第四章 真相はいつも愛に包まれて


 森の中は穏やかに、鳥達が囀り、太陽の日差しを受けて木の葉の間から光が漏れていた。カルマンは伸びをしながら深呼吸する。一人気ままな時間が持てて楽しんでいた。
 カルマンには皆に内緒で作った隠れ小屋がある。隠れ小屋というくらい、ちょっとそれなりに細工して他の者には見つかりにくい工夫がされている。
 唯一ジュジュにはその存在を教えて、その小屋へ辿り着ける鍵となるアイテムも渡していたが、ジュジュはすでに忘れている様子だった。
 ジュジュが屋敷に住めるようになったので、そんな小屋など今は必要なくなったが、いつかはその小屋でジュジュと二人で過ごしたいとカルマンは願っていた。
 ジュジュならきっと気に入ってくれると独りよがりに思いこんでいる節があった。
 いつかはジュジュを招いて、そのうちに…… などと思いを馳せ、その準備に余念がない。カルマンは懲りずに飛んでもない事を頭の中で計画していた。
 その小屋に向かっている途中、突然繁みからガサガサという音が聞こえ身構えた。
「まさか、オーガ?」
 カルマンに緊張が走った。
「た、助けてくれ……」
 消え入りそうに耳元に届く助けを求める声。カルマンは繁みをかき分けて中を覗き込んだ。
「あら、ラジーじゃないの。何してるのこんなところで?」
 血を流して傷を負ってるのに、カルマンは心配も何もなかった。
「助けて…… く……れ」
 ラジーは目を潤わせ必死に助けを求めている。
 カルマンはそんな事どうでもよかった。
「あんたのお仲間は、傷の手当を受けて今朝街へ帰ったよ。ラジーの事怒ってたけど、ムッカが庇ってさ、許してやれって言ってたよ。よかったね」
「えっ?」
 カルマンはニコッと笑顔を見せ、そして去ろうとした。
「ちょ、ちょっと……」
「ん? 何?」
「何って、助けてくれないの」
「えっ、なんで僕が? だってラジーは僕の事馬鹿にしてたじゃない。そんなの許せると思う?」
「そ、それはそうだが、すまなかった。謝るよ。だから助けてくれ。昨日から何も食べてないんだ」
「そんなの僕知らないよ。あれだけムッカが注意したのに、聞かなかったあんたが悪い。それに、みんなを放っておいて、一人だけ逃げたんだろ。やっぱりあんたが悪い」
「咄嗟に逃げてしまったんだ。逃げた後戻れなくなって、森の中で迷って仕方なくここで一晩明かした。仲間には申し訳ないと思ってる。もちろんムッカや君にも」
「ふーん、大変だね。だけど僕に助けて欲しいなら、それなりの代償を払ってもらうことになるよ。それでもいいの?」
「いくらだ? お金は今持ち合わせてないが、後で持ってくる」
「そんなの信用ならないね」
「それじゃどうすればいい。このままでは私はここで動けないまま死んでしまいそうだ」
「だったら、僕のいう事なんでも聞いてくれる? ちょっとした仕事をして欲しいんだ」
「分かった」
 切羽詰ったラジーは即答で承諾した。
 カルマンは面白いことになりそうだとニヤッと不気味に微笑んでいた。
 繁みで動けなくなっているラジーを起こし、肩を貸して寄り添い自分の小屋に連れて行った。
 ラジーはカルマンの小屋を見て目を丸くした。その小屋への入り方にも驚き、中に入っても驚きは止まらず、段々と不安になってきた。
「なんなんだこの場所は、見かけもすごいけど、中もすごいし、一体ここで何をやってるんだ?」
 ラジーは乱暴に鹿の皮が敷かれた床に座らされた。
「ちょっとぉ、助けたのに文句言わないでくれるかな。僕の趣味の場所なの。とにかくその傷は僕が治してあげるから。それと、はいこれ、食べていいよ」
 非常食の干し肉と水を手渡され、ラジーはそれを見ると一目散にむさぼりついた。
「あんた医者ドクターなのか?」
 様々な薬草となりそうな植物やドライフラワーが天井からぶら下げられているのを見て、ラジーは訊いた。
 その他にも書籍、見かけない器具や鉱石、小動物の標本など、所狭しと置かれていた。目玉や何の臓器が分からないものも怪しげに瓶につめられている。
科学者ドクターの方だけどね。この森について色々研究してるの。ここは自然の宝庫だからね」
「なるほどそういう意味での宝ってことか」
 オーガに襲われてから、ラジーはこの森のお宝の事には興味をなくしていた。
 カルマンはラジーが受けた傷口を観察し、薬の調合を始めた。薬草を手にして、すりつぶしていく。
「あまり大した怪我じゃないね。こんなの、この薬草塗ったらすぐ治るよ。ついでに体の回復力を高める薬も飲めばあっという間に元気になるよ」
 乱暴に薬を傷口にすり込むと、ラジーはそれが沁みて顔を歪めていた。
「今日はここで充分休むといい。僕の他に誰も来ないからゆっくりできるよ」
「ありがとう。ところで、俺は御礼に何をすればいいんだ?」
「それは落ち着いてからでいいよ」
 カルマンの何かを企んだ笑みが顔に宿る。ラジーは何も気付かず、助けて貰ったことでの感謝の気持ちで一杯だった。
「後でムッカにも謝れるだろうか」
「案外と単純なんだね。そんな風に殊勝になったらつまらないな。もっと意地張りなよ」
「えっ?」
「ラジーは悪者になった方が似合うと思うな」
 ラジーはカルマンをじっと見つめた。
「あんた、相当おかしい人だろ」
「うん、よく言われる。でも気にしたことないんだ。だって僕は将来上に立つ人間だからね。一々気にしてたらやってられないからね」
 ラジーは困惑しながら、渡された薬を飲んで水で喉に流し込んでいた。

