第一章
3
サトミは唯香の事を心配しつつ、空っぽな部屋で上手く行くように願っていた。
勢いで自分の中学の頃の話をしたが、あの話だけじゃなく、その後も、もっと辛い事があり、中学校を見るだけで虫唾がはしるくらい大嫌いなものになっていた。
サトミの中学時代は最悪だった。
中一で虐めにあって、ハルカに助けてもらった。
でもその後、ハルカと問題が生じてややこしくなった。
またそれがきっかけでサトミは孤立してしまった。
自業自得ではあるのだが、それを思い出すと、年をとってもモヤモヤする。
ハルカとは小学三年の時に初めて同じクラスになって、それ以来仲がいい友達だった。
あの頃はもう一人、和恵という子を交えて三人で交換日記をしたりしていた。
でも和恵はその後遠くへ行ってしまった。
クラスが変わる度に親しくなる人も移り変わり、同じクラスになればまたくっつく。
そういうのを繰り返していた。
中学時代は反抗期やら、思春期ど真ん中の難しい時期。
友達付き合いの微妙な空気を読みながら、自分を演じる年頃だ。
人に好かれたくて、また自分の好きな友達と一緒にいたい独占欲も強かったりして、気にいらない子が混じると意地悪したくなったり、顕著に女の子特有のひどさが現れる時でもあった。
サトミは自分で気が付かずに、気にいらない側になってしまった。
一人っ子のせいか、我がままで気難しいところがあるのは、自分でもわかっていた。
年を取ればそれも補えるくらい知恵がついて、うまくつきあえるようになったが、子供の頃は本能のままむき出して不器用だった。
懐かしい中学の制服を着た唯香を見ていると、昔の自分を思い出し、サトミはその勢いに乗るかのように、中学時代の頃を思い出せるだけ思い出していた。
自分が嫌われてると知ったあの日。
押さえていたものが一度に外れて、クラスのほとんどの女の子と一部の男の子から露骨に弾かれた。
放課後、話があると教室に残らされ、裁判を掛けられるように、沢山集まった人たちから、これ見よがしに、色々と気にいらない事をぶつけられた。
それは一度ならず、何度も繰り返されて、放課後裁判という名前までつくようになった。
仲がいいと思っていた友達さえ、あることない事嘘までついてサトミを陥れ、それが事態を最悪にしていった。
結局は虐められるように仕向けられたようなもんだった。
また放課後裁判をすると告知され、それが我慢できず、担任の先生に訳を話した。
その裁判中に偶然を装って先生は現れたけど、それは決してサトミの思うような助けにならなくて、益々悪化していった。
サトミはそれから完全に孤立し、一人で机についていたが、そこにハルカが現れ、それからずっと一緒にいてくれた。
最初は露骨にわざとらしく睨みつけていた女の子達も、時間が経てば飽きてくるのか、薄れるのか、不思議と虐めは収まりだした。
中学一年の終わり頃には、声を掛けてくる調子の良いものになっていった。
あれだけ嫌っといて虐めて、何を今さら。
そんな気持ちだったけど、サトミも賢くなっていた。
無難に臨機応変という対応で、忘れたふりを演じ、内心では『あんたなんか大嫌い。馬鹿野郎』なんて叫んでいた。
虐めで一番つらいのはピークのときだけ。
それさえ乗り越えれば、時間が経てばなんとか建物の陰に隠れて話題から逸れる事もできる。
そして学年が変わり離れたら、新しい環境が助けになるときもある。
サトミの場合、ハルカが寄り添って助けてくれたのも大きかったが、誰かが常に傍についていれば、虐められていても乗り越えられた。
それはまだ運が良かった方だと思う。
唯香も側にそういう人がいればとサトミは願ってやまなかった。
その晩、サトミはハルカの夢をみてしまった。
虐めにあったとき、寄り添って助けてくれた友達。
でも夢の中では、サトミはハルカにわざとらしく「ふんっ」と首を横に振り無視をしていた。
中学二年で、ハルカと違うクラスになり、ハルカは他の友達と仲良くしていたのがサトミには気にいらなかった。
要するに嫉妬だ。
自分が一番の友達じゃない劣等感を抱いて、それに苛立ってしまった。
なんでそんな風に思ってしまったのか。
自分だけのものと思っていたのに、そうじゃなかった失望感。
我の強い中学生の自分には耐えられなかった。
複雑な思いを抱き、ハルカに八つ当たってしまう馬鹿な行動。
中学三年に上がって、またハルカと同じクラスになれると知っていたらそんな事絶対にしなかった。
だから三年生になって、ハルカと顔を合わせた時、とても気まずくて仕方がなかった。
やっぱりハルカと仲良くしたい。
サトミは正直に自分の気持ちをハルカに伝え、そこで許してもらいまた仲良くなれたけど、ハルカも内心はわだかまりがあったのかもしれない。
夢の中では、サトミは久しぶりにハルカと話していた。
目が覚めた時、懐かしいと思う反面、苦々しくて、そんな夢をみたくなかったと思った。
無性にハルカの事を思い出し、今は自分と同じように年を取っている姿を想像してみた。
もしかしたら孫がいるのかもしれない。
サトミは二十代前半で結婚したが、子供が出来たのはかなり遅かった。
もし子供が早くできて、その子供の結婚も早かったら、唯香の年頃の孫が居ても全然おかしくない年だった。
寝袋から出てぶるっと身を震わせ、サトミは枕元に置いていた時計を見た。
早朝と呼ぶにもまだ早すぎる時間。
すっかり目が冴えたサトミはインターネットの電源を入れた。
夜が明けるまでの時間つぶし。
今日一日何をしよう。
買い物にでも出かけるつもりで、サトミは色々と店の情報を探していた。