第四章


「だったら、ごま風味なんかもありかも」
 つい対抗するように私も言ってしまった。
「真由、ごまとくず粉使ったら、ごま豆腐にならないか?」
 千佳に突っ込まれて、はっとしてしまった。
「それじゃタレは柚子ミソがいいな」
 瑛太が茶化していうから悔しくなった。
「色々な案が出れば出るほど、中々、斬新なアイデアで、何か面白いものが作れそうだよ」
 ヒロヤさんは何が飛び出しても全ての意見を尊重して、すでに何か閃いたのか腕を組んで空想に耽っていた。
「奇抜なものもいいけどさ、やっぱり基本的なものを無難に求める人もいると思うんだ、僕」
 明彦が首を斜めに傾けながら女の子らしく語った。
「そうだよね。まずはパンナコッタを食べた事がない人がいて、基本的な味を知りたいって思うかもしれないよね。奇抜なものを食べる時は、先に基本になる味を食べてないと挑戦しようと思わないかもしれない」
 拓登はアイデアを出したけれども、また考え直して違う角度から分析していた。
「なるほど、みんなやはりいい所つくね。いや、これは勉強になった」
 ヒロヤさんは素直に感心していた。
「どれもほんと甲乙つけがたいし、まずは基本的なのを置いて、後は期間限定でその都度変化をつけたものを置いたらどうかな。毎回変化があったら、興味がでてくるし、そこで人気が出たら固定メニューにしたりと、それはヒロヤさんの感じ方次第で判断すればいいと思う」
 千佳がまとめると、これだけ試食をしても一つに絞りきれないだけに絞めとしてそれが一番的を射ていた意見に聞こえた。
「うん、わかった。そうしてみる。だけど、すごい参考になったよ。みんなありがとうね。やっぱり試食してもらってよかった。よかったらまだもう一つあるんだ。皆まだ食べてくれる?」
「うん、食べる食べる!」
 明彦がはしゃいでいる。
 女装をした明彦は生き生きとしていた。
 今度は黄色っぽいクリームみたいなタルトがでてきた。
 これは普通に食べるだけだった。
 ヒロヤさんはお店に出してもおかしくないかと訊いてきたが、私も初めて食べた味で口に入れたとき酸っぱくてびっくりした。
「キーライムパイですね」
 拓登が嬉しそうに食べている。
「拓ちゃん、良く知ってるね。これ、アメリカンデザートでは定番なんだけど、ものすごく酸っぱくて、それでいて甘いでしょ。こんなの好まれるかな」
 そういえば、ヒロヤさんもアメリカで過ごした経験があり、拓登もアメリカ帰りだからこのタルトはなじみのあるものだったのだろう。
「これ、一口食べたら酸っぱくてびっくりなんですけど、後から甘さも現れて、なんだったんだろうと、また口に入れたくなって癖になりますね」
 私もつい口をついた。
 最初はびっくりしたが、強烈な刺激が快感になって止められなくなってしまった。
 生クリームと添えると一層美味しく感じて、私はすぐに気に入ってしまった。
「でも、これは賛否両論しそうだ。中々きつい味わいがする。だけど、好きな奴にはたまらないだろうな」
 瑛太はどうやら、やや好みではないらしい。
「こういうのは中々日本では味わえないから、アメリカ人が食べに来るかも」
 拓登はパクパクといける口らしい。
 よほど懐かしく感じるところがあったのかもしれない。
「もしかして、拓ちゃんはアメリカで過ごした経験あるんじゃないの?」
 ヒロヤさんはすぐに気がついたことに、私ははっとした。
 やはり分かる人には分かるものがある。
 隠していても仕方がないと、拓登は自分が帰国子女である事をここではっきりと言った。
 千佳も一瞬びっくりして私をみていたが、私も知ったばかりで驚いたことを説明すると、今までそういう話題がなかったことから、あまり公に知られたくないことだとすぐに把握したみたいだった。
 千佳のことだから、この話は学校で言わないことだろう。
 千佳はいつだって、一歩引いて客観的にみていては、公平なバランスを保っている。
 だから常に冷静で話の分かる人だった。
 キーライムパイを食べているときは、それぞれ好きに話し、私は千佳との話に夢中になり、カウンターでは明彦は女装していたが、一応男三人とヒロヤさんが楽しく語っているようだった。
 千佳が時々、カウンター越しのヒロヤさんに目を向けている。
 さりげなく見ては、乙女心を満たしているのだろう。
 私と言えば、時々瑛太の笑い声が耳について、それでカウンターを見てしまうのだが、男同士話が合うのか瑛太は拓登と楽しそうに話している。
 拓登もヒロヤさんの手前上、失礼な態度は見せられないと瑛太に無理に合わして話しているのかもしれない。
 女装した明彦は普段の自分とは違うキャラクターを作り出して、徹底的に女の子に扮しながら話しているようだった。
 違和感がないから、明彦の女装がそんなにおかしいことではないと自然に思えていた。
「こうなったら千佳は宝塚のように男装したらどう?」
 私がそういうと、千佳は笑っていた。
「そうだよな。そうすれば双子の姉弟のバランスが取れていいんだけど…… って、余計なお世話」
 軽く頭をコツかれた。
「でも、明彦君、ほんとに冗談抜きでかわいい」
「ああ、ほんと不公平だと思う。一層のこと変わってやりたいくらい。私もこんな風貌だから男だったらよかったのに」
 そうやってヒロヤさんと話す明彦の後姿をみていた。
 千佳は例え数分でも後に生まれてきた弟思いの優しい姉だった。
 だけどもし、ほんとにそうなっていたら、困るのは千佳なのに。
 本当は女の子の心を持ってヒロヤさんに恋してるくせにって突っ込みたかったけど、本人が近くにいる以上それは言えなかった。
 また瑛太の笑い声が聞こえてきた。
 こんなに美味しいデザートを食べられて、ここに連れて来てもらったことには感謝するが、邪魔されたことも忘れることはできない。
 最初から私と拓登を誘うつもりでいたとしても、だけどなぜあんなにタイミングよく私の家の前にいたのだろうか。
 それに私が拓登と出かけることも知っていたことも不思議だった。
 瑛太は私が思っている以上に情報を集めて、何かのスパイ工作でもしているんじゃないかと急に疑念が湧いた。
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