第一章


 台所から隣に続く部屋のドアを開ければ、そこはダイニングルームに続いていた。長方形のテーブルが部屋の殆どを占める形で真ん中に置かれ、それはとても大きい。
 飾り気のないシンプルな部屋だが、少し殺風景気味で味気ない。
 ジュジュは少しでも見栄えをよくするために、裏庭に生えていた草花を採ってきて、適当なグラスに入れてそれを飾ってみた。一つでは却ってこの大きなテー ブルではみすぼらしく見えたので、いくつも作ってバランスよく配置する。あとは料理の皿を置けばなんとか見栄えがよくなるだろうと、頭の中でイメージを膨 らませていた。
 お城では常に世話をされる方ではあるが、カーラの教えで炊事洗濯は一通りできるように教え込まれている。
 料理も好きな事もあり、よく料理長の側に行っては観察して、その一流の腕を見よう見真似で自分なりに取り入れていた。
 お城の秘伝のレシピはすでに覚えこみ、目の前の食材を見れば、何をどう料理すればいいか自然とアイデアがでてくる。
 ジュジュは自分の世界に入り込むように、暫し料理に夢中になっていた。
 その甲斐あって、味、見栄えどちらも自分でも中々上手くできたと、料理をテーブルに並べた後、自信に溢れるしっかりとした笑みがこぼれた。
 案の定、男達が腹を空かせてダイニングルームに入って来た時は、素直に驚き、口々に「すごい」という感想が漏れていた。
「これ、ジュジュが作ったのかい?」
 マスカートが料理とジュジュの顔を交互に見て、目をパチクリしていた。
「はい。でもバルジも手伝ってくれました」
「いや、私はジュジュの指示を受けただけだ」
 バルジはぼそりと呟いた。
「うぉ、これは美味そう。あの食材がこんな上品になるなんて信じられない」
 ムッカは手を伸ばし、一つまみしては、早速口に入れ、その味付けに目を見張っていた。
「行儀悪いな、ムッカは。でも、その気持ちもわからないではないな。これは本当においしそうだ。いつもは適当に一つの鍋で煮込むシチューばかりだもんな。これって、どこかの一流レストランみたい」
 口の悪いカルマンが、非の打ち所がないと素直に褒めている。
「さあ、皆さん、座って食べて下さい」
 男達は席に着くなり、目の前のお皿に飛び込むようにがつがつと食べだした。
 口々に「美味しい」「うまい」を言いながら、ジュジュの料理を堪能していた。
 バルジだけは特別何も言わなかったが、一口食べたときに、明らかに目が見開き、その味に反応し、そして黙々と何度もフォークを口に運んでいた。
 ジュジュは目の前で沢山食べてくれる男達の様子に、ガッツポーズをとりたいくらい満足していた。
「あれ、ジュジュは食べないの?」
 カルマンが口に入れようとしていたフォークの手を止めた。
「私は、残ったものを後で頂けたらいいです」
「何、遠慮してるんだよ。今一緒に食べないと何も残らないよ」
 ムッカが立ち上がり、テーブルの端で突っ立ってるジュジュの側に近寄って、肩を掴んで椅子に無理やり座らせた。
 ジュジュは突然の事にされるがままになり、きょとんとして座っていると、お皿が男達の手によってテーブルを一周するようにパスされ、その度に料理が次々に盛られていく。
 最後にジュジュの前に置かれた。
 自分が作ったものだが、材料はこの屋敷のものなので、ジュジュは自分に配分があるとは思っていなかった。まだここに居ていいという許可もおりてないだけ遠慮して、後で非常食として持ってきた木の実で空腹をしのぐつもりでいた。
「ありがとうございます」
 ジュジュは祈りを捧げるように、前で手を組んで言った。
「これだけ美味いもの作ってくれたんだ。俺、ジュジュがここで働くこと賛成になっちまったぜ」
「おいおい、ムッカ。簡単に意見を変えるもんだな。気安く言ってくれるけど、やはりここは危ない場所でもあるんだぞ」
 マスカートは、口許を軽くナプキンで拭きながら、まだ難色を示していた。
「慎重になるのもわかるけどさ、俺達が作る料理と比べ物にならないし、この屋敷に居れば、一応、危険はないだろ……」 
 ムッカは歯切れ悪く言うと、居心地悪い気持ちを抱き、慌ててまた席に戻って、誤魔化すようにガツガツと食べだした。
 マスカートはやるせなく溜息を一つ吐くが、目の前の料理を見ては、自分も迷いが生じていると認めざるを得なかった。
 結局何も言えずに食事を続ける。
