第三章 よく似た二人の出現


 ジュジュが頭に思い浮かべた人物と、マスカートが口に出した人物の名前がこの時ピタリと一致する。
「あいつはリーフの従兄弟さ」
 ──リーフ
 ジュジュが見た事があると思ったのは、今朝すでに会ったリーフの顔と似ていたからだった。
「双子の兄弟じゃなく、従兄弟?」
「ああ、結構顔が似てるだろ。リーフとセイボルの母親が双子の姉妹だったらしく、どちらも母親に似たために、従兄弟でも顔が似てしまったんだ。しかも誕生日も近いから年も一緒だし、背格好までそっくりだ」
「だけど、二人は対立しあってるの?」
「それは、敵意を持ってるくらい、酷く対立してるぜ。何せセイボルは魔王と呼ばれるくらい、黒魔術に精通してて最強なんだ。それでオーガも手懐けて、この森でも態度がでかく、リーフにその力をみせつけてるのさ」
 ムッカが言ったあと、続いてカルマンが付け足した。
「その点、リーフは魔術が全く使えない。熱心な勉強家で教養はあるけど、一方で自分とよく似た人物は魔王と呼ばれ、そして侯爵という地位まで持ってるだけ に、劣等感が激しいんだ。セイボルのせいで性格が歪んでしまったと言う訳。まあ、わからないでもないけどね。だからリーフは魔術と聞くだけでもすごく嫌が るんだ。一種の病気だね」
「そうだったの。あの冷たそうな雰囲気も、そういう事が絡んでたのね。だけどただのリーフの嫉妬じゃないのかしら。セイボルはそんなに悪い人じゃないと思うわ」
「ジュジュはすでにセイボルに騙されてるんだよ。狙った獲物に本性出して近づくはずがないじゃないの。セイボルは魔術が使えるんだよ。ジュジュをコントロールするくらいお手のものだよ」
 カルマンはジュジュの甘さを指摘する。
「セイボルがジュジュに近づくなんて、もしかしたらこれは何か裏があるのかもしれないぜ。とにかく早く屋敷に戻ってリーフに報告しないと」
「ムッカの言う通りだ。すぐに引き返そう」
 マスカートは先頭を切って歩く。その後をムッカも続いた。
 勝手に話が進んでいき、置いてけぼりを食ってしまったジュジュが戸惑っていると、カルマンに袖を引っ張られた。
「ジュジュ、何もたついてるの。早くおいでよ」
 ジュジュは足をもつれさせながら、歩きだした。もう一度後ろを振り返り、セイボルの事を考える。
 皆が嫌う中で、ジュジュはセイボルと約束を交わした。どうしてもセイボルがみんなの言う悪者には見えない。
 ジュジュの正体を知り、魔術が使える魔王だから、城の誰かに居場所を探せと頼まれて、連れ戻しに来たに違いない。
「魔王……」
 小さく呟くが、リーフの方がその名が相応しく思えた。
 しかし、髪の長さが違うだけで、顔はどちらもよく似ている。まるで双子のように。
 ジュジュが再び屋敷に戻れば、暖炉の前のソファーでお茶を手にしてゆっくりくつろいでいるリーフとすぐにかち合った。
 セイボルを見てしまった後にリーフを見れば、やはりよく似ていると、益々じっくり眺めてしまう。
 報告はマスカートによって行われ、リーフは黙って聞いていた。
 マスカートが話し終わると、慌てずゆっくりとお茶を飲み干し、そのカップをバルジに渡した。足を組みふんぞり返るくらいにソファーの背もたれに体をもたせかけ、ついでに背もたれの縁に両腕を広げて置いた。
 ジュジュにはそれが無理をして虚勢をはっているように見えた。すでにセイボルに負けたくない自己顕示欲がでているのかもしれない。
「セイボルが現れたのか」
 感情を抑えているが、どこかぎこちなく、虚空を見つめその部屋に居た誰とも目を合わせなかった。
 ぐっと奥歯をかみ締め、葛藤するように思案しているその姿は、事情を聞いた後では確執を深く感じてしまう。ジュジュはリーフがどう行動するのか黙って見ていた。というより、なんだかリーフの無理をしてぎこちなくなってる態度にハラハラしてしまう。
「リーフ、暫くジュジュをここに置いておけないだろうか。このまま返したら、ジュジュはセイボルに付きまとわれてしまいそうだ。セイボルは何かを企んでいるみたいだった」
 セイボルの行動を強調しながらマスカートが頼み込むと、リーフは考え込んで暫く沈黙が流れた。皆、固唾を飲んでリーフの言葉を辛抱強く待っていた。
 どこを見ているかわからなかったリーフの目は、やっとジュジュを捉えた。その目許は鋭く力が入り、睨まれているようにも見える。
 リーフはジュジュを観察するようにじろじろと見ていた。
「ジュジュ、本来なら私が無理をしてでも君を家へ送り届けたいところだが、君はここに留まりたいと言っていただけに、もしかして家に帰れない事情でもあるのか?」
「はい、そうです。時期が来たら必ず帰るつもりでいますが、今はまだ家には帰りたくありません」
「それで他に行くあてはあるのか?」
「いいえ」
「そうか。わかった。だったら、ここに住むことを特別に許可しよう。但し、みんなと同じように働いてもらう。それでもいいか?」
「えっ、ここに置いていただけるんですか? もちろん喜んで働きます」
