第三章


 次の日、やはり朝は駅に着くとキョロキョロと辺りを確認してしまう。
 拓登と瑛太の事を常に気にするようになってしまった。
 でも、もし二人をこの時見ても、自分からは近づけそうにはなかった。
 瑛太に邪魔宣言をされ、かといって拓登と私の関係は一体なんなんだろうと首を傾げてしまう。
 拓登は私に興味をもっているとは思うのだけど、何かが普通と違う。
 私はすでに拓登に心が傾いているのに、拓登はどこかで境界線を引いて私との距離を保っては、私が拓登の思う女性じゃなければ困るように感じている部分がある。
 それは拓登があまりにもかっこよすぎてもてるから、どこかで気軽に寄ってくる女性を恐れているのだろうか。
 私が拓登の思うような女性じゃなければ、拓登は愛想を尽かす可能性がある──。
 電車に揺られながら、混み合った周りの人間が目に入らないほどに、そのことばかりを自分の世界の中でもんもんと考えていた。
 途中、停車駅で更に人が乗り込んで、私はもっと奥にやられていく。
 その時周りを見れば、座席に座って寝ている人、またはスマホを弄っていたり、音楽を聴いていたり、本や新聞を読んでいる人たちが目に入った。
 私のようにぼーっとして考え込んでいる人もいるが、目線が定まらず覇気がない姿はあまり人に見られたくないものに思えた。
 突然はっとして、ふと気をとられている事が勿体無いように思えてしまう。
 何を二人に振り回されなければならないのだろうか。
 拓登に気に入られたいとビクビクしながらいるのも、好きになった弱みを握られているのが支配力のようで私はなんだか嫌になってきた。
 私は昔から自分らしさを押し殺してまで、気を遣ったり、我慢したりするのが嫌である。
 たまに、気が強いとか言われるのは自分の意見をしっかり持って反論できるからだと自分で思っていた。
 意地悪だからだとか、女王様のように我がままだとか、そういう気が強いではないとはっきりといいきれる。
 誰にも支配されずに自分はいつでも自由なんだと思っているだけである。
 自分を守りたいために、人の態度を気にして本来の自分を見失うなんて真っ平だと強く思っていた。
 それに気がついた時、例え、拓登の思うような女性でなく、拓登が愛想尽きようと私はもうどうでもよくなってしまった。
 そしたらそれはもう仕方がない。
 上手く行かなければ、私はあっさりとそれを切り捨てて前に進む。
 ウジウジしたり、自分の中だけで気持ちを膨らませて考え込むのが一番嫌いだった。
 かっこいい拓登に声を掛けられて有頂天になってしまったことに、自分を見失っていたと気がついた。
 瑛太が絡んでこなかったら、私は拓登との事できっと守りの体制になってまさに自分を防守することになっていたかもしれない。
 なんだか急に肩の力が抜けた。
 
 学校に着いて、自分の教室に向かうとき、堂々と一組の教室を見る事ができた。
 開いてるドアから中を覗けば、拓登が友達と話している様子がチラッと目に入った。
 その時、拓登も私の様子に気がついたようだった。
「おはよう」
 堂々と私は手を振って挨拶をした。
 拓登はすぐに私の側に寄ってくる。
「おはよう。なんか今日は雰囲気が違うね」
「そうかな。今までが違っただけかも。これが本来の私かな」
「どうしたんだい、急に?」
「うーん、なんていうんだろう。ちょっと今まで気取りすぎてたかも」
「そんなことないけど、でも、急にそんなこと言うなんて何かあったのかい?」
「昨日あれから瑛太と話してて、ちょっと色々と気がついた事があって、それで吹っ切れたかな」
「えっ? どういうこと?」
「話せば長いんだけど、話しても個人的なことだからやっぱり話しにくい」
「もしかして瑛太がなんかしたの?」
 拓登は急に落ち着きをなくして目を見開いていた。
「何もしてないけど、瑛太が嘘ついてたというのだけはわかった」
「嘘?」
「うん、小学生の時のキスの話。あれ犯人は瑛太じゃなかった」
「えっ? それじゃ誰だったの?」
「それはまだ聞き出せなかったんだけど、嘘ということは認めた」
「でもなんでそんな嘘ついたんだろう」
「私もそれはわからないんだけど、でも瑛太なりにまだ何か隠してる事があるんだと思う。私はそれを追及しようと思って今調べてるところ」
「へぇ、面白そうだね。過去の話の真相を突き止めるか。真実がわかった時、真由はどうするの?」
「それはわかった時に考える」
「だけど、どうやって調べるつもりだい? 名探偵さん」
 拓登も興味をもったのか、面白そうにしていた。
「私の情報網を甘く見てもらっては困りますよ。ワトソン君」
「ではお手並み拝見させていただきましょう。ホームズさん」
 二人で調子に乗って話していたら、急におかしくなって噴出してしまった。
 廊下で仲睦まじく話していると、やはりじろじろと見ている輩が沢山いた。
 私はもうそれもどうでもよくなった。
 人に何を思われてもいい。
 こうやって普通に拓登と話しているだけに過ぎない。
 これで文句でも言われたら、他の人も同じようにすればいいと返せばいいだけ。
 でもしたくてもできない人が殆どではあるかもしれない。
 私もついこの間まではそうだったから。
 あまり、大きな態度でいるのも余計に反感を買うのもわかってるから、とにかく普通にしていればいい。
 目の前の拓登も私が普通に話せば他の男の子となんら変わりはなかった。
 ただかっこいいのが眩しいけど。
 大人びた雰囲気がして、男らしいと思っていた拓登だったが、こうやって肩の力を抜いて話したとき、拓登の笑顔がとても身近なものに感じた。
 それは慣れたような親しみのあるものだった。
 拓登ってこういう顔してたっけ。
 どこか違った表情に見えるのは、自分の心の変化がそう見せているのかもしれない。
 拓登は私の顔を見て笑っている。
 拓登からしたら私はどのように見えるのだろう。
 昔から友達だったように接してくれる拓登の人懐こさが、このときとても心地よかった。
「拓登、また今日一緒に帰れる?」
 今度は自然と私の方から聞いていた。
「うん、もちろん」
 まずは友達からでいい。
 お互いの事を良く知らなければ何も始まらない。
 拓登もそういうつもりで、私に近づいたのだろう。
 そう思うと、拓登の今までの行動が意味を成すようで、納得した時、すっと気持ちが楽になっていった。
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