第三章


 すんなりと屋敷に住めるようになり、部屋も以前使用人が使っていたという部屋をそのまま宛がわれ、ジュジュのここでの暮らしが始まった。
 ジュジュの仕事は、炊事、洗濯、掃除と一般的な家の仕事に加え、庭の植物や家畜の世話、その他、雑用など、まさに使用人がするものだった。
 四人の男達の手が空いていれば、時々手伝いが入り、皆は全てをジュジュには押し付けたりはしていない。
 ジュジュがこの屋敷に来たお蔭で、それぞれ自分達が出来る範囲で分担しながら楽しく屋敷の事を賄っていた。
 四人の男達は、時折森へ行き、セイボルとオーガの様子を探る。
 リーフとセイボルが対立しているこの森の中では、それぞれお互いの領域があり、どちらもその領域を守ろうとしている。バランスが取れている時は荒波は立たないが、時々、街から人が入ってくる時にオーガは暴れだす。
 セイボルはもちろんだが、リーフも勝手に自分の屋敷周辺をうろつかれるのは腹立たしく、それを追い払うためにマスカート、ムッカ、カルマン、バルジを雇っている。
 彼らの表向きはこの森の勇者として、人々を守るヒーロー扱いだが、──実際何人もこの森に迷い込んでオーガに襲われそうになった輩を救ってきた──、男達四人は表面上そう振舞っているだけで、本心は全く違っていた。
 世間では唯一オーガに立ち向かえる勇敢な戦士として、街では有名になっている。街では様々な噂が飛び交い、勝手にいい様にイメージだけが膨らんでいく。
 時々そのギャップで男達は面映いが、慣れてしまうと悪い気もしないので、それにあやかっていた。
 この日も男達はジュジュに送り出されて、森の中をマスカートとムッカ、そしてカルマンとバルジの二手に分かれて巡回していた。
「なんかさ、ジュジュが送り出してくれると、元気がでるもんだな。『いってらっしゃい、気をつけてね』なんて笑顔で言われたら、私はジュジュのために頑張ろう、なんてつい思ってしまう」
「マスカート、それ、新婚の夫の心境じゃないんだから、やめろ」
「ムッカは何も感じないのか?」
「そりゃ、変化はもちろん感じるに決まってる。食事だって美味いし、家の中の仕事はジュジュが大体やってくれるから楽になったし、メリットは沢山ある」
「そういう部分じゃなくて、ジュジュに対してだ」
「そりゃ、ジュジュは女の子だし、かわいいし、よく気がつくし、いい子だ。だからと言って、一緒に住んでるんだ。変な目で見たら失礼だぜ。俺は、一緒に住むものとしてだな……」
「ムッカは意外と硬いんだな」
「そういうマスカートは、なんなんだよ。まだ昔の彼女が忘れられず、女は懲り懲りだって嫌気がさしてるくせに、ジュジュに興味を持ったという事か?」
「正直、自分でもこの感情はなんなのか分からない。ただジュジュが側にいると、癒されるんだ。過去の傷も含めて」
「でも、ジュジュには惚れるんじゃないぞ。ジュジュは過去に助けて貰った奴に拘っている。俺達はその助けた奴じゃないからな」
「おい、今『俺達』って言ったな。結局はムッカもジュジュに気があるけど、自分じゃ無理だって思ってるってことだな」
「おい、マスカートも本音でてるぞ、結局は惚れかかってるんじゃないか」
 それから二人はどちらも隠すことなく、ジュジュに対する気持ちを正直にぶつけ合った。どうする事もできないが、この時はジュジュが側に居て一緒に生活することだけで満足だった。
「このまま一緒に暮らしていたら、ジュジュはもしかしたら私達の誰かを好きになってくれるかもしれないぞ」
「マスカートはそうなるようにアタックするってことか? カルマンみたいに」
「馬鹿、カルマンと一緒にするな。あいつは、本当に何を考えているのか。怖いもの知らずというのか、ちょっと頭が足りないというのか、エキセントリックすぎる」
「だけど、あそこまで本能をさらけ出して、言いたい放題にあっけらかんとできるのも羨ましいぜ。俺はどうしてもブレーキがかかる」
「普通それが常識だ。カルマンは頭の部品が一個飛んでるくらい異常だ」
「確かにそうだ。ハハハハハ」
