第四章


 キリリとした目許は優しくジュジュを見ている。そこには温かなものを感じ、ジュジュはその目が素敵だと思った。だがそれはリーフと同じ目でもあり、イコールで結べば、リーフの目もそうであるという図式が出来上がる。
 セイボルの容姿を褒めれば、リーフも当然そうなる。その反対も然り。
 二人と面と向かえば、どうしてもじっと見てしまう。なぜ二人の容姿に拘るのか、ジュジュは自分でも不思議だった。
「ジュジュ、おいで」
 セイボルに手を握られ、森の中へと引っ張られていった。モンモンシューももちろん後を着いて行った。
 いつも論理的に説明から入り、肝心なことをさっさと言わないセイボルが、大胆にジュジュの手を握っている。
 ジュジュはそれをすんなりと受け入れ、セイボルになんの疑問もなく委ねてついていく。
「どこへ行くの?」
「森の中の小さな部屋」
 背丈ほどのある葉っぱで覆われた繁みの前に来ると、セイボルは立ち止まった。そこで、パチンと指を鳴らせば、白いウサギがピョンピョンと跳ねてジュジュの足元にやってきた。
 そのウサギはすくっと立ち上がり、鼻をひくひくさせそしてジュジュに向かってお辞儀する。
「あら、なんてかわいいの」
 それだけで簡単に心奪われたが、目の前の茂った葉っぱが突然さわさわと動き出し、そして真ん中を軸にして左右二つに割れながらまっすぐ道を作っていく。そこをさっきのウサギが駆けていった。
 ジュジュはそれを目で追っていると、最後にその先が開けた。
「さあ、ジュジュ行こう」
 セイボルに手を取られて案内され、草の道を通っていく。最後に辿り着いたときジュジュは感嘆して声を上げた。
「すごいわ」
 急に広がった目の前の視界、そこは葉っぱの絨毯で覆われ、真ん中に大きなキノコのテーブルと切り株の椅子が二つ用意されていた。
 色とりどりの花が咲き乱れ、タンポポの綿毛がやさしく舞い、置物のように鹿がじっと立ってこっちを見ている。
 木の枝には小鳥が止まり、綺麗な声で軽やかに鳴いている。リスがチョコチョコと走り回り、木の実を運んでテーブルの上に置いた。
 まるでおとぎ話の中に入り込んだような、幻想の世界が広がっていた。
 『森の中の小さな部屋』
 先ほどのセイボルの言葉を思い出し、ジュジュは目をパチクリとして、セイボルを見つめた。
「気に入ってもらえただろうか」
「でも、なぜ? 私には魔術が使えないんじゃないの?」
「君には魔術は使えないけど、そこにある物を利用しての魔術は見せることができる。だから何もないところから魔術だけで幻想を作り上げると、ジュジュには見えないんだ」
「私が今見えてるものは、全てが元々この森にあるものってことなの?」
「そう、その通り。それらに魔術を使って形を変えたり、命令することができる。それらは意志をもってたり、生命がある。今は一時的にその力を借りてるのさ」
「わかったような、わからないような」
「とにかく魔術さ!」
 セイボルがまた指を鳴らす。今度は虫たちが鳴き出し、カエルが歌う。
 いつぞやのカラスもやってきて、セイボルの腕に止まった。
「この森の一番の友達だ」
 カラスは得意そうに「アー」と鳴いた。 
「このカラスが、セイボルに色々と手助けしてるのね」
「それは君の友達、モンモンシューと同じだろ」
 カラスは羽を広げ、飛び立ちぐるぐると頭上を旋回させた。何か異変がないように見張っている様子だった。
 モンモンシューも一緒になって空を飛んで行った。どちらも自分の仕事ぶりを見せ合いっこしてるみたいだった。
 ジュジュはクスッと笑うと、セイボルも「ほどほどにな」と茶化していた。
「セイボル、いつも楽しませてくれてありがとう。この森での生活がとっても楽しいわ」
「でもジュジュは、屋敷の連中と居る方がもっと楽しそうだ」
「そんな事ないわ。でも、みんなと一緒にセイボルもそこに居たらいいなって思う」
「それができないのはジュジュも知ってるだろう。あいつらは私に敵意を持ち、嫌ってる」
「それが不思議なの。セイボルはとても穏やかな人なのに、どうして皆、危険人物とみなしてるのかしら。全然そんなことないのに」
「仕方がない。あの屋敷にはリーフの存在があるからさ。みんなは雇い主のリーフの味方になるしかないのさ」
「それが理由なの? そんなのおかしいわ。セイボルは何もしてないのに、リーフと対立してるだけで悪者にならないといけないなんて」
「ジュジュはそんなリーフの事をどう思う?」
「どうって、それは、その、私にとっても雇い主ってことだわ」
「それってどういう意味? いやな奴と思っていても、悪く言えないってことかい?」
「リーフは嫌な人ではないわ。あの人も内面は優しい人よ」
「えっ?」
「リーフはわざとああいう態度をとっているとしか思えないの」
「まさか、ジュジュはリーフが……」
 セイボルの表情に陰りがみえ、目を泳がせていた。
 突然元気がなくなり、オロオロして踵を返して落ち着きなく歩き回る。
「セイボル?」
 そして急に動きを止め、真剣な眼差しでジュジュを見つめれば、目元がキリリときつくなり、それはリーフの表情に近づいた。
 ジュジュの腰に手を回し、セイボルは力任せに引き寄せた。
「ジュジュ、私がリーフのように振舞えば、どうする?」
「えっ?」
 常に恥かしがって、モジモジとするようなセイボルが、急に態度を変え、大胆になった。
 それがセイボルなのかリーフなのかジュジュには混乱を招く。
 セイボルは打って変わって、リーフになりきろうとしていた。
「ジュジュ、私はジュジュが好きでたまらない。会えば会うほど、ジュジュに夢中になってしまう。ジュジュを手に入れられるのなら、私は何だってする」
「セイボル……」
 大胆な告白に、いつものセイボルらしさが感じられなかった。それはリーフのようにも見えた。
 ジュジュはこんな時でも、セイボルとリーフがごっちゃになっている。
 こんな気持ちのままでいる時に、セイボルがキスをしようと迫ってきている。
 どうしてこんなにも二人を混同して、考え込んでいるのか、ジュジュはそれに気がついたとき、セイボルを押しのけた。
「ジュジュ」
「セイボル、ご、ごめんなさい。その、ち、違うの。私、その、今はうまく説明できない」
 ジュジュは焦ってしまい、走って逃げていく。
「ジュジュ!」
 セイボルは追いかけられなかった。これ以上の深追いはセイボルにはできない領域だった。リーフならきっと無理してでも追いかけ、そしてジュジュを捕まえて、むりやりにでもキスをするだろう。
 だが、自分はセイボルだ。リーフではない。
 モンモンシューが心配してセイボルに近づいた。そして強く主張する。
「プギャー、クゥー!」
「もしかしたら、お前の言いたいことわかったかもしれない」
 情けなく惨めになりながら、モンモンシューに微笑んだ。
「さあ、ジュジュの元に帰るんだ。また後でな」
 モンモンシューはセイボルを心配しつつ、そしてジュジュを追いかけた。
 先ほどまで、おとぎの世界だったこの空間は、ただの森の中に戻っていた。動物達もセイボルの事などどうでもいいかのように、それぞれ餌探しに忙しく動きだしていた。
 全てのものが自分を見捨てる。
 突然周りが色あせ、底抜けな寂しさの中にはまって、表に出て来れない気分だった。
 暫くその場に突っ立って、セイボルは大きな溜息を吐いていた。
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