第四章


 渦を巻いて荒れ狂う大量の葉っぱが、竜巻のように突然目の前に現れた。異常気象の嵐のような突風にカルマンは顔を腕で庇い、吹き飛ばされないように体に力を入れて身構えた。
 ジュジュは風の中で翻る旗のようになりながら、悲鳴を上げた。
 やがてその風が収まった時、舞っている葉の中央から背の高い男が現れた。
 男は、木の枝でぶら下がって揺れているジュジュの下に現われ、そしてサインのように形どった指を蔦に向ける。蔦はすぐさま緩みだし、ジュジュは悲鳴と共に落ちてきた。
 男は抜かりなく、ジュジュを受け止め、抱きかかえたままにこっと笑顔を向けた。
 その顔は、まるで何十年も年を取ったセイボルのように、目許がそっくりだった。
 ジュジュはそっと下ろされ、改めて目の前の人物をまじまじ見れば、セイボルに似ていると思ったが、それよりもあの暖炉の上に飾ってあった肖像画の方に似てると言った方がしっくり来た。
「あなたは一体……」
 ジュジュの言葉に、男は答える。
「私はリーフだ」
「えっ、あなたがリーフ。それじゃあのお屋敷の……」
「そうだ。私があの屋敷の本当の主だ」
 ジュジュは目をパチクリする。セイボルがなぜこの目の前にいる老人のフリをしていたのか余計にわからなくなってしまった。
 ジュジュの困惑する表情に、リーフはにこりと笑い、ウインクする。
「詳しい事は後で説明しよう」
 そしてカルマンに向き合い、厳しい目を向けた。
「カルマン、貴様は魔術界にとって危険人物と見なされた。よって、お前を抹殺する」
 カルマン自身も、ジュジュもその言葉の重みに衝撃を受けた。
「どうして、僕が危険人物なのさ。ただの好奇心の強い普通の少年なのに」
「お前は、禁断の呪文書を盗み出し、魔術を改造しようと試みた。それは魔術界を脅かす行為だ」
「そんなの、やっちゃいけないってルールはないし、僕の勉強熱心な研究に過ぎないじゃないか」
「それを己の欲のために使おうとする目的がある。魔術界では、自己欲で魔術を乱用することを禁じている」
「そんなの建前でしょ。誰しも自分のために使ってるって」
「黙れ。お前は今、誰と話しているのかわかっているのか。私は、この魔術界の賢者だ」
「うそっ、魔術界の賢者だって。すごーい」
「アホか、お前は。ここまで話のわからない奴だと思わなかった」
 先ほどまで緊張して聞いていたジュジュですら、カルマンの対応にずっこけそうになってしまった。
 自分の命が脅かされているにも係わらず、素直に目の前にいる魔術界の賢者に尊敬の念をもって見つめている。ジュジュもうなだれた。さっきまでの恐怖はなんだったのか、気が抜けて頭から何もかも記憶が吹っ飛びそうだった。
「僕、一度魔術界のトップと魔法で対決してみたかったんだ。僕のこの赤魔術。魔術界のトップとしてみてみたいと思わない?」
 突然カルマンの表情が邪悪に変わる。
 すぐさま、術を使って俊敏に飛び上がり、木の枝に飛び乗った。
 そしてリーフに向かって刺々しいくさび状のものを大量にぶちまけ攻撃した。
「そんな子供試しを使っても無駄だ」
 リーフはそれを一旦は跳ね除けたが、それらはしつこく、ハチの巣を突いたように再び戻ってきた。
 それでもリーフは慌てず、沢山の葉を宙に舞わせ、全てのくさびに当てさせた。くさびは葉に食い込み、それで勢いをなくして、全部が落ちてしまった。
 炎や水、派手な爆発、爆風もあり、それは凄まじい戦いが繰り広げられる。
 カルマンの動きも、リーフの動きも、大胆で激しく動いているが、しかしジュジュにはそれぞれ使ってる魔術の武器が見えなくて、二人が踊ってるようにしか思えない。
「あの人達、何をしてるんだろう」
 一人だけポツンと取り残されたような気持ちだった。
 こんな状態に巻き込まれている場合じゃない。ジュジュは我に返った。セイボルを助けないといけない。一目散に森の中を走った。
「ジュジュ、そっちに行ってはならない」
 リーフがジュジュに気を取られたその一瞬の隙に、カルマンは隠し持っていた液体の小瓶を取り出し、それを投げつけた。それはリーフの足元で割れ、中の液体が広がり、見る見るうちに足元が赤く染まっていく。
 地面はやがて液状になり、盛り上がってそれが手を形どり、がっしりとリーフの足を掴んだ。
 リーフが魔術でそれを払おうとしても、一向に効かなかった。
「それね、科学の力が混じってるんだ。科学反応で物体が別のものに作り変えられる。もがけばもがくほど、どんどん体は引っ張られて地面にめり込んでしまう。やがて全てが飲み込まれるから。あまり動かない方がいいよ」
「カルマン、玩具を使いやがって」
「賢者とて、動きを縛られたら、後は止めを簡単にさせるよね」
「それは邪道で卑怯ということだ」
「そうなんだ。僕はこういう手は嫌いなんだ。だから、自らの力で死の恐怖が与えられる魔術が使いたい」
