第一章

10
 食事しながらの他愛のない会話は、打ち解けるにはもってこいの機会だった。
 実際、ジュジュは男達の腹を満たしたことで、その存在感を存分にアピールし、誰もが歓迎的にならざるを得なかった。
 モンモンシューも小さな体が功を奏し、可愛がるにはもってこいの愛玩動物とされ、ちょっかい出さずにはいられなくなる。
 ジュジュが側にいる以上、モンモンシューも変な事はできないと自覚しているが、小さくなったために普段できない事ができるのを楽しんでいる様子でもあった。
 ジュジュは追い出されては困るので、このどさくさに紛れてこのお屋敷に留まりたいと必死になる。
 食事の後は、素早く片付け、掃除までアピールしだす程だった。
 リーフが帰って来るまでに四人が味方につけば有利になるかもしれないし、屋敷がきれいであれば、リーフも自分をここに置く価値があるかもしれないと思ってくれるかもと、打算的な計画であざといが、なりふり構ってられなかった。
「そんなに無理しなくていいんだぜ」
 台所の隅々を丁寧に拭いていると、ドア付近にムッカが現れ、ジュジュの働き振りを見かねて苦笑いしていた。
「そこまでして一生懸命になる姿は、なんか見ていて痛々しい」
 ジュジュの手元が止まると同時に、その言葉に自分の本心が見透かされているのが恥かしくなってしまう。
 おどおどとしていると、ムッカが近づいてきた。
「別に出て行けって俺は言わないけどさ、あまり気をつめたら疲れてしまって、結局は帰りたくなっても帰りたいとは言えなくなるぞ。適当でいいのさ」
 ジュジュはなんて答えて良いのかわからず、もじもじとしていた。
「その様子じゃ、余程、家に帰れない事情でもあるんだろ? まあ、ここに入る連中もさ、結局は逃げてきて、ここに居るようなもんだしな」
「逃げてきた?」
「別に悪いことしたとかじゃ、ないんだぜ。なんていうのか、自分の思うようにいかなくて挫折して、それで自信を取り戻したくて半分ヤケクソでやってきたよ うなもんなんだ。だからなんていうのか、ジュジュが一生懸命にしてる姿を見ると、なんか自分の姿を見てるようになったんだ。俺も、結構無理してここに居る から」
 粋がっていたムッカがやけにしおらしかった。
 それはジュジュに同情しているようでもあり、自分の姿と重ね合わせてやるせなさを感じてる様子でもあるが、か弱い身分で男達につくそうとしている姿は本能的にハートをくすぐられた。
 ジュジュを見ていると、自分をさらけ出して注意を惹きたい気持ちも現れ、ムッカの心は知らずと開いてしまう。誰かに聞いてもらいたい、甘えが出てきてしまった。
 「英雄気取りでいるけどさ、実際、オーガにあったら怖いもん。今のところなんとかやってるけどさ、もしまともに襲って来たら勝てるか自信ない」
「えっ?」
「俺達がここに居る本当の理由だけどさ……」
「コホン! おい、ムッカ、何を話し込んでるんだ」
 わざとらしく咳払いをして、マスカートが突然現れた。
「いや、別に。他愛のない会話さ」
 ドキッとしていたが、ムッカは何事もなかったように、笑顔をわざとらしく向けた。
「お前は情が入ると、弱気になるからな。余程ジュジュが気に入ったんだな」
「うるせい!」
「ムッカは、寂しがりやだから、美味しいものを食べて母親の事でも思い出したんだろ。そして恋しくなってついついジュジュに愛情を求めてしまった」
「なんでそうなるんだよ。馬鹿にするのもいい加減にしてくれ」
「だったら、弱気になるな。私達は課せられた仕事をするのが目的だ。それがここに居る理由だろ。それは誰もが知ってることだ。今更何も言う必要はない」
 マスカートは目を細めて威圧した。
「わ、わかってるよ。ただ、ちょっとジュジュに無理するなって言いたかっただけだ」
 少ししどろもどろになりつつ、自分がもう少しで何もかも話しそうになっていたことに気がつき、ムッカはばつが悪くなっていた。
 ジュジュの一生懸命さは自分の姿を見ているようで、どこか辛くなり、それでいて受け入れてやりたくて、確かに箍(たが)が外れていた。
 マスカートが現れなければ、自分の心の中を無意識に吐露してしまっていたかもしれなかった。
「まあいい。確かにジュジュがここに居ると、いつもと違った気分にさせてくれる。あれだけ美味しい料理を作ってくれれば、私も何かを感じずにはいられない。実は前の彼女が料理が上手くて、優しかったんだ。それなのに……」
 元カノの話をしだしたマスカートが、いきなり自分の世界に入り込んでいく。虚ろな瞳になると突如湿った空気が流れてきだした。
 そうして別の空間に飛ばされ、周りが見えなくなり、別の人格が現れだした。
「……どうしてなんだ。なぜ、私から離れていったんだ。私のどこが一体悪かったというのだろう。あんなに信頼し合ってたのに。なぜ、なぜ…… なあ、ジュジュ、私には何が足りないんだ? 私を見てどう思う? 正直に思った事を教えてくれないか?」
 マスカートは話を突然振ると、ジュジュに詰め寄り、自分の顔を近づけた。
「おいおい、マスカート、やめろよ。また悪い癖がでてるぞ」
