プロローグ 3

 その一日前のこと。
「とうとう明日、私は16歳を迎えるのね」
 ジュネッタージュ王女こと、ジュジュは楽しみと言わんばかりに、目を輝かせて夢見心地でいた。
 薄っすらと桃のようなピンクの頬、神秘的に魅了される美しい緑の瞳、絹の糸を思わせる艶やかな金髪、白く透き通る柔らかな肌、その容姿のどれをとっても完璧な黄金比のように全てが整っていた。
 大切に育てられ、非の打ち所が無いように無垢なその心の内が全身から滲みでては、側に居る者の心まで癒してくれるようだった。
 天使のような──
 その例えられる言葉は、まさにこの王女のための飾り言葉だった。
「おめでとうございます。ジュジュ様」
「エボニー、その言葉は明日まで取っておいて。本当におめでたいのは明日なんだから」
 ジュジュはくるりと体を回してドレスの裾を翻した。
 その姿を側で見ていたエボニーは、秘密を分かち合うかのように一緒に喜んでいた。
 エボニーもまた王女の教育係として、ここに身を置く一人だった。
 厳しいカーラと違い、エボニーは太陽のように暖かい笑みを常にジュジュに向けては、ジュジュのよき理解者となって、優しく接している。
 容姿も大人の魅力を持って美しく、ジュジュにとって憧れる女性でもあった。
 カーラが厳しく躾ければ、エボニーはそれに対抗するかのように温かく愛情を持って、ジュジュを守っていた。
 カーラは代々、天空の国で生まれ育ち、ロイヤルファミリーに仕えてきたのに対し、エボニーはほんの数年前に他の国からここへやってきて、この仕事を手に入れたのだった。
 カーラはそれが気に食わないところがあり、エボニーが優しくジュジュと仲良くすればする程、益々厳しさが増していく。
 時々、ジュジュの教育で二人は対立するところがあるが、どちらも才女であり、仕事の面ではお互い引けをとらない。
 ただそれが厳しいか優しいかだけの違いで、二人のやってる事は変わりなかった。
 皆、ジュネッタージュ王女とフルネームで呼ぶ中、仕える身であるエボニーだけは王女の愛称、ジュジュと呼ぶ。
 ジュジュも、長ったらしい名前より、短く音を重ねた呼び方の方が心地よく、ジュジュという愛称をとても気に入っている。
 皆にジュジュと呼んで欲しいのに、簡単にそうはいかず、誰しも恐れ多いとそれを遠慮していた。
 ジュジュは天真爛漫に明るくあどけなく、純粋に成長し、天空の王国では誰からも愛されていた。
 しかし、その顔を知る者は極わずかであり、ジュジュがプリンセスらしいその気品を添えたかわいらしい姿であることを殆どのものが知らない。
 16歳の誕生日に初めて一般に公開されることもあり、国中、そしてよその国々も巻き込んでそれは誰しも王女のデビューを心待ちにしていた。
「ジュジュ王女さまがこんなにかわいらしい方だなんて、皆が知ったらびっくりですわよ」
 エボニーは温かい笑みをジュジュに向けていた。
「私、そんなにかわいいかしら」
「もちろんでございます。明日ここに来られる殿方は皆、一目で気に入られることでしょう」
「やっと自分をさらけ出せるのね。今まで、外に出る時は醜いお面をつけなくてはならなくて、とっても嫌だった。しかも魔術で見るものにあれが私の本当の顔だなんて皆思いこまされるから、すごくショックだった。色んな決まりごとがありすぎて、本当にうんざりしちゃう」
「仕方がございませんわ。それもまたジュジュ様をお守りするためですもの。変な虫がつかないように、お守りみたいなものです」
「お蔭で、私、恋なんてできなかったし、本当の自分の姿を見てもらえなくてすごく嫌だったわ」
「明日からはそんな事はなくなります。きっとジュジュ様のお気に入りの殿方が見つかるはずです」
「だけど、なんだかそれも嫌なの。皆、私の顔を知らないのに、すでに結婚したいと集まって来るんでしょ。そんなの醒めちゃうわ」
「そういう方も大勢いらっしゃいますが、こちらから来て欲しいと頼んで、来て下さる方もいらっしゃるんですよ。とにかく恋の始まりは出会うきっかけからです。これもまた一つの機会として捉えられたら如何でしょうか」
「そうね、エボニーの言う通りね。何がきっかけとなって出会うかわからないものね」
「ジュジュ様はどのような方がタイプでいらっしゃいますか?」
「えっ、タイプ? そんな、急に言われると困りますわ。でも、男らしくてハンサムで、優しくて、それからそれから…… んっと」
 ジュジュは頬をピンクに染め、話すのを恥かしがっていた。
「きっとそういう方はいらっしゃいますわ。噂ではセイボル侯爵がとてもかっこいい方というのを聞きましたけど」
「セイボル侯爵?」
「あっ、いえ、ただの噂ですから」
「エボニーはその人を見た事があるの?」
「まあ、その、ちらりとくらいはありますが、ジュジュ様の理想には叶ってると思いますよ」
「へぇ、セイボル侯爵…… か」
 ジュジュは首を傾げてその顔を想像しようとしていた。
 そこにカーラが現れ、突然話の腰を折られた。
「ジュネッタージュ様、明日は大事な日でございます。準備の方は宜しいですか。何事も落ち着いて、そして恐れることなく堂々となさって、自分の信念をお忘れなさいませんように」
「もちろんよ。私は絶対、失敗なんてしないわ。私は私の好きな人を選ぶのよ!」
 ジュジュは力説していた。
「そのお覚悟をお忘れなく。ジュネッタージュ様は私が小さい頃から教育させて頂きました。明日はその成果を必ず見せて下さいませ。私も楽しみにしております」
「カーラ、何も脅迫するように言わなくても」
 エボニーがジュジュを庇うように口を添えた。
「いいのよ。エボニー。カーラは厳しいけど、いつもそこには愛情があるの。それは私、わかってるから。だからいつもこの厳しさに耐えられるわ」
 嫌われて当たり前のカーラを庇うジュジュに、エボニーは少し納得できないでいたが、人の悪口も不満も言わず、まっすぐに素直に従うジュジュの性格を考えると、口から出てきて当たり前の言葉だった。
 ジュジュは穢れなど知らずに、まさに箱入り娘としてこの王国に相応しい王女だった。
 誰からも愛されて当然の、天真爛漫なジュジュの笑顔は人々の心に入り込んでは魅了する。
 エボニーは明日に控えたジュジュの誕生日パーティの成功を願って、優しく抱きしめた。
 全てが成功しますように──。
 エボニーにとっても明日は大事な日となるため、力強く願っていた。
 その様子を離れた場所からカーラは冷ややかに見ていた
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