第一章


 モンモンシューの体にしがみ付き、ジュジュは過去の事を思い出していた。
 あの男は誰だったのか。
 命を助けてくれた恩人。
 それなのにお礼も碌に言えず、ジュジュが再び気がついた時は、カーラとエボニーが上から心配して覗き込んでいたベッドの中だった。
 いつの間にか、知らないうちに旅行先の宿泊場所に戻ってきていた時は、全てが夢かと思ったくらいだった。
 だが、目に涙を溜めていたエボニーと、厳しさが緩んでほっとしていたカーラの顔を見て、自分の身に何かが起こっていたから、そのような表情だったと判別できた。
 ジュジュが助けてくれた人の事を訊いても、二人とも何も知らず、街の一角に置かれていた馬車の積荷の中から発見したとしか教えてくれなかった。
 何度もその男を探して欲しいと頼んでも、森の中ではオーガがいるからという理由で誰も入りたがらないし、ジュジュが探しに行きたくとも、すでに危ない目にあい、そんなところに行かせられないと監視が厳重になり、二度とそれから逃れることができなくなった。
 そして、うやむやにされ、自分の王国へ戻ってしまったが、ジュジュはそれ以来、助けてくれた男の事が忘れられなかった。
 顔も知らず、名前も知らない。
 男もジュジュが天空の王国の王女という事も知らないでいる。
 どうやって再び会えばいいのか、ジュジュは考えに考え、そして16歳の誕生日が段々近づいてくると、いてもたってもいられなくなった。
 これは自分で探しに行くしかない。
 オーガがいるのなら、ドラゴンを連れて行けばいい。決行するなら、皆の関心が高まっている自分の誕生日がいい。
 王国に人々が集まれば、それだけで関心がこの国だけに集中し、周辺は油断して手薄になる。
 まさか王女が大切な日に脱走するとは誰も思わないだろう。
 それがジュジュの考えた計画だった。
 ジュジュとしては、助けてくれた男の屋敷で住み込みで雇ってもらい、そしてそこで女としてアピールする。
 そうすれば男も次第に自分の事を気に入ってくれるのではないだろうかという、押し掛け女房的な安易な発想を抱いていた。
 あの時のお礼も兼ねて、色々と男のために尽くしたい。
 そんな乙女心を胸に抱き、ジュジュはその男の下へと向かっていた。
 
 飛び立って暫く立った頃、ジュジュはモンモンシューの背中の上で大きなあくびをしていた。
 瞼が重くなり、眠気には勝てない。
「モンモンシュー、疲れてない?」
 自分が眠たいのなら、モンモンシューもまたそうであるに違いない。
「プキャ」
 大丈夫と主張している様子だったが、ジュジュは羽根を休めることを提案した。
「あの山のてっぺんで、朝日が昇るのを待ちましょう」
 モンモンシューはジュジュの示す方向へと下降していく。
 人里離れた山のてっぺんは、人が近づけない切り立った岩がある場所だった。
 モンモンシューは体を横たわせるスペースのある岩の上に降り立つ。
 ジュジュはモンモンシューから降りると、モンモンシューの閉じた羽の中に包み込まれるように優しく抱かれた。
 モンモンシューは体を丸め、ジュジュを温めながら目を閉じた。
 ジュジュはモンモンシューに守られている安心感から、すぐにすとんと眠りに落ちていた。
 二人は仲良く抱き合って眠り、そして夜はどんどん更けてやがて朝がやってきた。
 その朝日はオレンジ色に辺りを染め出した。
 その光でジュジュは目が覚め、太陽が昇るのを見ていた。
 冷たい空気の中、朝の陽光は暖かく、ジュジュの肌に染み入るように浸透していく。
 それを一杯に体に受け、あたかも充電するように気持ちを奮い起こす。
 その隣でモンモンシューが目を細めて、朝日を一緒に見つめていた。
「モンモンシュー、夜が明けたわ。私も今日から16歳よ。この朝日のように私も思いっきり輝くわ」
 夢と希望一杯にジュジュの心も、朝日と同じようにまばゆく燦然(さんぜん)としていた。
「クォッ!」
 喉の奥からモンモンシューは突然声を出し、ジュジュに自分の顔を摺り寄せ、ジュジュの気持ちに応えていた。
「くすぐったいわ、モンモンシュー」
 王女とドラゴンは仲睦まじく、触れ合う。
 モンモンシューは一見恐ろしい風貌ながらも、ジュジュの前では飼いならされたペットのようだった。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
「クゥー」
 モンモンシューの首が空を向いた。
 ジュジュはまたその背中にしがみ付き、心構えを決めた。
 その朝日の中、ジュジュはモンモンシューの背中に乗って、顔も知らない、その男に会いたい一身で、再び大空を飛び立った。
 
