていた。
 拓登も戸惑っているのか、さっきからずっと黙りっぱなしで、コーラの減り具合が誰よりも早かった。
 間を持たせるためなのか、その時、瑛太がカウンターのスツールからひょいと降りて、そして私達のテーブルに置いてあったスナック菓子をつまんでパクッと食べた。
 そして私を見つめるのだけど、一瞬その目がどこか鋭く挑戦的なものを感じて、私が顔を歪めると、片目を閉じてウインクした。
 どういう意味なのか、よくわからない。
 その時、明彦が質問を私に振ってきた。
「ねぇ、真由ちゃん、瑛太のことどう思う?」
 つい飲もうとしていたアイスティのグラスを持ち上げる手が止まり、隣にいた拓登も同時に私に振り向いた。
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