 二人が笑って油断している時、前方に人が現れ、すぐさま緊張が走った。特にマスカートは目の前に現れた人物に目を見開き固まっていた。

 男達を森に送り出した後、ジュジュは裏庭に出て、家畜の世話をしだした。ずっと空だった馬小屋には、リーフが戻ってきてから、馬が入っていた。
 教育係のカーラの授業の一環で教え込まれていたこともあり、ジュジュも乗馬は得意だった。もちろん馬の世話もなんら問題なくでき、馬と接する事は特に好きだった。
 モンモンシューもすでに馬と仲良くなり、馬と見詰め合って心を通わしている様子だった。
 艶のあるボディ、長いたてがみ、優しい目、立派な体格。それはとても美しい馬だった。
 ジュジュは干草を与えた後、優しく馬の体を撫ぜた。
「とても艶々で、青味を帯びて光ってるわ。いい馬ね」
 馬は鼻息を強く噴出し、まるで照れているようだった。
 不意に馬が顔を上げて前方を見つめたので、ジュジュも振り返る。少し離れた先にリーフが立っており、ジュジュは咄嗟に緊張してしまった。
 リーフは黙ってジュジュと馬を見ているだけで、何も言わず、踵を返して屋敷の中に入っていった。
 誰にも愛されて、チヤホヤされていたジュジュにとって、リーフのような存在は扱いにくかった。教育に厳しく、みんなから怖がられているカーラでも、ジュジュは恐れず慕うことができたのに、リーフの前では言葉を忘れたくらい何も話せなくなる。
 ジュジュがこの屋敷に来てから、リーフは益々心閉ざすように不機嫌になっていくように見える。これもセイボルとの確執を知られて、恥じを感じているのかもしれない。
 ジュジュはセイボルが悪い人ではないと思っている。この屋敷に住むものの中で唯一、セイボルに対して敵意を持ってない事がリーフには気に入らないのだろう。
 特にジュジュに対して何を言う訳でもないが、リーフは明らかにジュジュに対してどこか避けているように思えてならなかった。
 ジュジュは気にしないように、自分の仕事に励む。今は屋敷にリーフと二人だけになっているが、リーフは常に書斎に篭り、滅多に屋敷の中はうろつかないので、会うことはない。
 先ほど会ってしまったのは、すごい確率での遭遇だった。その後、リーフは書斎に閉じこもり、趣味の読書に没頭していた。
 なぜジュジュがそれを知ったかといえば、偶然、外から書斎の窓の前を通ってしまい、そこで本を片手に座っている姿をチラッと見てしまったからだった。
 何事もなくそっとその場から離れようとしたが、モンモンシューがその窓に近づいてしまったせいで、リーフに気付かれ、すぐさま椅子から立ち上がり、露骨にカーテンを閉められてしまった。
 ジュジュはもちろん、邪魔をしたことを申し訳なく思い、謝罪したかったが、そのチャンスすらなく、モンモンシューを呼び、ぎゅっと抱きしめてやるせない気持ちになった。
 カーテンが閉まった窓を悲しく見つめた後、すぐに屋敷の中に入る気持ちになれなくて、少し外をうろついた。一人では森の中に絶対に入るなとは言われているが、その周辺を散歩するくらいなら問題はないと思っていた。
 あのまま屋敷の中でリーフと顔を合わせないとしても、近くにリーフがいると、息をするのも苦しくなるようで、ジュジュは早く皆が帰って来るのを待っていた。
 少し落ち込んで、前屈みで歩くジュジュを励まそうとモンモンシューは力強くジュジュの周りを飛び回る。
「モンモンシュー、いいって。余計に歩きづらいわ」
 ジュジュは手で軽く払った。
 体が小さいせいで、やることがハエと同じ扱いだと思われたのがモンモンシューはショックだった。モンモンシューもうな垂れて元気をなくし、ジュジュの後ろについて飛んでいた。
 ジュジュとモンモンシューは前後に並んだ状態で同時に溜息を洩らしてしまった。
 その時木の陰から、クスクスと笑い声が漏れた。
 ジュジュもモンモンシューも一緒に声の方向を見た。
 そこには長い金髪を風になびかせて、にこやかに笑っている男が立っていた。
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