 ジュジュの仕事が一息つき、水の入った手桶を持って、モンモンシューと一緒に廊下を歩いていると、バルジが地下へいく扉を開けて中へ入っていこうとしていた。
 いつも鍵が掛かっているその扉が開いている。ジュジュは好奇心から、バルジを呼び止めた。
「なんだかとても忙しそうね、バルジ?」
「ああ」
「いつも鍵が閉まってるけど地下室には一体何があるの?」
「ワインが貯蔵されてる。リーフのコレクションなんだ。マーカスが飲みたいらしいから、取ってこいと命令された」
 普段リーフがお酒を飲んでる話は聞いた事がなかった。食事の時も、お茶は飲むが、ワイングラスを使ってるところは見た事がなかった。ジュジュがいつも食器洗いをするので、ワイングラスを洗った覚えがない。
「マーカスが酒飲みで、ここに来る時はそれも目当てでやってくる。リーフは集めるのが趣味で、こういう時くらいしか飲まないんだ」
「それじゃ、何か一緒に食べられるものも用意した方がいいかしら」
「ジュジュの手を煩わせなかったら」
「わかったわ。すぐに用意するわ」
 ジュジュはなんだか張り切ってしまう。リーフには料理がおいしいと褒められている。何かワインに合うおつまみを作れば喜んでもらえるかもしれない。そんな事を考えるだけでドキドキしてしまった。
 さっさと台所にいってしまうと、モンモンシューは置き去りにされて、行き場をなくしてしまった。
「チビ、一緒に地下に来るか。お前が来ても問題ないだろう」
 バルジに特別扱いをされて、モンモンシューは喜んでバルジの肩に止まった。
 モンモンシューが喋れないのをいい事に、バルジは色々話してしまう。
「いいか、この地下で見たものはジュジュには言うんじゃないぞ」
「クー?」
 埃と蜘蛛の巣にまみれた、薄暗い地下。
 気温も一気に下がり、肌寒い。
 樽が積み重なってずらっと並び、お酒らしいものが貯蔵されていた。
 モンモンシューは珍しい光景に好き勝手にその辺りを飛んでいた。
 その奥の一角で、ぎょろりと何かに睨まれた気がして、視線を向ければ「ピキー」っと悲鳴を上げて驚いた。
 全ての毛が逆立ち、恐怖に慄いたモンモンシューはバルジの背後に隠れた。
「これは飾りだ。恐れる事はない。ただの守り神だ、この屋敷の、そしてこの森の…… だが、ジュジュには内緒だぞ。こんなの見たらきっと怖がる。いや、それよりもこれの本当の目的がわかったら幻滅するかもしれない」
 蜘蛛の巣が掛かった部分を手で払いのけ、バルジはやるせなく語った。
 その後、目当ての酒を手にして、階段を上って行く。
「チビ、行くぞ」
 バルジに呼ばれ、じっと見つめて観察をしていたモンモンシューは慌てて飛び立った。
 再び地下室の扉が閉まると、また暗く閉ざされ、その部屋は忘れ去られてしまうかのようだった。
 その奥には守り神と呼ばれるものが、出してもらえる日が来るまで表情を変えずにじっとしていた。

 台所でキビキビと慌しくジュジュが動いていた。工夫を凝らして、手でつまみ易いスナックをお皿に盛り付けているところだった。そのお皿を見つめ、暫く考 え込む。そして閃いたように、また忙しく動き、色々といじくる。彩りのいい野菜や果物を添えて見栄えがよくなるように工夫していた。
 ちょうど食材が沢山運ばれてきた事もあり、いい感じに作れたとジュジュは満足していた。
 これなら気に入ってもらえるかもしれない。
 ふとそう思った時、自分で『誰に?』と自問してしまい、突然ハッとした。
 また気を取り直し、それをトレイにのせ書斎の前まで運んでいくと、バルジが後ろから慌てて走ってきた。
「私が運ぶ」
 ジュジュにとったら、少し自分をアピールしたい事もあった。正直、リーフがどんな顔して料理を見るのかも知りたかった。
 だが、書斎に入ってはいけないと最初に約束させられた事を思い出し、寂しく断念する。
「それじゃバルジお願いするわ」
 トレイを渡したその時、目の前のドアがいきなり開いた。
 ジュジュはドキッとして身構えれば、赤ら顔のマーカスが顔を出していた。
「おお、これはおいしそうじゃ。あんたが作ったのか?」
「はい」
「ほぉ、リーフ、この子は料理が美味いぞ。なかなかいい子じゃないか」
 開いたドアの奥にリーフの後ろ姿が一瞬チラッと見えたが、バルジがジュジュの前に立ちはだかって、それ以上中を見ることができなかった。
「ここは私に任せて、下がった方がいい。マーカスもすでに出来上がってる。絡まれたら大変だ。さあ、早く」
 バルジに言われると、ジュジュは仕方なくその場を後にした。
 中ではマーカスがうるさく何かを話してるが、ドアが閉まると、聞こえなくなった。
 ジュジュは一度振り返るも、自分は一体何を未練がましくドアを見つめているのか判らなくなり、さっさと去った。
 こうなると一人で居るのが急に寂しくなり、モンモンシューを探した。
 屋敷には居る様子がなかったので、裏庭に出ると、モンモンシューが誰かと戯れていた。
「セイボル!」
「だから、声がでかい」
 そんなに困っている様子もなくにこやかに笑っている。
 そして、まるで飛び込んで来いとでもいいたげにジュジュに両手を差し伸べた。
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