第六章


 まださほど混んでいない日曜の昼下がりのファミレス。
 テーブルを挟んで美代はサトミを見ていた。
 サトミはメニューを食い入るように見て、思いっきり迷っていた。
 良く知らない人だけども、サトミを見ていて飽きなくて、美代は無意識に観察していた。
「さっきから何じろじろみてるのよ。もう決めたの?」
「えっ、まだ」
「さっさと決めなさい。おばちゃんを困らせて仕返ししたいのなら、高いのにしなさいよ」
「遠慮なんかしねーよ」
「それでよし」
 まだ素直になれない美代だが、少しずつ心が開いて来ている手ごたえをサトミは感じていた。
 お互い食べたい物が決まり、注文をすませたあと、サトミはグラスの水を飲んで息をついた。
「日曜日だけど、なんで一人で古本屋にいたの?」
「いちゃ悪いか」
「よほど本好きなのかなって思ってね」
「別にそこまで本好きってことじゃないけど、ただ時間潰してた」
「誰かと待ち合わせなの?」
「違う、家にいたくなかっただけ。双子の弟がいて、お守りさせられるのがいやだっただけ」
「あら、双子ちゃんなの。そしたら、美代ちゃんのお母さんは双子の家系ね、美代ちゃんも将来双子を産むかもよ。それって女の方に遺伝するらしいから」
「ありえねぇよ。腹違いの弟だから」
「ということは、継母なんだ。なんか虐められてたりするの」
「虐められてないけどさ、そういう事普通ずけずけと訊く?」
「だって、家に帰りたくないって言ってるしさ、やっぱり気を遣うんでしょ」
 美代は話したくないのか、俯いて黙りこんだ。
 家庭環境の複雑さが垣間見える。
「そっか、色々とあるんだろうね。ごめんね、ずけずけとプライベートな事に踏み込んで」
「そういうのあまり話した事ないから。っていうか、そういう話は避けられるというのか、気を遣われて誰も聞いてこないしさ」
「やっぱりそういうのって、色んな事情あるからね。おばちゃん、ただの好奇心だから、無神経になんでも訊いちゃうの」
「なんだよそれ」
「ほら、見知らぬ人になら不躾に聞いたり、反対に話せるって事ない? どうせこの人と二度と会わないんだったら、普段言えない事を話してもいいかなってそんな気にならない?」
「えっ?」
「おばちゃん、訊いたあげるよ。それに誰にも言わないしね。もうすぐ、ちょうど春分の日には日本発つし、そして日本には帰ってこないから」
 美代はびっくりして、顔をあげた。
 その時、頼んでいた飲み物が先にテーブルに届けられた。
 ウエイトレスが去った後、サトミはストローを手にしてグラスに差し込んで口にすると、すーっと喉に流し込んだ。
「おばさん、もしかしてアメリカに行くの? 日本語教師で?」
「日本語教師はもうしてない。住んでる所がそこなのよ。夫も息子もアメリカンよ」
「おばさんも、継母?」
「違うわよ。ただの国際結婚。息子はアメリカ国籍だからね。私だけ日本人。こっちに用はないから、そろそろ市民権取ってアメリカ人になろうって思ってるの」
「アメリカ人になるの?」
「あっちに永住するなら、その方が何かと便利だからね。だから、こっちに帰ってこないから、もう二度と会う事ないと思うし、今のうちに何でも話して」
 美代は唖然としてサトミを見つめていた。
「おばさん、一体何者?」
「普通じゃないかもしれない、ババアです」
 サトミは鞄を膝に置いてごそごそと中から写真を取り出した。
「美代ちゃんには特別に見せてあげる。私の夫と息子」
 それは写真屋さんで撮ってもらった、わざとらしい構図の家族写真だった。
 畏まった不自然な表情ながら、それは羨ましいほど美代には輝いて見えた。
「嘘、旦那さん、金髪にブルーの目じゃん。息子はかわいいハーフだし、おばさん、なんか若い」
「それ昔にとったんだけど、ずっと持ち歩いているの。息子はすでに大人よ」
「なんかすごい幸せそう……」
 美代はそっと写真を返した。
「ありがとう」
 美代から受け取った写真をまた鞄に直し、サトミはサラダを食べだした。
 美代のサトミを見る目つきが変わった。
 何かを話したそうにいて、それでもどう話をしていいのかわからない困惑した顔をして、サトミをみていた。
 そうしているうちに、メインディッシュが運ばれてきた。
 食欲をそそるように、鉄板の上のハンバーグがジュージューと音を立て、湯気が慌ただしく出ている。
「さあ、熱いうちに食べよう。いただきまーす」
 サトミの声に誘導されるように、美代も「いただきます」と小さく呟いて、ナイフとフォークを手に取った。
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