第三章


 歩きながら、拓登にメッセージを打ち込む。
「拓登、今電話してもいい?」
 だけどそれを打った後、どうしても送信ボタンが押せなかった。
 一体何を拓登に話したいのか。
 そこまで私は拓登と電話できる仲なのだろうか。
 瑛太が言った言葉が頭によぎる。
『相手が自分の思うように好きでいてくれなかったら諦めるしかない』
 拓登はミーハー的に寄ってくる女性が好きではない。
 私は自ら寄って行ったわけではないけど、拓登のことは周りの女の子達の噂を聞いて興味を持ったのは事実だった。
 たまたま傘を貸したことで知り合うきっかけとなって、向こうから声を掛けてくれたとはいえ、私の事はどこかで群がってくる女の子達と同じではないかと思われているかもしれない。
 それが怖いから、拓登はまず私にしっかりと自分を見て欲しいと言ってきた。
 この状態では、私は拓登とは別に特別な関係ではないと思い知らされた。
 舞い上がっていた自分がすごく恥ずかしくなるし、やっぱり気軽にメールなんて打てない。
 瑛太の事は自分で処理するしかないと思ったとき、拓登に宛てたメッセージを削除した。
 家に着いたとき、私はすぐに中学の卒業アルバムを引っ張り出した。
 新品なそのアルバムはまだ貰って間もないので、どこかまだ印刷したばかりの新しい匂いがした。
 自分のクラスの部分はすでに見たが、よそのクラスはさっと目を通しただけで一々詳しく見てはいない。
 瑛太がどのクラスなのかも分からず、私は一クラスずつ瑛太の写真を探していくしかなかった。
 六クラスあったが、一組の自分のクラスを飛ばして、順々に見ていく。
 結局六組まで見てしまうことになり、そこに池谷瑛太という名前と写真を見つけた。
 卒業アルバムの印刷のクオリティが悪いのか、色も画像も悪くてぼやけた感じに写っているため、あんまり写真写りがいいとは言えなかった。
 それは私も同じような感じで写っていたので、これはアルバムを制作した人が悪い。
 とにかくその瑛太の写真をじっと見ていたが、黒髪のせいかこの写真からは真面目な雰囲気がした。
 ざっとそのクラスの男の子達も見てみる。
 この中で一体誰と仲がよかったのだろうか。
 誰か気軽に聞ける人はいないかと探していたが、何人かの男子は中一、中二と同じクラスになった子がいて顔は知っているけど、喋った事がないので連絡なんて自らできそうもなかった。
 女子も何人かは知っているが、それほど親しい友達でもないため、瑛太の事を訊く為に連絡するのは抵抗があった。
 しかし私は瑛太と仲がいい友達は誰だかどうしても知りたい。
 そこで、自分のクラスで仲が良かった北田萌にEメールで相談することにした。
 友達が沢山いる顔の広い萌なら、ある程度の事がわかるかもしれないと期待して、ノートパソコンを開いて机に向かい、池谷瑛太の親友が知りたい旨を伝えた。
 そして、その晩、萌から直接電話が掛かってきた。
「真由、元気してる? 学校生活には慣れた?」
「なんとか。萌はどう?」
「うん、やっぱり私立の女子高は噂に聞くほどすごいよ。でも、面白い人たちが一杯いるから、なんとか楽しんではいるけどね。ところで、池谷瑛太の事を知りたいって、一体どうしたのよ。真由らしくなくて、メール読んでびっくりしたから電話したのよ。まさか惚れちゃったの?」
「違うのよ。偶然向こうから声を掛けられてさ、付き合いたいとか言われて、それでこっちが困ってるの」
「えっ、それどういうこと?」
「だから、私もわからなくて、それで萌に池谷瑛太がどんな奴なのか知ってたら教えて欲しいなって思って」
「だけど、池谷瑛太が真由に声を掛けて、付き合いたいって、そんなのありえない」
「えっ? ありえない? どういうこと?」
「池谷って、噂では女嫌いで有名だったんだけど。ほら、顔は結構かっこいいから、モテてはいたけど、勇気を出して告白した女の子、皆振ったんだって。それもすごい睨み返されて、かなり嫌悪感たっぷりに断るから、それで女嫌いって言われてるらしい」
「女嫌い?」
「でもまさか真由に声を掛けるなんて、信じられない。真由みたいな可愛いタイプなんか特に嫌いそうな感じだったのに。男にモテル女とかはあざといものが見えるみたいで毛嫌いするみたいだよ」
「それ、誰から聞いたの?」
「まあ、池谷のこと好きな友達が何人かいてさ、そのうちの一人は割りと可愛い子だったんだけど、はっきりとそんな風に言われたんだって。確かに、その子は 自分の容姿は悪くないとは思っていたから、自分みたいなのだったら池谷が付き合ってくれるだろうとは思ってた感じはしたけど。でもまさか、真由が好みのタ イプだったなんて。池谷も高校に行ってから変わったんだ。あの子、本命の高校が落ちて、滑り止めのそこそこ良かった私立の高校も受かってたのに蹴ってさ、二次募集でランクのさがった公立高校いったらしいね」
「えっ、そうだったの?」
「うん、結構勉強はできた方だとは噂は聞いてたけど」
「どこの高校に行きたかったの?」
「確か、真由が通ってる高校だったはず」
「嘘!」
「もしかしたら、真由のその制服に憧れてたから、それで真由をみたときについ惚れてしまったとか?」
 萌は本当に良く知っていた。
 情報通ということもあるかもしれないが、私の方が却って、学校で人気のある男の子の情報を知らない方がおかしいといわれる始末だった。
 学年で目立つ生徒は誰もが噂して、自然と耳に入ってくるらしい。
 意識してなかった私には当然、話題に上ることもなく、ほんとに何も知らない事が無能のようにさえ感じてしまった。
 萌には私が言った事を誰にも言うなと何度も釘をさして、さらに瑛太と仲がいい友達の事も含め、もっと瑛太の情報が欲しいとお願いしておいた。
 萌は物怖じしない度胸で、誰とでも話せる。
 友達も多いから、何かと聞き出してくれると期待してしまった。
 本当なら自分でしないといけないのに、私はこういうとき人を頼ってしまうのはどこかでずるい部分をもってるのかもしれないと思ってしまった。
 肝心な事をはっきりとできない、臆病さがもどかしい。
 その後は他愛のない雑談で軽く一時間は話したかもしれない。
 萌には借りができたから、今度何かで埋め合わせするからと約束して電話を切った。
 萌とは中学では仲が良かったが、学校が違うとやはりどこかで距離ができてしまい少し寂しいが、こうやって連絡は取れるので、これからも縁は切れない関係でいられそうだった。
 電話を切った後、ふーっと息が漏れたのは、新たな情報を整理しようと息をついたからだった。
 だけど、まさか瑛太が私と同じ高校を目指していたとは驚きだった。
 明彦が瑛太をかばっていたことも、英検二級の対策本を買っていたことも、これで腑に落ちた。
 瑛太が妙に学歴コンプレックスを抱いていると思っていたが、それは自分が行きたかった所にいけなかったからだった。
 それなのに私は瑛太のそんな事情も知らずに、瑛太の見かけと、自分と違う高校というだけで瑛太を見下していた。
 そして女嫌いの瑛太が私に声を掛けてきたことも混乱する。
 瑛太の事を知れば知るほど、瑛太の事が益々分からなくなってきた。
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