プロローグ 2

「今日はとても賑やかだ」
 他人事のように、お城に集まって来る男達の様子を、会場となる大ホールの高座から王配殿下は眺めていた。
「ほんと、皆さん立派な方々ですわ」
 女王も暢気にほのぼのと笑みを浮かべていた。
「昔は私もこの中の男の一人であった。それが今ではそなたの夫としてこの地位にいる。不思議なことだ」
「私の時はこんなにも多く集まりませんでした。それよりも人の伝でお見合いばかりさせられてましたわ」
「それでも、私を選んでくれた」
「いやですわ。選んだなんて。私達は恋に落ちて一緒になっただけですわ。ホホホホホ」
「そうであったのう」
 二人は手を取り合って見つめあい、瞳の奥にハートのマークを映しあって自分達の世界に浸り込んでいた。
「ジュジュも私のように愛する殿方に巡り合えるといいのですが」
「それって、私がいつまでもそなたの愛する夫ってことかな」
「当たり前じゃないの。もう、あなたったら」
「おお、ユアマジェスティ」
 二人は公の場所であっても、いきなりキスをしそうになり、側に居た仕えるものが見かねて咳払いをすると、我に返っていた。
 しかし、いつまでもラブラブの二人を見るのは微笑ましく、周りの者を幸せな気分にしてくれた。

 その頃、この日の主役のジュネッタージュ王女は、自分の部屋のベッドの中でぶるぶるとシーツを被り込んで震えていた。
 ドアにはしっかりと鍵をかけているが、朝からひっきりなしにノックされ、その度にびくっと体を跳ね上がらせていた。
「王女様、もう限界でございます。一刻も早く支度をしなければ、間に合いません。今すぐここをお開けになって下さい」
 ドアの向こうから必死の叫び声が聞こえてきた。
 それでも王女はベッドの中から一向に出ようとはしなかった。
 ノックの音は段々激しくなり、そのうちドアが壊れるのではと思えるくらいの強さになっていく。
「ジュネッタージュ王女様!」
 王女のドレスの着付け、髪の手入れ、化粧と完璧に仕上げないといけないだけに、時間を無駄にできず、ノックをする方も無我夢中だった。
 悲痛な叫び声となって廊下を伝わって響き、それを聞きつけた者達が、様子を見に、王女の部屋のドアの前に次々集まって来る。
「大きな声を張り上げて、はしたないですよ」
 王女の教育係の一人であるカーラは、眉を顰めて冷たく睨みつけた。
 細く長身で、背筋を伸ばしたその姿は凛としているが、そこに厳しさをいつも含んでいた。ジュネッタージュ王女をいつも容赦なく叱り、厳しい躾を余儀なくできるほど、城の中でもある程度の権限を許されたものだった。
「失礼いたしました。しかしながら、今日はジュネッタージュ王女様の誕生日パーティです。すでに訪問客も大ホールに集まり、女王陛下も殿下もお席についていらっしゃいます。それなのに、主役であるご本人が支度もなさらずまだベッドの中では、こちらも必死になります」
 支度を命じられたものには、自分の責任を全うするには仕方のない事だと正当化するだけのいい訳があった。
「淑女というもの、常に取り乱さず、落ち着いて対処する。それがあなたの任務です」
「しかしですね……」
 そんな悠長なことを言ってられないと、また気持ちが高まって反論する姿勢を向けたとき、カーラは睨みを利かした。
 その鋭い目に逆らえず、燻る感情を押さえ込み、その仕度係は、半ば開き直ってさっきまで体を寄せていたドアから一歩引いた。
「ジュネッタージュ王女、今すぐここをお開けなさい」
 カーラの厳しい声が、鋭くドアを貫くように、ベッドの中に居る王女に届くと、さらにその震えは留まる事を知らなかった。
 絶体絶命のこのピンチに、シーツの中で凍り付いて、今にも心臓が止まりそうになっている。
 ドアを軽くノックして、厳しい声で命令をしても、全く反応がないことに、さっきまで声を荒げていた支度係は、カーラに冷めた目を向けていた。
 何か言ってやりたがったが、プライドの高いカーラがこの後取り乱すことを願って、面白半分に黙って見ていた。
 それでもカーラは態度を変えることなく、落ち着き、いつもの調子で厳しく問い質す。
「ジュネッタージュ王女、それではこのドアをぶち破りますから、そのお覚悟で」
 カーラは側に居た男二人に何かを伝えると、男達は走って準備に取り掛かった。
 ドアの向こうから、パニックに陥ったように突然泣きじゃくる声が聞こえてくる。
 王女がこの上なく怯え、パーティを怖がっている事を感じ取ると、ドアの周りに居た者はそれぞれ顔を見合わせ首を傾げていた
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