第三章

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 ダイニングルームの大きなテーブルを男達が総出で囲んで、がつがつと朝食を取っている。沢山の量の料理に並んでモンモンシューもテーブルの上で一緒に食べていた。
「皆さん、怪我の具合はどうですか?」
 ジュジュに様子を尋ねられ、負傷者達は照れながらそれぞれ大丈夫だと答えた。
 ジュジュが笑えば、皆見とれるようにでれっとしている。
「おいおい、お前達わかりやすいな」
 ムッカが近くに居た男に肘鉄を向けると、それが傷口に当たり男は「うっ」と顔を引き攣らせた。
「あー悪い、悪い」
 そして、負傷者Aが口を開く。
「無礼がありながら、ここまでよくしてくれて、ムッカ、ありがとう」
「それは俺だけじゃないだろう。この屋敷に住む全員の協力があってのことだ」
 負傷者Aは椅子から立ち上がり、そして頭を下げた。
「皆さん、助けて頂いてありがとうございました」
 一人が言えば、皆同じ事をしていた。
「それはいいけど、お礼忘れないでよ」
 厚かましいのか、商売上手なのか、カルマンだから見返りを催促できるその言葉に、マスカートとムッカは見合わせて、お互い顔を歪ませていた。
 その時、外に出てたバルジが、ずたぶくろを肩に提げて戻ってきた。
「今、街から荷物が届いた。馬車の積荷を降ろしたら街まであんた達を乗せてくれるように頼んだ」
「それはよかったじゃないか。グッドタイミングだ。これで歩かずに街まで帰れるな」
 一足早く食事を終えたマスカートは立ち上がり、荷物運びに向かった。
「やっと荷物が来たんだ。一体何が来たんだろう」
 カルマンも素早く部屋を出て行った。
 ジュジュも好奇心から様子を見に行く。
 外では馬車に乗る御者と白髪交じりの小柄な老人が雑談をしている姿が目に入った。
 ジュジュが現れると、二人は驚いてじろじろと見つめだした。
「ほぅ、これは驚いた。この屋敷に女の子がいるとは」
 白髪交じりの老人が言った。この男が昨夜リーフが言っていたチェス仲間のマーカスだった。
 ジュジュは二人に自己紹介を兼ねた挨拶をする。
「ジュジュか。なんともかわいらしい。それでリーフがここに住むことを許したのか。リーフも隅に置けない奴だ。なかなかやりよるわい」
 何が隅に置けないのか、全く何を考えているかわからないリーフなだけにマーカスが何を言いたいのかわからなかった。
 ジュジュが顔を引き攣らせながら、それでも笑顔を向けていると、荷物を持ったマスカートが側に寄って耳元で囁いた。
「マーカスはもうろくしてるから、あまりまともに相手にしないでいいからな」
「マスカート、聞こえたぞ。わしはお前さんが思ってるほど年をとってないぞ」
 見かけは老けていても中身は若いつもりなのだろう。
 マスカートは肩を竦めて、笑いながら屋敷に入っていった。それと入れ違いにバルジが外に出てくる。
 マーカスは待ちわびたように尋ねた。
「リーフはお目覚めか?」
「はい、書斎で待っているそうです」
「そうか、それならいざ出陣」
 マーカスは指を絡めてそり返し、首も左右に曲げてボキボキと骨を鳴らして勝負に挑む心構えをしていた。
 御者に迎えの時間のやり取りをしてから、バルジに付き添われて屋敷の中に入っていった。
 ジュジュはやや腰の曲がったマーカスを見つめ、年の離れた友達の出現に圧倒されていた。
 後ろで、カルマンと御者が話す声がふと耳に入る。
「今回、来るの遅かったね」
「仕方がない、街からごっそり男達がいなくなって、品物の流通も滞ったんだ」
「ああ、あれだろ。王女の誕生日パーティ。属名、婿探しパーティ」
 ジュジュは聞き捨てならない言葉に、耳をピクッとさせた。しかし事実だから言い返せないし、自分がその王女とばれてもやばい。何も言えないで聞き耳だけを立てていた。
「それで、今回誰に決まったの? まさかこの街から誰から選ばれたとか」
「それはないない。というより、王女は急病でパーティが中止になったらしい」
「へぇ、それは残念だったね。よりによって、この大切な時に」
 ジュジュには耳が痛い。お城としても苦肉の策に違いない。嘘も方便。しかし、本人はいたって健康だから心苦しかった。