 オーガが住む森は上空から見ると、どこも同じに見え範囲が広すぎる。
 近くまで来れば何かがわかると安易に思っていただけに、ここからどうやってあの男を探せばいいのか考えたとたん不安が押し寄せ、ジュジュは急に気持ちがしゅんと萎えてきた。
 モンモンシューも当てもなく、ただ森の上空を飛んでもらうのには気が引ける。
 一般の人間が近くでドラゴンを見れば大騒ぎにもなるだけに、今になってジュジュは無計画さに少し後悔した。
「モンモンシュー、適当にその辺で降ろしてくれていいのよ。後は私が見つけるから」
「プギャ」
 短く反発するような声だった。
 どうやら、そんないい加減な事はできないと反論している。
 オーガも居るし、また危ない目にも遭わないと限らない。
 それはジュジュも充分承知だった。
 モンモンシューはできるだけ低く飛び、木々すれすれまで近づいて、場所を見やすいようにしてくれている。
 そしてその時、地上から何かが素早く、モンモンシューに向かって飛んできた。
「危ない」
 モンモンシューが咄嗟に交わし、それは反れて行ったが、その瞬間ジュジュははっとして、体が強張った
 飛んできたものは、明らかに攻撃とされてるとわかる矢だったからだった。
 モンモンシューの硬い鱗で覆われた体では、当たっても充分弾いてしまうが、誰かが狙って襲おうとしている事が怖かった。
 一体誰が。
 また矢が飛んできたとき、今度はモンモンシューの足先をかすった。
 これではジュジュにも当たってしまうと思い、モンモンシューはその場を離れた。
 攻撃された場所から遠ざかったところで、モンモンシューは地上に降り立ち、ジュジュを気遣った。
「私は大丈夫よ。モンモンシューも怪我はない?」
 矢は足先だけかすっただけで、別に目立った傷はなかった。
 ジュジュも一度モンモンシューの背中から降りて、足先を見て怪我はないか確かめていた。
「よかった。怪我はないみたいね。だけど、まさか攻撃されるなんて思わなかった」
 ドラゴンに歯向かう人間が居ること自体、ジュジュは考えられなかった。
 この先、ドラゴンを連れてはいけない。
 また攻撃されるのは嫌だし、もしモンモンシューが怪我でもしたらと思うと、ジュジュはぞっとした。
「私はここから一人で行くわ。モンモンシューは戻って」
「ウギャォ」
 まるでノーと拒否をしているように、首を横に振っていた。
「でも、これ以上、モンモンシューに迷惑掛けられないもの」
 ジュジュは優しくモンモンシューの頭を撫ぜてやった。
 モンモンシューは目を細め、喉を鳴らしていたが、その時、急に目をカッーと見開き、息を詰まらせた。
「グゥー、クッ、プギャー」
 突然苦しみだしたかのように、体が悶えだした。
「どうしたの?」
 ジュジュは、モンモンシューが苦しみもがいている様子に慌てふためいた。
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