第二章


 朝食にしては豪華で、作れる物は手当たり次第に作ったような料理が次々に食卓に並べられていく。男達はジュジュと料理を交互に見つめていた。
 自分をアピールできる最後のチャンス。胃袋を掴めば、必要としてくれるのではないだろうか。
 誰が見ても、それがリーフへの訴えである事は読めていた。
「これを見れば、リーフも考え直してくれるかもしれないな」
 マスカートもなんとか応援したくて、ジュジュを励ます。
「味だって、最高だぜ」
 指で料理を摘まんで一つ口に入れ、ムッカはウインクをジュジュに飛ばした。
「早く、食べようよ」
「ちょっと待てカルマン。食べる前に、リーフに見せないとダメだろうが」
 マスカートに言われ、カルマンはお預けを食らった犬みたいになって、しぶしぶしていた。
「私が呼んで来る」
 バルジがその役を買って出てくれたことに、皆は期待の目をして部屋から送り出した。
 料理からは湯気が出ている。ジュジュは出来立ての熱々を食べてもらいたいと、ドキドキしながらリーフがやってくるのを待っていた。
 しかし、リーフの居る書斎は、そんなに遠くないのに、待てども待てどもバルジは戻ってこない。
 料理の湯気もどんどん弱くなり、そのうち冷めそうな勢いだった。
「一体どうしたのかしら?」
 ジュジュは自分の作った料理を不安げになりながら見ていた。
「もしかしたら、要らないと言って、それでバルジがなんとか説得しているのかもしれない」
 マスカートは申し訳なさそうにジュジュに視線を向けた。
「もう、僕は早く食べたいのに」
「カルマン、自分の食欲とジュジュの事とどっちが大事だと思ってるんだよ」
 ムッカが露骨に嫌な顔をして言った。
「もちろん、ジュジュの事さ。だけど、腹も空くんだよ。こんなにおいしそうなのに。あーあ、どうか毎日ジュジュの料理が食べられますように」
 カルマンはリーフが早く現れ、料理を気に入ってジュジュの事を考え直してくれることを願った。
「それにしても遅すぎるぜ。すでに料理が冷めちゃったぜ」
 湯気が見えなくなり、ムッカは残念そうに肩をすくませた。
「私が直接行って呼んできます」
 ジュジュが走って出口に向かったと同時に、やっとバルジが現れ、みんなの動きが止まった。バルジの後ろからリーフが出てくることを期待してたが、そこには誰も居なかった。
「一体何があったんだ?」
 マスカートが訊くと、バルジは首を横に振った。
「長旅で疲れて、食欲がないらしい。何度もジュジュの作った料理を見るだけでも見て欲しいと言ったんだが、料理を見たところで、自分の考えは変わらないと はっきりといわれた。それで、私達がジュジュを必要としてることをはっきり伝えた。説得しようと出来る限り粘ったんだが、私の話は黙って聞くものの、絶 対、首を縦に振らなかった。私が説得するのを聞くだけは聞くから、私も、もしやと思って話し続けたんだが、リーフは私が諦めるまで聞く姿勢を続け、私の方 が とうとう根負けしてしまった。ジュジュ、力になれなくてすまなかった」
 普段無口なバルジが、こんなに長く説明するのは珍しく、三人の男達は、余程説得していたんだと感じていた。
「ううん、バルジ、ありがとう。そっか、やっぱりダメなのね」
「なんで頑なに拒むんだよ。わからずやめ」
 カルマンはムスッとして、不満たっぷりに頬を膨らませていた。
「きっと長旅の寝不足で機嫌が悪いんだろうよ」
 マスカートが言うと、ムッカは「そんなのしょっちゅうじゃないか。いつ寝てるかわからないくらい、リーフは寝室には行かず、いつも書斎で過ごしてるくらいだぜ。寝不足だけが原因じゃないんだろうよ」と不平を垂れた。
「それじゃ何が原因? 旅先で何かあったの? 一体、どこへ行ってたんだろうね」
 カルマンが訊いた。
 するとムッカは閃いたように、指をパチンと鳴らした。
「もしかしたら、あれじゃないの。ほら、天空の国の王女様の誕生日パーティ。そこで未来の旦那に選ばれなかったから、がっかりして俺達に八つ当たってたりして」
 これにはジュジュがドキッとした。まさに自分の話題である。
「そんなの選ばれる訳ないじゃん。膨大な数の男達があちこちから現れるんだろ。その中の一人だけを選ぶんだよ。選ばれない方が当たり前じゃないか。まあ、僕が行ってたら選ばれてたかもしれないけど」
「バーカ、カルマンなんか王女様の視界にも入らないぜ」
「ふん、なんだよ。ムッカと一緒にしてもらっては困るよ」
「なんだと!」
「おいおい、しょうもないことで言い合いしても仕方がないだろうが。とにかく私達だけでも、ジュジュの料理を頂こう。折角ジュジュが作ってくれたんだから」