「他にも条件がある。私がいつも使用する書斎と寝室には一切入ってはならぬ。また私の邪魔を絶対にしないで欲しい。何か私に用事があればバルジに先に訊い てくれ。この四人の男達の中で一番落ち着いて適格なアドバイスをすることだろう。それさえ守ってくれれば、自由にこの屋敷を使ってくれていい」
「はいかしこまりました」
 その時、モンモンシューが飛び立ってリーフの近くまで飛んだ。挨拶がわりに、モンモンシューは人懐こくリーフに接しようとしたが、リーフは面倒ごとのように突然ソファーから立ち上がり、ひらりと避けた。
 モンモンシューはそれがなんだか悲しくなってしょぼんとしてしまった。
「こいつだが、別にこの屋敷の中を飛び回る事は構わないが、できたらしつけをきっちりとして欲しい」
「わかりました。モンモンシュー、こっちへ来なさい」
 モンモンシューは未練がましくリーフを見つめるも、諦めてジュジュの元へ戻った。
「それから、マスカート、ムッカ、カルマン。ジュジュがここに住むからといって、自分の仕事を怠るな。それと変な気を起こすんじゃないぞ。特にカルマン。今朝のような騒ぎをまた起こしたらここから出て行ってもらう。わかったな」
「ちぇっ、なんで僕だけ釘をさされないといけないんだよ」
「カルマンには数えきれぬ前科があるからだろうが。お前はやってはいけない事ばかりする」
 ムッカが肘鉄を食らわした。
 リーフはギロリとカルマンを睨み、そして部屋を出て行った。
 屋敷に留まる事は許可されたとはいえ、全く歓迎されずに、セイボルを憎む気持ちの作用で事が進んでしまったように思える。そして、この屋敷には自分を助けてくれた人は居ないとすでに結論出ている。
 ジュジュもまたここに留まることが自分にとってよいことなのか困惑していた。
「ジュジュ、よかったね。これで僕たちと一緒に暮らせるね。でも、なんだか嬉しくなさそうだね」
 カルマンがジュジュの顔を覗きこんでいた。
「えっ、そんな事はないわ。とにかく今は家には帰れないから、住む家が決まっただけでもありがたいわ」
「よかった。もしかしたら僕の事で不安になってるのかもと思っちゃった。やっぱりジュジュはさっぱりしていていい子だね。益々気に入っちゃった」
「おい、カルマン、リーフに忠告を受けたことをもう忘れたのか。お前はジュジュには気安く近づくな」
 ムッカはカルマンを引っ張り、ソファーめがけて突き飛ばした。ドシンとする勢いでカルマンはソファーに座り込む。
「んもう、暴力はやめてよ」
「いや、お前の場合は体で示さないと、のらりくらりとすぐ言い逃れるからな。それぐらいがちょうどいいんだ」
「なんだよ、マスカートまでムッカの肩を持って。だけど別にいいよ。すでに僕とジュジュの間には二人だけの秘密があるんだから。ねぇ、ジュジュ」
 その時、ジュジュは暖炉の上に掲げられた肖像画を見て、カルマンの事など上の空だった。
「えっ、ジュジュまで僕の事無視するの?」
「お前、何の秘密があるんだよ」
 ムッカがカルマンに絡み、そしてもみ合いに発展していった。それをマスカートが止めに入り、三人はソファーの上で絡み合っていた。
「ジュジュ、リーフがどうかしたのか」
 肖像画をいつまでも見ているジュジュにバルジが声を掛ける。
「このリーフの肖像画、よく見たらセイボルにも似てるって思ったの。だけど、所詮絵ね。全く実物と同じ顔って訳にはいかないわね。雰囲気はでてるけど、微妙にそっくりに描けてないわ」
「画家の腕が悪かったんだろう」
「私も肖像画を書いて貰った事があるけど、その人はとても腕のいい絵描きさんだったわ。油絵も上手かったけど、スケッチもサラサラって本物みたいに描く の。何枚か描いてもらったんだけど、その中でも、鏡の前で自分の髪を梳いている絵が一番のお気に入りだったわ。だけどそれだけなくしちゃったけどね」
 バルジはモンモンシューの相手をしながら、聞いていた。
「今度は笑顔の肖像画を描いたらいいのに。私がその画家を紹介したい」
 リーフの冷たい表情を思い浮かべていたために、つい口走ってしまった。
「ジュジュ、リーフの目つきはきつく、それが冷たく見えるかも知れないが、リーフの心は温かい。あれは仕方なく自分をああやって演じてるだけだ。リーフを誤解しないでやって欲しい。色々とリーフも複雑なんだ」
「分かってるわ。全てはセイボルが居るからなんでしょ。二人は仲良くできないのかしら」
「さあ、それは難しいかもしれない」
 バルジもその後はどう答えていいのかわからず、それ以上何も言わなかった。後ろのソファーで、男達三人がまだ騒いでいた。
 いつしかそれは、笑い声となってジュジュの耳に届く。
 リーフと接するのは大変そうだが、この男達がいるお蔭でなんとかやっていけそうだった。
 しかし、自分を本当に助けてくれた人は一体誰だったのか。本当に見つけられるのか自信がなくなってきた。
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