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夕方にはまだ早い時間。都会のビルに囲まれた一種のジャングルといってもいいくらいの殺伐とした街の中。
私は手にハンカチを持ち、時折額の汗をぬぐっては行くべき方向に迷いながら彷徨っていた。
更に汗は体全体から吹き出て、肩まである毛が首にへばりつく。
鬱陶しいとばかりに手で払いのけても、またすぐに引き寄せられるようにくっ付いてくる。
嫌な気分と共にため息を一つつき、立ち止まった。
辺りは灰色のコンクリートだらけの世界。そこに自然を持ち込みたいがために、即席に緑色をとってつけた
ような街路樹の木々が規則正しく道路に沿って植えられている。そしてせわしく鳴くセミの声。
空が狭まるほどに高くそびえたビルは圧迫を与え、常に交通量が多い道路からは濁った空気が漂い、不快なほどのジメッとした暑さも加わると私は閉塞感で一
杯になっ
ていった。
後ろを振り返れば、この暑さで頭をやられて誰かが騒いでいるのか大声を出して騒然としている。
それを見ようと辺りはすぐに人でごった返していった。そん
なことも気にとめずに私はフラフラと気の赴くまま歩く。
私はどこへ行くつもりだったのだろう。
暑さのせいか、体はだるく思考回路も鈍くなる。さっきまでは行くべきところを覚えていたのに、そして思いつめてじっとそのことを考えていたつもりだっ
た。それとも結局はいい加減に考えて、今さらになって投げやりになってしまったのだろうか。
酷く深刻に悩んでいたと思うのだが……
顔を上げ、ビルに狭まった空を見上げると夏の日差しの強さが目に飛び込む。眩しい。
空は青いのに、熱気がこもって陽炎のように揺らいで熱く見える。白いむくむくとした大きな雲は湯気なのかもしれないと思った。
そんな空を見てふと遠い昔のことを思い出した。
「ねぇ、千里、あの空の向こうまで行けたらいいと思わないか」
小学二年生の時、一樹君が学校の運動場の端にあったジャングルジムの一番てっぺんに登って私に声を掛けた。
「僕、宇宙飛行士になりたいな」
「一樹君ならなれるよ。頭もいいし、運動も一杯できるし、そしてなによりハンサムだもん」
私は一樹君が大好きだった。一樹君は照れて笑っていたが、とても嬉しかったのか私に思いっきり笑顔を見せて言い切った。
「僕、絶対宇宙飛行士になる。そして宇宙から千里に手を振るよ」
「うん、私も楽しみにしてる」
一樹君の夢叶って欲しいってあの時私はお祈りした。そして私もジャングルジムに登って一樹君の側まで行くと暫く広がる大きな空を一緒に見つめていた。
あの空の向こうに一樹君の夢が一杯詰まってる。そしてその夢は空の大きさと同じくらい大きくて無限。ただそう信じていた。
空は大きいはずなのに、この都会じゃ建物に囲まれすぎて小さな窓から覗くような大きさしか見えない。あの時、一樹君と見た空と全く別のものに見えた。
空ってリミットなんてないはずなのに、ここではこれだけしかないんですよと言われているように思えた。
見えることしか頭に入ってこないから、全てのものの範囲は見たままに決め付けられる。もっともっと色んな可能性があってもいいはずなのに、ほとんどの人
はそれ以上
のことを考えなくなってしまった。
私もいつしか、自分を型にはめ込んでこれ以上は無理って決め付けているように思う。本当はあの時一樹君と一緒に見た空のように無限に広がる大きな世界と
判っているはずなのに。