 カルマンは何かを考えながらマスカートとムッカをちらりと見ていたが、口を挟む様子は全くなかった。それよりも食欲を満たすことの方が大事だった。
 バルジははなっから全く動じず、いつもと変わらない態度だった。
 その時、窓からコツコツという音が響き、皆、視線をそこに向ければ、モンモンシューが悲壮な顔をして中に入れてとアピールしていた。
「あっ、モンモンシューのことすっかり忘れてたわ」
 モンモンシューと目が合い、ジュジュは気にもかけずに放任していた事に罪悪感を感じてしまった。
 ジュジュが立ち上がろうとするが、その前にバルジがすでに腰を上げ、窓を開けていた。
 モンモンシューは素早く入り込み、そしてテーブルの料理の上を何度も飛び回っていた。
「このチビも腹が減ってるようだ」
 ムッカがお皿から何かを一つまみして、それを投げると、モンモンシューはそれに素早く食いつき、すぐさま咀嚼した。
「モンモンシュー!」
 ジュジュがはしたないとでも注意をするように名前を呼ぶ。
 モンモンシューははっとして、しゅんと首をうな垂れた。
「まあいいじゃないか。チビだって、腹が減るさ」
 ムッカはまた空中に一欠けらのパンを投げた。モンモンシューは再び機敏な動きで口に咥える。
 投げれば見事に食いつくので、それは観ていて気持ちよく楽しいものだった。
 マスカートとカルマンも面白半分に餌を与えだし、食卓の上でモンモンシューは踊らされているようだった。
 ジュジュだけが、それを楽しめず、小さくなってしまった姿が哀れに見えて仕方がない。本来ならもっと威厳を持って、誰からも恐れられる風格があるのに、これではいい玩具だった。
 責任は自分にあるだけ、モンモンシューを見ているのが辛くなってしまった。
 そんな様子を見ていたバルジは、自分の皿の肉をちぎり、そしてモンモンシューに見せるように腕を伸ばした。
 モンモンシューは遠慮することなく、それに向かって飛んでいくが、バルジはそれを放りあげることなく、テーブルの上に置いた。
 モンモンシューはちょこんとテーブルに降り立ち、バルジから貰った餌を咥え、おいしそうに食べだした。まだ足りないのか、バルジを見つめて催促すると、また同じように肉をちぎって与えられた。
 バルジはモンモンシューが満足するまで与えてやった。
 バルジの瞳は、モンモンシューを深く見つめている。言葉はなくとも、そこに可愛がる愛情が湧いているようだった。
「モンモンシューにまで気を遣って頂いてありがとうございます」
 ジュジュは申し訳なさそうにしていると、カルマンが言った。
「バルジは動物が大好きなのさ。あんな楽しそうにしているバルジを見るのは初めてかもしれない」
「えっ、楽しそう?」
 バルジは無表情だった。
 モンモンシューは次第にバルジの皿の近くに寄り、すっかり心開いている様子だった。バルジもモンモンシューが自分の皿の前に居ても嫌な顔をせず、好きに食べさせては時折頭を指で撫ぜている。その光景は意外と違和感がなかった。
 モンモンシューは本当はバルジよりも数倍でかいドラゴンであるが、本当の姿を見たら、皆驚くに違いない。
 モンモンシューもあの小さな体では弱い生き物となってしまっただけに、本能で生き残ろうとして媚びてしまうのだろう。特にバルジには安心させる何かを感じ、懐いている様子に見えるところを見ると、バルジは動物に好かれる魅力があるのかもしれない。
 ジュジュもまた、バルジが他の人達より口数が少なく無表情であっても、それが却って落ち着き安心感を植えつけるものを感じていた。
 無駄な要素がなく、素朴で泰然としている態度が男らしいとすら思えるようだった。その雰囲気が、助けて貰った時の様子と再びどこか通じるものを感じさせた。
 ──もしかして、あの時の人はバルジ?
 何一つ言わないだけ、ジュジュは気になった。
 バルジは野生的で厳つい顔立ちではあるが、ジュジュは顔など関係ないと思う。
 とにかく、自分があの時頂いた感情が大切であり、その人がどのような姿であってもその人を見つけたいと思う気持ちが強かった。
 一体この中の誰があの時自分を助けてくれた人なのか、ジュジュはそれがとにかく知りたく、賑やかに食事をしている男達の姿を目で追いながら、フォークを口に運んでいた。
inserted by FC2 system