 料理の話題になると、お腹が空いていたことをすぐに思い出し、皆は席について、すぐにがっつきだした。口々に美味しいと褒めてはもらえるが、ジュジュには虚しく思えてしまう。
「ジュジュも、食べるんだ。まずは腹ごしらえしてから、後で今後の事を考えよう」
 マスカートに言われ、ジュジュも席についたが、食欲はわかなかった。座ったからには、目の前のものを一応手に取るが、もそもそと少し口に入れるだけだった。
 皆、ジュジュの心情を気遣うと、辺りは静かになりすぎて気まずくなっていく。
 そこでカルマンが話題を振った。
「だけどさ、さっきの話だけど、王女様に選ばれる男ってどんな奴なんだろうね。王女様は何を基準にして選ぶんだろう。やっぱ、顔かな?」
「顔だったら、リーフなら合格ラインだろう。背も高いし、身分もそんなに悪くないぞ」
 ムッカが答えた。
「王女は顔なんかで選びません!」
 ジュジュが思わず主張してしまった。もしリーフが目の前にいても絶対に選ばないと言いたくなった。
 一同がびっくりして、ジュジュを見つめた。ジュジュはそれにはっとして、急に食事する速度を速めた。
「だったらさ、何が決め手になるの? ジュジュが王女様なら、どんな人を選ぶ?」
 無邪気にカルマンに質問されて、ジュジュは思わず咀嚼しきれず、喉が詰まりそうになった。
 なんとかそれを無理やり飲み込み、そして息を整えた。
「私は、そこに集まってる中から無理やり選ぶとかできません。そんな事するくらいなら、逃げ出しちゃいます」
 現に自分はそうしている。全くの本心だった。
「でも、実際王女様は逃げられないと思うぜ。そうなったら無理やり選ぶしかないんだろうな。恋も知らずに選ぶのも可哀想だな」
「ムッカはなんだか同情的だな」
 マスカートは茶化した。
「だってさ、国を背負って、子孫繁栄のためだけに結婚しないといけないんだぜ。まるで王女様は道具みたいじゃないか」
 ムッカの言葉にジュジュの動作が止まった。
「でもさ、一生苦労しなくても、贅沢三昧だろ。そして地位も権力もあるんだから、一つくらい不利な点があっても仕方がないよ。王女様もそれは割り切ってる んじゃないかな。だけど、王女様の選ぶ人が好みの人なら最高じゃないか。あれだけ集まれば、きっと見つかるんじゃないの?」
 カルマンの意見も一般論として聞けば面白みのあるものだったが、ジュジュの本心は割り切る事はできなかった。自分には好きになった人がいる。
「私達もそこに行けばよかったかもな」
「マスカートも僕と同じで選ばれる自信があったんだ」
「まさか、そんな訳ないけどさ、王女様の姿は見たいと思ったのさ。今までベールに包まれてたからね」
「きっと、大したことないぜ。王女様という地位だけで、男達は群がってるけど、それを取り除いたら誰も見向きもしない風貌だろうぜ。もしかしたらこんな顔だったりして」
 ムッカは手を使って自分の顔を歪めていた。カルマンはそれを見て素直に笑っている。実際自分の知らないところで色々と話されている事は理解できても、こんな風に自分がいる場所で自分の話題が出て、好き勝手に話されることにジュジュは居心地が悪くなっていた。
「でもさ、ジュジュみたいな女の子だったらどうするの?」
 カルマンの一言で、マスカートとムッカは、なぜかドキッとしてしまった。
 ジュジュもまた、違う意味でドキッとしていた。皆の視線を浴びた時、冷や冷やして、落ち着きをなくした。
「それだったら、皆、放っておかないさ、なあ、ムッカ」
「ああ、そうだな」
 王女様という言葉がぴったりと当てはまる不思議な感覚を感じ、二人はジュジュを王女様として重ねて見てしまった。
「あ、あの、私は、そんなんじゃないですし……」
 ジュジュにとっては嘘をついてることになってしまうが、それしか言い様がなかった。
「ねぇねぇ、もしジュジュがこの四人の中から選ばないといけないとしたら、一体誰を選ぶ?」
 目をキラキラさせて、好奇心たっぷりにカルマンが訊いた。
「えっ?」
 食事をしていた男達の手が止まる。
 会話に全く参加せず、黙々と食べることしかしてなかったバルジですら、気を取られてジュジュに視線を向けた。
 ジュジュは一人一人の顔を見て、言葉を詰まらせた。
 それが自分の真の目的であるだけに、カルマンの質問がこの時になって、急に深い意味をなしてしまった。
 ──私は一体この中の誰が好き? この中にはあの時私を助けた人がいる……
 皆、ジュジュの答えを真剣な眼差しで待っていた。
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