「悪い癖ってなんだよ。どうしてもわからない事を訊いてるだけじゃないか」
「だから、マスカートはいつも振られた彼女の事を思い出すと、自分の世界に入り込んで暴走するんだよ。いい加減に目を覚ませよ」
「何が原因かわかれば、そこを直したいんだよ。私はもうあんな辛い思いをしたくないんだ。そして、次、失敗しないためにもその原因をはっきりと知りたい。それは必要なことだと思わないかね」
「そこに、前の彼女の未練がはいってるだろ。愚痴愚痴とずっと続くから後始末悪いんだよ」
「だってさ、お互いとてもうまくいってたのに、前触れもなく彼女が去っていったんだ。一体私の何がいけなかったのか全くわからない。私はあんなに愛してたのに」
「何回言えばわかるんだ。だから、彼女は他の男が好きになったんだって」
 ムッカがいい加減にしろと呆れた顔を向けると、マスカートは益々納得がいかないとジュジュに助けを求めた。
「ジュジュ、女って簡単に好きな人を替えられるものなのかい?」
「えっ、それは…… そんなことないです。やっぱり好きな人が居たらその人一筋になると思います」
 ジュジュもなんだかムキになってしまう。自分もまた、あの時抱いた感情があるからここにいる。
 その人を一途に思っているからこそ、とことん追求したい。マスカートの気持ちを汲んでやるというより、自分のやってることを肯定したようになってしまった。
「ジュジュ、真面目に相手にするんじゃない」
 ムッカが突っ込んだ。
「そうだよな。でも彼女は他の男を選んだ。この私ではなく、あいつを……」
 マスカートの瞳が焦点を定めずに過去の記憶に入り込んでいた。それを追い求め、マスカートは彷徨うように歩き出した。
 ムッカは手が付けられないと呆れ、ジュジュは心配そうに見つめていた。
「マスカート、大丈夫でしょうか」 
「こうなると、暫くは自分の世界に入りこんだままだ。気にするな、すでに手遅れだから、こうなったら好きにさせてやってくれ」
「手遅れ?」
「ああ、本当は本人もその原因をわかってると思うんだ。でも否定して自分を誤魔化しているんだ。その振られた理由が酷いからね。マスカート自身には問題は ないと思う。見掛けは悪くないし、頭もいい。だけど地位と金がなかった。その彼女が選んだ男は身分が高いお金持ちだったんだ」
「それって、地位とお金を選んだってことですか」
「ああ、そうさ。なんだかやりきれないけどさ、俺はそれも有りかなって思う。この世の中、力と金がモノをいうしさ、俺だってやっぱり良い条件の方を選びたくなるよ」
「そんな……」
「ジュジュは余程恵まれた環境で育ったんだろうね。世の中きれいごとじゃ済まされないことなんて一杯あるのさ。この屋敷で生活するって事はそういうことでもある。それでもここに居たいのなら、自分が汚れてしまう覚悟を持つことだな」
「汚れてしまう覚悟?」
「ああ、ジュジュが思うような、甘い生活はここにはないってことさ」
 ムッカの言葉に首を傾げていると、突然がらがらとうるさく音が部屋中に響いた。
 マスカートが何かにぶつかり、そこに置いてあった鍋が崩れて床に落ちた音だった。
 その音でマスカートはやっと正気に戻り、辺りを見回し慌てていた。
「どうやらまたぼっとしてたようだ」
「リーフが居ないから、この屋敷の責任感じて疲れてただけさ。ほら、ゆっくり休め」
 ムッカは敢えて見なかったフリをし、散らばった鍋を片付けながらマスカートを気遣った。
「あ、あの、食後のお茶でも入れましょうか?」
 ジュジュも何事もなかったように話を逸らした。
「そうだな、ゆっくりとお茶でも飲もうか」
 マスカートを支えたムッカは、ジュジュの機転にウインクで感謝の気持ちを表していた。
 ジュジュは台所から出て行く二人の背中を見送った後、大急ぎでお茶の仕度をしだした。
「なんだかわからないけど、この屋敷は複雑に何かが絡み合い、そして自分の知らない秘密が一杯ありそう」
 独り言を洩らしながらジュジュは湯を沸かしていた。
 ここにカルマンが居れば、色々と訊き出せそうだったのに、カルマンはあいにく食事のあと、やるべき事があるらしく自分の部屋に篭ってしまった。
 またそのうちに色々と話してくれるだろうと、気長に待つことにした。
 その前に自分がここに居られるかどうかが鍵だった。その決定権を持つあともう一人いるここの主、リーフの事が急に気になる。
「リーフってどんな人なんだろう。もしかしたら、リーフがあの時助けてくれた人なのだろうか」
 早く会ってみたいと思いつつ、なんだか会う時が怖いように思え、ジュジュは再び不安になりだした。
 どうか事がうまくいきますように。
 リーフに好かれますように。
 そんな事を願いながら、お湯が沸きあがっていくのをじっと見つめていた。
 外は段々と暗くなり、闇が流れてくるように暗くなってきた。その暗さに隠れて何かが現れようとしていた。
 そしてそれはこれからジュジュを更なる冒険へと導いていくことになるのだった──。
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