第五章


 その後、私は考える事が一杯で、浮かない顔をしたまま電車に揺られて家に戻った。
 毎日の動作で癖になっているからぼーっとしていても無事に戻ってきたが、家に帰ってきたときいつの間に辿り着いたのだろうと不思議なくらいだった。
 あまりにも予期せぬ展開に、驚きつつも、所々当てはまることもあり、でもまだそれを鵜呑みにできないでいた。
 瑛太が拓登を好きであったとしても、いつなぜそんな風になったのか、それまでは私に気があり、頬にキスまでしてはなんとか私の気を引こうとしていた。
 あれはどういう意味だったのだろう。
 その後、拓登が魅力的に映ってそっちに乗り換えたのなら、瑛太は一目ぼれで拓登が好きになったということだろうか。
 それにしても、突っかかるような言い合いを最初の頃はしてたし、その後二人で出会ったとき一緒に喋って意気投合して、瑛太の気持ちが揺らいだ?
 朝、一緒に学校に行っていたのを確かに私も見た事がある。
 喫茶店で千佳とそのことについて話し合っていたが、千佳曰く、瑛太が拓登を好きだとしても、それでは齟齬が出てくると不思議そうにしていた。
 その齟齬が、私を取り合いすることで、瑛太は私と拓登を離そうと工作して、私を自分に惹き付けようとしたと考えると、瑛太がタイミングよく現れすぎてあまりにも不自然に感じるらしい。
 そういう事をするというのは、すでに瑛太は随分前から拓登を好きになっていないと、そういう工作は発生しないと千佳は指摘した。
 だから、千佳がいいたかったのは、瑛太は拓登のことを以前から知っていたということだった。
 千佳はこのことに気がついたから、それを私に報せようとしたけども、そこまでの話をするには同性愛の説明がいるから、あまりにも繊細な話題過ぎていえなかったということだった。
 千佳の勘は鋭いので、私は黙って聞いていたが、その時点でびっくりする出来事の方がインパクト強すぎて物事を順序だてて考えられなかった。
 それが頭の中でぐるぐるしながら、家に帰ってきたのだけども、一向に考えが纏まらずすっきりしなかった。
 瑛太は拓登が好き。
 そして瑛太は以前から拓登を知っていた。
 だから、私が駅の前で拓登と話をしていた時、瑛太は不自然に私に話しかけてきた。
 そこで過去のあのキス事件を持ち出し、成りすますことで、私との接触があったことを強調してきた。
 瑛太は最初から私を出汁にして、拓登に近づこうとしていた。
 そう考えれば、辻褄は合うんだけども、まだ何かを見落としているような気がする。
 私が、キス事件の犯人は瑛太じゃないと見破った時、瑛太は白状したけども、その犯人の名前は最後まで言わなかった。
 でも開き直って、私とその犯人を会わそうとした。
 犯人は私に恋心を抱いていると仄めかしてもいた。
 そこを利用して、私となんとかくっつけて、拓登から引き離そうとしたのだろうか。
 それを断れば、逆切れして、腹いせに拓登とは不釣合いだと吐き出してしまった。
 お陰で私は吹っ切れて、逆に拓登と対等に向き合えるようになったけど、瑛太にとったらあれは嫉妬も入って私に八つ当たったのだろうか。
「あー、なんだか良くわからない」
 思わず、すっきりしない感情を吐き出すために叫んでしまった。
 自分の部屋の中でよかったが、不意に出てしまった声に、自分でもびっくりだった。
 ただ心の中がもやもやとしては、眉間に皺が寄るという複雑な感情が湧いてくる。
 私はこの先、どうやって瑛太と接すればいいのだろうか。
 まだ瑛太は私がこのことに気がついてるとは知らないし、千佳やヒロヤさんにも誰にも言わないでとお願いしたから、これは当分くすぶったままで過ごさなければならない。
 拓登もきっと知らないだろうし、これを言うべきか。
 いや、やっぱり言えない。
 急に胸が苦しくなって、それを吐き出すようにため息が一つこぼれた。
 その時、机の上の卓上カレンダーに目がいった。
 連休が始まる前の金曜日には赤で丸をつけている。
 その時、阿部君に会う約束をしている。
 阿部君に会ったところで、もう過去のキスの真相を知っても瑛太のこの問題には全く関係がないように思える。
 でも無理にお願いをした以上、どんな結果であれ、阿部君には礼儀を示さないといけない。
 多分、阿部君があの時のキスの犯人なんだろう。
