第三章
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腕時計を見ればまだ4時前で、太陽は傾きかけてるが十分明るい。
家に帰ったところで誰も待っている人もなく、空っぽの空間で特別何もすることがないので、サトミは気ままにぶらぶらと散歩することにした。
気温も暑くもなく、寒くもない。体を動かすにはちょうど良く、歩いていると冷えた風が頬に当たって心地よかった。
サトミとすれ違いに、この町の観光を終えた人たちが歩いていく。
そこに外国人も紛れていた。
みんなは帰って行くが、サトミは今から観光名所のお寺へと向かって歩いていた。
そろそろ閉館の準備に入ってるだろうが、その周辺を歩くだけでも情緒があるところだった。
田畑が減って全体的に町の雰囲気は変わってきたとはいえ、この辺りだけは昔の面影を残し、屋根瓦や古い家並みが懐かしい。
昔ながらの狭い道を通り、桜の木が目に入ると、蕾をつけたその姿に春の兆しを感じた。
もうすぐ桜の花が咲く。
ここを去るまでに満開になるだろうか。
サトミは満開に咲いた桜を見てから、この町を去りたいと願う。
でも、スケジュール的に微妙なタイミングだった。
「まあ、なるようになるしかないか」
独り言を呟き、春の柔らかな空気を吸いこんだ。
所々で春を感じさせるものが目に入るとサトミは安らぎを覚える。
この時期に帰って来たのも、サトミの一番好きな季節だからだった。
子供の頃に過ごした春といえば、田んぼのあぜ道につくしがニョキニョキ出てくるので、かごをもってそれを取りに行くのが好きだった。
美味しいという食べ物でもないけど、かごいっぱいに沢山取れるのが嬉しくて、一人でよく取っていた。
その後はテーブルの上で広げた新聞紙の上に、バサッと置いて、それを一つ一つ手にして、母と一緒につくしの袴を取っていった。
面倒くさかったけど、病み付きになって作業していた。
それだけ手を掛けてどんな料理を作るのかと言えば、いつも簡単な卵とじだった。
何の工夫もないシンプルな料理だったが、自分で採ったからそれが美味しく感じていた。
たまに苦みを感じても、無理して食べていたこともあった。
サトミが大きくなるにつれて、つくしが採れる場所が減って行き、そのうち近所で目にすることもなくなった。
つくしを最後に食べたのはいつだったのか。
思い出そうとして歩いていた時、前方から歩いてくる二人の女の子に「あっ!」と叫ばれた。
サトミが何事かと視線を向ければ、同じように「あっ!」と叫び返していた。
「昨日の……」
サトミがいうと、二人はバツが悪く、怖々とサトミを見ていた。
ナズナと綾だった。
気まずい空気をサトミは感じながらも、気になっていたので遠慮なく唯香の事を尋ねてみた。
「あれから、どうなったの。唯香ちゃん、どうしてる?」
ナズナと綾は顔を見合わせ、言っていいものか思案していたが、そのうちナズナが口を開いた。
「今、先生に注意を受けて、居残りしてます」
「えっ? 唯香ちゃんが? なんで?」
サトミは詳しい事が知りたいと、二人に近寄った。
ナズナも綾も負い目を感じているのか、辛そうにして訥々と話し出した。
サトミは、親身になって二人の話に耳を傾けていた。