第四章


 ジュジュに指差された場所をめがけて、マスカートとムッカが走った。すばしこい二人はすぐに前方を走っている髪の長い男を見つけた。
「待て! セイボル!」
 どちらも声を張り上げ追いかける。
 暗い森の中で全力で走るのは困難極まる。木をよけ、根っこや落ちてる枝を全て飛び越えるのはむずかしく、追いかけられて焦る気持ちがまともに走れなくさせた。
 案の定、足元が暗いせいで、すぐさま足を取られてころんでくれたから、マスカートとムッカには有難かった。
 ムッカがジャンプして上から押さえ込み、マスカートが剣を抜いて目の前に突き出すと、男は「ひぃぃぃぃ」と悲鳴を上げた。
「助けてくれ、ムッカ」
「えっ、お前誰だよ」
 ムッカが後頭部の髪を引っ張ると、それはスポッととれ、そこにはラジーの姿が現われた。
「おまえ、ラジーじゃないか。なんでウィッグなんか被ってるんだ」
「頼まれたんだよ、カルマンに」
「カルマン?」
 ムッカがマスカートと顔を合わせた。
「おい、どういうことだ、説明しろ」
 ラジーはカルマンによって助けられた事を説明する。
「それで、その代償として、このウィッグと服を着用して、屋敷の主をその場に引き止めるくらいの大騒動を起こしてくれって頼まれたんだ」
「なんでまた?」
「わからない。だけど屋敷の主を裏庭に呼び寄せるから、その時、とにかくナイフで軽く傷つけろって言われたんだ」
「馬鹿やろう! 何が軽く傷つけろだ。リーフは腹から血を流してるじゃないか」
「そうなんだよ。あんなになるなんて思わなかったんだ。勝手に手が動いて、気がついたらナイフで刺してたんだ。全く深く刺すつもりなんてなかったんだ。信じてくれ、ムッカ」
「くそ、カルマンの奴。こんな事して一体何を考えてるんだ。とにかく、マスカート、先に戻ってカルマンを問い詰めてくれ。こいつは俺に任せろ」
「わかった」
 マスカートは素早く屋敷に戻っていった。
「ラジー、お前大変なことをしてしまったぞ。もしもの事があったら、お前は殺人者だぞ」
 ラジーはそれを聞いて泣き崩れてしまった。
「俺、そんなつもりじゃ、そんなつもりじゃ」
「まあ、リーフはそんなに簡単に死なないから、安心しろ。ほら、立て、とにかく屋敷に行くぞ」
「ムッカ、本当にすまない」
「謝るのは俺にじゃなく、刺された方だ。それにお前はカルマンに利用されたんだ」
「あの、カルマンだけど、あいつはっきり言って気が狂ってるぜ」
「ああ、今に始まったことじゃない」
 二人は暗い森の中を気だるく歩いていった。 

「ジュジュ、そんなに心配するな。大丈夫だ」
 リーフは痛みを我慢した無理な笑顔をジュジュに向けた。ジュジュは泣きそうになるのを堪えてその笑顔に必死に応えようとする。
「これも罰があたったんだろう」
「リーフ、喋るんじゃない。傷口に障る」
 バルジが咄嗟に遮った。それでもリーフは喋ることをやめなかった。
「バルジ、私はどうしたらいい?」
 バルジは深くリーフを見つめる。
「どうもこうもない。自分でそれを決めるんだ。自分がどうしたいかだろ。今は出血を止めることが先決だ。動かず安静にしろ」
 リーフは静かに目を閉じた。
 テーブルの上に横たわり、何枚も布を重ねて、バルジが上から押さえ込む。
 時々呻き声を上げながらリーフは必死で耐えていた。
 そこへ、マスカートが戻ってきて、リーフの姿を見ると顔が自然と歪んで、自分の腹に手を当ててしまう。
「リーフは大丈夫なのか」
 ジュジュは涙がこぼれないように奥歯をかみ締めて頷いた。
「犯人は、ウィッグを被ったラジーだった」
「えっ、ウィッグ? ラジー?」
「ああ、セイボルのフリをして、リーフを襲うようにカルマンに頼まれたそうだ」
「なぜ、そんな事を?」
「わからない。とにかく、カルマンを探さなければ」
「カルマンなら私の書斎かもしれない」
 リーフが言うと、マスカートは即座に書斎に走っていった。
 だが、マスカートが書斎に着いた時には、部屋の中を荒らした痕だけが残りカルマンはすでに消えていた。マスカートは用心して書斎に入り、あたりを見回す。そこに隠し扉が開いたままになっているのを見て、中を覗いた。
「えっ、どうしてこれがここにあるんだ」
 マスカートもカルマンと同じように、あるものに反応していた。
 モンモンシューがマスカートの側に近寄り、カルマンが地下の扉から逃げたことを伝えると、マスカートはその扉を開けた。
「カルマン! 聞こえるか。一体何を企んでいるんだ。戻って来い」
 マスカートが叫んでも、冷たい風が吹き上がるだけで、返事はなかった。
 もう一度、そこにあったアレを見てから、マスカートはリーフの所へと戻った。
 すでにムッカとラジーが戻ってきており、ラジーが涙と鼻水を垂らしながらうるさいほどに謝罪している。
「その謝罪は傷口が治ってから聞かせてもらう。そんなにうるさくされては、傷が疼く」
 リーフは迷惑がっていた。
 まだ予断を許さないがバルジの適切な処置で、今のところリーフの容態は安定していた。このまま安静にしていれば、傷口もいつかは塞がりそうだった。
 場所も燃え盛る炎の暖炉の前に移動させられ、リーフはソファーの上で毛布に包まっていた。
 時々傷が痛むのか、顔を歪ませている。
 マスカートは痛みが緩和する薬草を煎じて、それを与えながら質問した。
「なあ、リーフ、カルマンは何が目的だったんだ。書斎には何があったというんだ」
 アレと隠し扉の事は敢えて言わなかった。
「それはカルマンから直接聞くことだ。それよりも今はどこにいるかだ」
「カルマンは自分の小屋を持っている。多分そこだと思う」
 ラジーが口をはさんだ。そこで怪我の手当てをしてもらったこと、その部屋には変なものが一杯あった事も話した。
 ジュジュはその話を聞いて、いつかカルマンから手渡された小屋を見つける鍵の事を思い出した。
「こう、暗くては見つかるものも見つからなさそうだ。明日案内してくれないか、ラジー」
 マスカートが言った。
「今度という今度は、冗談では済ませられないぜ。カルマンの奴、思い知らせてやる」
 ムッカは怒りを露にしていた。
 ジュジュは見つけたところで、カルマンが反省するとも思わないし、頭ごなしに怒るだけではカルマンは反発するだけで、何の解決にもならないと思っていた。
 みんながカルマンを見つける前に、ジュジュが先に見つけて説得させ、そして自ら謝罪させるように仕向けないと、カルマンは責められて折れる性格ではない。このままでは取り返しのつかないことになりそうでジュジュは不安になった。
 ソファーではマスカートの薬が効いて、リーフが寝息を立てて寝ている。
 過去に自分を助けてくれた人。今こそその恩を返す時だとジュジュは思う。思い焦がれてきた恋に執着するつもりは、この時すでになくなっていた。
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