第四章


 電車の中は、家族連れや友達同士といった、普段通学しているときには見かけない集まりが乗っていた。
 行楽日和でもあるし、和気藹々とした雰囲気が漂ってくる。
 そんな中で拓登と瑛太が二人並んで立っていると結構目を惹くものがあった。
 やはり背が高くどちらもかっこいい分、サマになっている。
 若い女の子達は時々チラチラと二人を見てはこそこそと何か話している様子だった。
 そんな二人の側に立っている私はどんな風に見られているのだろうか。
 やっぱり羨ましいという感情があるかもしれない。
 落ち着かない気分で電車に揺られていると、瑛太が腰を屈めて耳元で囁いてくる。
「なんだか俺たち目立ってないか。ほら、俺がいることで役に立ってるじゃないか。真由はきっと両手に花を持ってるって思われてるぜ」
 私の心の中が読まれている。
 なんだか言い返すこともできずに、瑛太を見上げて焦ってしまう。
 ほんのちょっぴりでも、周りの女の子達の反応を見て、優越感に似たそんな気持ちを抱いたことに図星だった。
 瑛太は面食らった私の表情を愉快そうに笑っている。
 瑛太の悪ふざけに拓登は仕方がないと諦めたのか、ふーっとため息が小さく漏れ、黙って瑛太をみているだけだった。
 調子に乗った瑛太はまた言った。
「真由がどっちに気があるかなんて、皆想像してるのさ。どうだい、いい男を二人も側にはべらかしてる気分は。中々なんじゃないのか」
「どうして、瑛太はそう下世話な話しかできないの」
「だって、女なんてみんなそうだぜ。特にかっこいい男の前では自惚れや優越感をもってさ、計算して付き合うのさ」
「ちょっと待って、そういう人もいるかもしれないけど、一緒にしないでよ。勝手についてきたくせに」
「でも、真由の自尊心を大いに助長させてるだろ」
「だから決め付けないでっていってるでしょ。瑛太はすぐになんでもああだこうだって自分の意見だけで話を進めてしまう。あんなに私にちょっかい出してきた割に、なんだか瑛太って私の事嫌ってるみたい」
 瑛太はこの時、意外にも面食らった顔をしていた。
 私も自分で言っておきながら、ふと萌から聞いた瑛太の女嫌いの話を思い出し、なんだか違和感を感じていた。
 私を思うように操れずに、逆切れして腹いせに意地悪してしまうのかもしれないが、元々瑛太が近づいてきたのは私に気があるからということだった。
 私が拓登を好きだからと早く結論を出して、瑛太を振ったとしても、こんなに露骨に意地悪してくるものだろうか。
 それだけ愛情の裏返しは常に憎しみが顔を出し、こういうのはよくあることといえば、そう思えなくもなかった。
 振られて腹が立って、そこから腹いせに殺人を犯す輩も世の中にはいる。
 現に男子高校生が、報われぬ愛に逆上して女子高校生を刃物で刺した事件は記憶にあった。
 そう思えば、まだ瑛太がそこまでの悪ではないところに感謝すべきなのかもしれない。
 極端すぎる例えだけども。
 それにしても、瑛太ってなんかネチネチしすぎ。
 側には拓登がいるのに全然話せないし、拓登は呆れ返って一歩下がって傍観している。
 拓登もなんか言って欲しい。
 拓登にそれとなく視線を動かせば、拓登もまたぽかんと魂が抜けたように瑛太を見ていた。
「拓登? 大丈夫?」
 私がつい心配して声を掛けてしまう。
「あ、ああ、大丈夫」
 一体どうしたのだろう。
 全く何をするか読めない瑛太に拓登は振り回されて疲れたのだろうか。
 拓登もまた焦燥感にも似た、やつれた感じで落ち着きないように見えた。
 この先が思いやられる。
 だけど、瑛太は私が指摘したことで自分が意地悪をしていると自覚したのか、それから大人しくなったように思えた。
 それも映画館の前につくまでだったが、ここでまた一悶着があった。
