エピローグ


 セイボルは日に日に良くなっていく。それもそのはず、専属の天使の看護師がいつも側について世話をしていたからだった。
 セイボルはもうリーフのフリをせずに、セイボル本人として屋敷に戻ってきていた。まだ傷口が完全に塞がってないので、ジュジュが付き添いで看病する。その姿は見てられないほどに熱々で、だれが見ても目を覆いたくなるほど恥かしかった。
 ジュジュが王女様とばれても、男達はいつもと変わらない態度で接する。この屋敷ではジュジュの身分など関係なかった。
 みんなが楽しく暮らせる。それが一番大事だった。
「なんかさ、セイボルって結構子供っぽいよね。ジュジュの前で猫みたいになってる。リーフ役してた時は威厳に満ちて肩をいからして歩いてたのにさ」
「カルマンにだけは言われたくないだろうぜ。でも、それだけジュジュに甘えたいんだろう。羨ましいぜ」
「そうだよね。羨ましいよね。僕がジュジュと結婚する予定だったのに」
「まだ、そんな事言ってるのか?」
「やだ、ムッカ、ぶたないで」
「お前達、何やってるんだ。また森に向こう見ずな奴らが入って来たぞ。追い出し作戦だ」
 マスカートが号令をかけると、皆の顔が引き締まり、そしてバルジがオーガの衣装を身につけた。
「やっぱり似合ってるね、その衣装」
 カルマンが言うと、バルジは「ああ、自分でも誇りに思うよ」と答えて笑っていた。
 この時は、商売という気持ちは薄れ、森の危険から人々を守るという使命を抱いて行っていた。それでもカルマンは裏でこっそりと助けた人達にお礼を催促する。マスカートとムッカはそれに気付いていても、敢えて見てみぬフリをしていた。
 自分達は言えないが、やはりお礼があると助かる。カルマンがその役を担ってくれると、無邪気さが出て、人々は自然とお礼をしなければという気持ちになってしまう。もしかしたら、カルマンは魔術をつかっているのかもしれないが。
 その辺は臨機応変に、というよりカルマン任せにやっていた。
 また荷物を配達する御者もここへ来るのを楽しみにしている節もあり、業者が街で 『森の勇者たちに寄付をして支援しよう』と宣伝活動もしてくれているらしい。
「そういえば、この間、御者にこそこそと何を渡してたんだ? カルマン」
「あっ、あれ? 煙草だよ」
「煙草?」
「それを吸うと楽しくなって気持ちが良くなるの」
「お前、それは……」
「いいじゃない。皆気持ちよくなって幸せになれば。ムッカも試す?」
「あるのか?」
「おい、ムッカ、やめとけ。幸せは自分でみつけろ」
 マスカートは牽制するが、顔は笑っていた。男達は以前よりももっと絆が深まり、時々ジュジュとセイボルのラブラブに当てられながら、毎日を楽しく暮らしていた。
 モンモンシューは暫く小さい体のままでいた。何度かカルマンが元に戻そうと試みるが、偶然の副作用のために、はっきりした解毒剤が作れなかった。
 モンモンシューは特に困ったことにはならないので、この屋敷で暮らしていると、別に戻らなくてもいいように思う始末だった。
 みんながモンモンシューを可愛がり、モンモンシューもこの屋敷に住む者が大好きでたまらなかった。

 そして時は流れ、またジュジュの誕生日が近づいてきた。
 いつまでも楽しい日々を送りたいが、そろそろジュジュはお城に帰らなくてはならなくなった。これは避けて通れないジュジュの使命でもある。
 皆はその日が来るのを寂しく思い、セイボルも今の生活が変わることに不安と抵抗を感じていた。
 そんな時にカルマンの魔術が成功し、モンモンシューが元に戻ってしまい、その体の大きさから長らく森には住めなくなった。ジュジュはそれがサインと受け止め、お城に戻ることをとうとう決意する。
 次の誕生日パーティは国の存続のため、国民の穏やかな日常のためにも絶対に不参加は許されなかった。
 そして、いよいよというその旅立ちの日の朝。
 すっきりとした青空が広がり、風が気持ちよくそよいでいた。ジュジュはその空を眩しく見つめ、モンモンシューを撫ぜて心構えを確かめる。
 男達はその前に集まり、ぐっと腹に力を込めて見守っている。
「僕、お別れなんて辛いよ。チビ、行っちゃうの」
 自分より何倍も大きな体のモンモンシューにカルマンは抱きついて泣いていた。
「グォーン」
 モンモンシューはカルマンを何度も舐める。糸を引くほどにべとーっとしてカルマンの髪はべちょべちょに濡れていた
「ジュジュ、次会う時は、ユア ハイネスになるんだな」
「あら、私は私よ。だからいつだってジュジュよ。マスカート」
「ジュジュ、楽しかったぜ」
「私もよ、ムッカ」
「ジュジュの幸せいつも願ってるからね」
「ありがとう、カルマン」
「ジュジュ、気をつけて」
「バルジも、色々とありがとう」
 みんなとの別れ、また会える日があるけれど、家族として過ごした日々はこれで最後になる。ジュジュもその寂しさをぐっと飲み込み、笑顔で皆とお別れの挨拶を交わして、最後は力強く抱き合った。
 そしてジュジュはセイボルと向き合った。
 セイボルは離したくないほどに熱くジュジュを抱きしめる。
「ジュジュ、本当にまた会えるんだろうな」
「何を心配してるの。私が愛するのはセイボル、あなた一人よ」
 キラキラする緑の目。柔らかなピンクの頬。ぷっくりとした唇。全てが愛おしい。ジュジュの全てにセイボルは魔術にでもかかったようにうっとりとして心を奪われている。
「ジュジュ、私も愛している」
 二人がキスをしようとすると、後ろでわざとらしく空咳が飛び交った。
 セイボルは顔を歪めて、後ろを振り返り、威嚇していた。
 皆はそれを見てからかい、そして大いに笑う。
 モンモンシューはそこで気を利かし羽根を広げて、ジュジュとセイボルをみんなの前から隠した。モンモンシューの粋な計らいに二人は遠慮なく熱い口付けを交わしていた。
 ジュジュと別れるのは名残惜しいが、その時間が迫っているとモンモンシューは空に向かっておたけびをあげた。それが合図となりジュジュは覚悟してモンモンシューの背中に乗った。
 みんなに見送られ、ジュジュを乗せたモンモンシューは大きく羽根を広げ、そして力強く飛び上がり、素早く大空へ飛び立った。数回屋敷の頭上を旋回し、そしてとうとう旅立っていった。
 誰もが、見えなくなるまでその手を振っていた。
「あーあ、寂しくなるな」
 やるせなくマスカートが呟く。
「仕方ないさ。王女様だもん」
 ムッカも肩をすくめる。
「でも、僕、ジュジュとキスが出来てよかった」
「えっ、なんだってカルマン!?」
「お前いつの間にそんなことを」
 マスカートとムッカに責められているとき、横を通ったセイボルが、何気にカルマンの頭をばしっと叩いて過ぎ去った。
「いてっ」
「みんなが許しても、私はお前を一生許さん」
「あっ、セイボル、許して、ごめん」
 カルマンは何度もヘコヘコしていた。
 その姿をマスカートとムッカは笑ってみていた。
 バルジは、ジュジュが去っていった空を見上げて、眩しそうに目を細め、最後は口許をあげて微笑んでいた。
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