「みんなもがっかりだったらしい。パーティはその一年後に延期になったそうだが、どうも王女は重病らしいって噂だ。もしかしたら来年のパーティすら危ういかもしれないって専ら噂されてる」
「それって王女が危篤ってこと?」
 これにはジュジュも仰天した。人の噂は尾ひれがついてとんでもない話に発展しがちだが、それを身を持って目の前で体験して、世の中の噂というものがどれほど馬鹿げているか思い知らされた。
 それでもその原因は自分の身勝手さがもたらしたこと。身から出た錆とはまさにこの事だと、深く反省する。
「詳しくは判らないが、女王が深く落胆して、あまり人前に出なくなったらしい。かなり心配してるそうだ」
 それは病気を心配しているのではなく、ジュジュが城から抜け出したことを心配しているに違いない。
 ジュジュは自分の母親の心情を考えるといたたまれなくなってしまう。
 そこにマスカートがまた戻ってきた。
「ジュジュ、顔色が悪いが、大丈夫か。昨日から働きづめだから疲れてるんじゃないのか」
「えっ、いえ、そんなことないわ。大丈夫よ」
「それだったらいいけど」
 マスカートは首をかしげ、そして御者に話しかける。
「どうせ街へ戻っても、またマーカスを迎えにここまで戻ってくるんだろ。だったら、私も一緒に街にいっていいか?」
「ああ、構わんよ。なんか欲しいものでもあるのか?」
「別にそうではないのだが、ちょっとね」
 マスカートはドルーの事を気にかけていた。寄りを戻すつもりはないが、あの後どうなっているのか気掛かりだった。
「そうか、もし欲しいものがあれば、リストにして教えてくれ。こっちもあんた達のお蔭で商売が出来るというもんだ。何が欲しいと判っていたら、それを注文客に勧められるからな」
「僕のお蔭で、商売繁盛だね」
「ああ、カルマンは天才だよ」
 ジュジュには話がよくわからないで、きょとんとしてると、マスカートが説明した。
「カルマンはこの御者を屋敷への配達係として窓口を作らせ、お礼の品を配達する仕事を受け持ってもらってる。この森に迷い込んで助けて貰った人達はこの御者に荷物を運んでもらっている」
 要するに街でお礼品を受け取る代理係である。
 カルマンのアイデアのお蔭で、こうやって街からスムーズに品物が届くので、そこは有難い。しかし、商売化してしまった事は少し恥かしく、マスカートは事実だけ伝えると、また荷物を持ってそそくさと屋敷の中に入っていった。
「ところで、カルマン。例のものはあるか?」
「ああ、あれか。今すぐには用意できないな」
「また午後にマーカスを迎えに来るから、その時にはどうだ?」
「うん、それならなんとかなると思う。じゃあ用意しておくね」
 荷物を届けるだけがこの御者の仕事じゃなく、カルマンにも個人的に用事があるようだった。
 よくよく考えれば、リスクを犯してこの森の中に敢えて入り込むには、それなりの理由がなければ出来ないことだろう。
 ジュジュは聞かなかったフリをしていたが、カルマンはきっとこの森で取れたものを密売、または横流しでもするようにこの男に渡しているような気がした。それは何かわからないが、カルマンが明るくあっけらかんとしている事で大したことではないようにも思えた。
 積荷が全て降ろされ、そして負傷者達は馬車に乗り込んだ。マスカート、そしてムッカも一緒に便乗する。
 ジュジュに篤くお礼をいいながら、負傷者達は見えなくなるまで手を振って去っていった。
「さあて、掃除しなくっちゃ」
 ジュジュが気合を入れていると、カルマンが森の中へ一人で入っていった。
「どこ行くのカルマン?」
「森の巡回」
「えっ、一人で?」
「うん、バルジはマーカスが来てる時は屋敷を離れないんだ。一応この屋敷の部外者だし、リーフに何かあったら困るから待機してる。僕は他にやることないからね。掃除なんていやだし」
 最後にポロッと本音が出ていた。どうやらジュジュの仕事を手伝いたくないらしい。
 逃げた。
 カルマンらしいと、ジュジュは笑って見送った。
「私もさっさと済ませて、後はのんびりしなくっちゃ」
 ジュジュが屋敷に入っていく。その姿はセイボルがしっかり木の陰に隠れて見ていた。
 ジュジュの仕事が早く終わるのを願って──。
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