「なんで、こんないい天気の時に、暗い場所で映画なんか見るんだよ。しかも混んでるし、いい席座れるかわからないのに」
「天気なんて映画観るのに関係ないでしょ。いつ観たっていいじゃない。それに私達は映画を観る約束してたんだから。そこに勝手に瑛太がついてきたんだから、文句いう資格なし」
 私が瑛太と向き合って人差し指を向けて派手に口論してしまった。
「真由、みんな見てるよ」
 拓登はおろおろとしている。
「ちょっと拓登も瑛太にしっかりと言ってよ。拓登が曖昧だから、瑛太は付け上がってくるんだから。拓登は私と映画行こうって誘ったんだよ。それなのに、どうして邪魔をする瑛太にガツンと言わないの?」
 拓登は何も言わずに黙ってるだけだったし、瑛太が勝手な事いっても腹も立てないのはおかしい。
 私も拓登に何か言わないと気がすまなくなってきた。
「あーあ、真由はやっぱり気が強い女だな。こんな公衆の面前で二人のイケメンにえらっそうに意見を言うって、すごい度胸」
「ちょっと、瑛太、話の論点がずれてるよ。それに、何がイケメンよ、関係ないでしょ。これは瑛太が勝手な行動をするからじゃない。瑛太がトラブルメーカーで一番悪い」
 余計な事を言うから、またイライラとしてしまう。
 もしかして、瑛太はわざと私をイライラさせて、その失態を拓登に見せようと企んでいるのだろうか。
 瑛太の顔を見れば、やはり楽しむようにニヤニヤと笑っていた。
 それでハッとしてしまった。
 私はまた乗せられて、瑛太の思う壺だったらしい。
 瑛太は邪魔をすると言っている以上、映画に行く事を否定する言葉が出てもおかしくない。
 なぜ気がつかなかったのだろう。
 お陰で、拓登も私が指摘したから、なんだかしゅんとして意気消沈している。
 ちょっと、なんかこれって私が大ピンチじゃないの。
「もういい。それじゃ瑛太が決めたら! でしゃばってすみませんでした!」
 ヤケクソで謝ってしまった。
 それが余計に瑛太を喜ばせ、拓登を困惑させるというのに、私はどうしても賢く行動ができなかった。
「真由、僕こそごめん。ほんとにごめん」
 見かねた拓登が激しく謝り出す。
「拓登、落ち着けよ。そんなに謝ることないだろう」
 瑛太がなだめるように言っているが、それって本来なら私の台詞じゃないの。
 なんで瑛太が……
 なんかもう訳がわからないのと同時に、このまま瑛太に思うように操られるのも嫌だし、そして拓登に八つ当たってしまう自分も嫌だった。
 コメツキバッタのごとく、私に頭を下げてる拓登を見るのもつらい。
 かなりめちゃくちゃにかき回されて、瑛太の邪魔は確実に功を奏している。
「瑛太、わかった。瑛太の好きにして。一体何がしたいの?」
「なんだよ。急にしおらしくなって。まあ、そこまで言うのなら、映画観に行こうか」
「ちょっと、待ってよ」
 すたこらと瑛太は歩いて行くと私と拓登は追いかけるようについていってしまう。
 瑛太の勝手な行動で私達は振り回され、どっぷりと疲れてしまった。
 また言い返しそうになったけど、これが瑛太の作戦なんだと思うとぐっと堪えた。
 拓登と顔を見合わせて、苦笑いになりながらとにかく映画館へと足を運んだ。
「で、おたくら一体何を観る予定だったの?」
 映画館の周りを埋め尽くしている映画の看板やポスターを見ながら瑛太は聞いた。
 喋る元気もなく、拓登も私も一緒に映画のポスターを指差した。
「ふーん、ハリウッド映画らしい派手な感じだね。よし、いいじゃんこれで」
 結局は計画していた通りに事が進んだが、ここまで掻き回されると楽しみにしていた気分は疾うになくなっていた。
 せめて拓登の隣に座れますように。
 瑛太の邪魔が入ると思うと、今は座席のことで頭が一杯になり、瑛太との勝負だと気が焦っていた。
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