「お前はどこまで腐ってるんだ」
「僕はもう誰にも馬鹿にされたくないんだ。一番上に立って人に命令する立場になるんだ。恐れられるほどにね。とにかくここで待ってて。先にジュジュを連れてくるから」
 カルマンが走り去ろうとしているとき、リーフは風を起こして木の葉を一枚カルマンの背中に貼り付けた。それはすぐさま落ちて燃える。その時出てきた炎に、カルマンの過去が映し出されていた。
 それを見て、カルマンの心の中のコンプレックスを解き明かした。
 カルマンは子供の頃から、周りに変わった奴と虐められていた。全てに対して「なぜ、なぜ?」と疑問ばかり投げ、両親でもそれが辟易するほどにあきれ返っていた。
 好奇心の強さと、勉強熱心さは褒められても、それがいつも度を越しすぎて、物を壊したり、人に怪我をさせたりとトラブルの元になってばかりだった。本当 は頭がいいのに、そのエキセントリックな行動で人から馬鹿にされ、カルマンの口減らずな態度に、そのうち誰も話しかけるものがいなくなり、カルマンは常に 無視をされていた。
 誰にも相手にされない、影では後ろ指を差され、何かをすれば嫌がられ、誰もがカルマンを蔑んで見ていた。それに嫌気がさしてヤケクソになっている時に、突然魔術の力が現われ、自分が選ばれたもののように感じ取った。
 そこから独学と努力で魔術を研究し、自分の独自のやり方で新しい魔術を作ることを思いついた。その研究をするには人が寄り付かない森が適していて、そこで偶然屋敷の仕事を見つけ今にいたるということだった。
 それらを全て知って、リーフは溜息をついた。
 足元がかなり地面に食い込んでいるのを見て、リーフはふと思う。
「手は自由ではあるな」
 そこで葉っぱと木の枝を風で舞い上がらせて、呪文を唱えると、大きなシャベルに変身した。それを使って自分の足元を掘っていく。
 カルマンがもし本気だったならば、容赦なくリーフの命を奪っていたに違いない。しかし、チャンスがあってもそこまで踏みこまなかった。ただ単に賢者に魔術を使いたかった。まるで持ってた玩具を大人に見せて、満足する子供のようだと思った。

 ジュジュはオーガを追いかけて、森を彷徨う。その時ふと既視感がよぎった。それは匂いと共に蘇る。
「この匂いは」
 甘く誘うような香り。いつかも同じように嗅いでそれに誘われた。それが何かと思い出した時、後ろからカルマンがやってきた。
「ジュジュ、勝手に行っちゃダメじゃないか。あれ、何この香り。すごくいい匂い」
 カルマンはすぐさま目をトロンとして、その方向へ歩いていった。
「カルマン、それは……」
 カルマンが小走りに向かい、ジュジュは思わず追いかける。
「あっ、キノコの椅子だ。すわり心地よさそう。なんだかあの椅子に座りたい」
 いつかみたことのある光景。あの時と同じようにそこにキノコがあるという事は、あそこに座ったら、人食い植物が出てくるということだった。カルマンはすっかり匂いに操られて、足がそこに向かっている。
「カルマンだめ、あれは腰掛毒キノコ。あれに座ると花粉が出て目が見えなくなる。それに人食い植物も地面に隠れてる。いっちゃだめ」
「え? どうして。あんなに僕の事呼んでるのに?」
「呼んでる? 何も呼んでないから」
 ジュジュははっとした。このキノコも魔術が使えるのかもしれない。そういう特別な力を持つ植物がいてもおかしくない。ジュジュにはその幻聴が聞こえないのが証拠だった。ただ匂いだけはキノコの特徴で、魔術とは関係ないのだろう。
「カルマンだめ!」
 カルマンはジュジュを押しのけ、ジュジュは草むらに倒れこんだ。
 カルマンはその隙にキノコに腰掛けてしまい、あの時と同じように当たり一面に粒子のような粉が舞い上がる。
「あっ、目が、目が」
 カルマンは目を抑え、咳き込みパニックに陥っていた。
「カルマン、早くこっちに戻ってきて!」
 ジュジュが声を掛けるのと同時に、地面からあの人食い植物が現われ、カルマンめがけてその牙を向けた。
「うわぁー」
 カルマンが食べられてしまう。ジュジュは危険を顧みず、まだ粒子が舞い散っている場所に入り込み、そしてカルマンを突き飛ばし、その反動でジュジュも一 緒に転がった。なんとか免れ、人食い植物は、勢いで地面にぶつかっていた。しかしすぐさま、また頭をもたげて、位置を確認して襲ってきた。
 ジュジュはその速さについていけず、動けなかった。
 これでお終いと絶望感に襲われ頭を抱えた時、急に人食い植物はゆらゆらと揺れるだけに留まっていた。
「ジュジュ、今のうちに早くこっちへ来るんだ」
 そこには足元を土だらけにしたリーフが居た。
 ジュジュはカルマンを支えて、リーフの元に向かった。
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