第三章


「ちょっと待って、それって一方的じゃない。それで美代ちゃんはどうしたの?」
 ナズナと綾から事情を聞いたサトミは、あまりにの理不尽な話に納得いかないでいた。
「美代ちゃんは、上手い具合に唯香ちゃんに罪をなすりつけて、先に帰りました」
 ナズナが言った。
「美代ちゃん、生活態度が普段からあまり良くないので内申書に響くのが嫌で逃げたんだと思います。戸賀崎先生は特に厳しいから」
 綾が付け足した。
「それであなた達も、唯香ちゃんを置いて帰ってきちゃったの?」
 忸怩たる思いながら、正直にナズナも綾も首を縦に一回振った。
 それを見てサトミが溜息を吐いて呆れた。
「何をどう説明していいかわからなかったんです」
 自分にもどうしようもなかったとナズナは正当化したいが、サトミに責められてるのが辛くて下をむいてしまう。
「でも、あなたたちは一部始終を知ってる訳よね。だったら、全てを正直に話すべきでしょう。唯香ちゃんこそ被害者じゃないの?」
 サトミは責めたわけではなかったが、いつのまにかナズナは目に涙を溜めていた。
 綾も、おろおろと戸惑っていた。
「何かあなたにとっても都合の悪い事があるのね。だから本当の事がいえなかったんじゃないの?」
 図星だったのでナズナは泣き出してしまった。
「ほらほら、泣くんだったら正直に言った方がいいわ。先生に本当の事話しに行こう。おばちゃんも昨日のことがあるから、目撃者として一緒に行って説明するわ」
 ナズナと綾に優しく触れ、サトミは中学行へと足を向けた。
 かつて通っていた自分の学校。
 大嫌いだった場所。
 坂の上の先にそれが建っている。
 でも今は、またそこを訪れられる事がなんだかドキドキして楽しんでいる。
 何十年ぶりだろう。
 サトミは二人の後ろを歩きながら、自分の中学生の頃を思い出していた。

 地元の者が集まる中学は、玉石混交のように、優秀な生徒から不良など様々に集まっていたように思う。
 サトミが中学生だった頃は校内暴力という言葉が流行っていた時期だった。
 今は短いスカートの方が好まれるのに、あの頃は地面すれすれの長いスカートを穿くことが粋がっている──当時の言葉では『つっぱり』──証しだった。
 サトミは今でいうオタクの部類で、あか抜けもせず、ただ流れに任せて中学生活をすごしていただけだった。
 正直、一生懸命勉強なんてした事がなかった。
 テスト直前頃までは──
 いわゆる徹夜が主だから、いい成績など取るのは稀だった。
 成績は常に普通で満足し、運動はからっきしできない、中学では取り柄のない生徒だった。
 虐められたことで、自分は何やってもダメな人間と知らずと心のどこかに根付いていたと思う。
 まだ図太い部分が残っていたから、徹底的に潰されることはなく、意地でも毎日学校には通っていた。
 でも確実に好かれてない何かは常に紙一重にあるような生徒だった。
 運よく高校に受かって、地元以外の人たちと付き合うようになったり、環境が変わると、多少の変化が訪れ、さらに短大に入れば、県外へと活動が広がって、どんどん自分の世界が膨れていったように思う。
 少しの勇気で違う世界に飛び込むことは、後の自分の人生を大きく変えるきっかけとなる。
 前を歩いているナズナと綾の後姿を見ながら、彼女たちの将来の可能性を考えていた。
 まだまだ不安定で、周りにびくびくして一人になる事を恐れているような子供。
 自分の力で一歩踏み込むことができないだけだ。
「ねぇ、ナズナちゃん、綾ちゃん」
 サトミが声を掛けると二人は振り返った。
「あのね、おばちゃんの中学生の時の話だけど、聞いてくれる?」
 二人は素直に首を縦に振った。
 サトミは微笑んで、楽しく語りだした。
「中学二年生の時、クラスにAさんとBさんがいて、この二人はとても仲がよかったの。でもBさんは学校を休みがちで、Aさんはクラスで一人になる事が多 かった。そういう時、Aさんはおばちゃんの所にきたの。おばちゃんは何も気にしないで、自分の側に来るたびに仲良くして、手紙を交換したり、一緒に帰った りしたの。で もBさんが学校に来ると、Aさんはおばちゃんから離れてしまう。Aさんはそれを気にして、いつも手紙をくれたの」
 サトミはその手紙の内容を続けて言った。
「『いつも都合よく利用してごめん。でもサトミちゃんのこと大好きで、とても感謝してる。ずっとこのまま友達でいたい。だからおばあちゃんになっても友達でいてね』って書いてあった」
 ナズナと綾は興味深く聞いていた。
「おばちゃん、すごく嬉しかった。だから、Bさんが学校に来て、仕方なくAさんと離れてしまっても、心は通じてるって思って、また一緒に遊べることを楽し みにしてたの。Aさんとはかけがえのない友達って信じてた。でも次、中学三年生になってクラスが離れると、Aさん、そこで別の仲のいい友達ができたみたい で、 クラスの違うおばちゃんとは完全に離れちゃった。しかも、廊下で会っても口もきかなくなって、目も合わさなくなった。おばちゃん、笑ったわ。何が『おばあ ちゃんになっても友達でいてね』だ! って」
 ナズナと綾は、ぽかんとしていた。
 そんな落ちだとは思わず、何を思っていいのかわからないでいた。
「中学の時の友達って、いい加減なものなのよ。その時はしがみついてしまうかもしれない。だけどクラスが違えば、また赤の他人。ずっと仲良くできる友達なんてほんと稀だと思う。あなたたちはどうかは知らないけど、いい友達であって欲しいとおばちゃんは願うわ」
 ナズナと綾はお互い顔を見合わせ、目を泳がせた。
「だから、誰と仲良くしたいか、しっかりと見なさいね。付き合いも色々あるから、問題も生じてしまうけど、でも自分を信じて突き進めばいいだけだからね」
 サトミはお説教じみた事をしてしまったが、ナズナと綾に自分の話を聞いてもらいたかった。
 おばあちゃんになっても仲良くできる友達。
 自分にいない事が本当は寂しい。
 この街には自分の友達は誰もいない。
 顔を合わせば、久しぶりと声を掛けあえるだろうが、土地を離れたらすっかり疎遠になって、ずっと友達でいる事も難しい。
 そんな事言ったところで、現役の中学生にはまだピンとこないだろうが、少なくともナズナと綾はサトミの話を聞いてから、時々お互いを見つめて、ぎこちなくなっていた。
 でも二人はまだ子供だ。
 多感な思春期を共有できる思い出を作るだけでも大切。
 この問題が解決した時、二人は必ず成長しているとサトミは思っていた。
 ナズナも綾も、サトミの目から見ればかわいく思えて、思わず二人の間に入って自分に引き寄せるように肩を抱きしめた。
 突然のサトミの行動に、二人はびっくりするも、それが嫌じゃなくて照れたように笑っていた。
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