 瑛太の親友と自分でも言っていた。
 阿部君が自らその話を匂わせていた以上、それで間違いはないと思う。
 アレだけ知りたかった真相が、なんだか今では重荷になってしまった。

 あまり考えないように、瑛太に会っても普通にしていればいいと構えていたが、運良くといっていいのか会う事はなかった。
 拓登とは学校が同じなので目が合えば軽く挨拶して、特別変わったところはない。
 私もできるだけ瑛太の事は考えないようにして、この問題からは目をそらしていた。
 千佳も私の状態を察して、瑛太のこともヒロヤさんのことも何も言わない。
 かの子とみのりはまだこの事を知らない。
 千佳は自分からは絶対に言うつもりがないし、好きにすればいいと思っているに違いない。
 この話をするには、なぜそう思ったか、一から話すとすれば、必然的にヒロヤさんのことも話さないといけなくなってくる。
 別にそっくりそのまま話さずに、ヒロヤさんと千佳のことはぼかすこともできそうだが、私が上手く誤魔化せない。
 かの子は疑問や言いたい事があればすぐに突っ込んでくるし、みのりはじっくりと観察しては心の奥まで見てそうで、適当に言えば必ずボロがでそうだった。
 かの子もみのりも信頼置ける人たちだし、その事を話しても千佳も本人のヒロヤさんも気にはしないとは思うが、私の問題なだけに二人を巻き込んでまで話さないといけないのが心苦しい。
 やはり千佳とヒロヤさんの問題は私がとやかく言うことではないから、そうなると私の問題もかの子とみのりには簡単に言えない。
 言わなくても支障はないが、当分は様子を見ることに留めておいた。
 私自身、今までの瑛太の行動を見てきて、そういえばそうだと当てはまるとは思うのだが、まだそれが真実とは限らないし、どこかでもしかしたら間違いなのかもしれないと否定する部分も持っている。
 どうしたいかと言われても、瑛太から挑戦的な事をされても、後腐れなく好きに言い合いができて、その点は楽な関係であると思う。
 だらしなくチャラチャラした男というイメージを最初に感じたが、本当の瑛太は勉強家で真面目な面を持っていると今では見方がかわっている。
 自分と同じ高校を目指して、運悪く落ちてしまったが、瑛太の英語力は実際私よりも上そうだし、高校は違っても瑛太なら頑張って大学受験で挽回することだろう。
 瑛太が拓登を好き。
 自分の心に秘めているだけで、表に出せずにいるその気持ちを察すると辛いだろうとは思う。
 ましてや男同士だし。
 しかし、その相手が私の好きな人というのもなんか複雑。
 これもまた三角関係にはかわりないのだろうけど……
 だけど、あれっ?
 その時、私はふと違和感に包まれた。
 瑛太が私と同じ高校を目指していたけども、もしかしてそれは拓登と同じ高校に行きたかったからだろうか。
 ということは、瑛太は拓登がどこの高校を目指していたか知っていたことになる。
 やっぱり瑛太は以前から拓登を知っていたと考える方が自然だ。
 でも、そんな情報をどうやって瑛太は手に入れたのだろう。
 拓登は小学・中学と少なくとも約9年間はアメリカで過ごしている。
 いつ瑛太は拓登と出会う機会があったのだろうか。
 時に拓登が日本に里帰りすることもあっただろうが、その時、街で会ったとしても、すれ違うだけで好きになるのもおかしい。
 お互いの出会いがあったから、口をきくなり、どこかでコミュニケーションがあったに違いない。
 そうすると、拓登も瑛太を知っていないとおかしい。
 ということは二人は初対面じゃなかった?
 いや、でも二人は私の前では初めて出会った態度だったが、あれはなんだったのだろう。
 瑛太が拓登と会った事を覚えていて、拓登は忘れていたってことだろうか。
 考えれば考えるほど、齟齬が生じて分からなくなってくる。
 これは一体どういうこと?
 拓登と一緒に帰ったとき、思い切って聞いてみることにした。
 そして金曜日の放課後、それが実現した。
 それは連休を控えた前日であり、その夕方には阿部君と待ち合わせをしている日でもあった。
 すっきりしない気持ちを反映するように、天気も重い垂れ込めた雲がどんよりと広がっている曇り空だった。
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