懸賞  Sweetstakes

第二章

4 

「お腹すいた」
 ぼそりと呟きながら、昼休みまであと少しとばかり私はヘロヘロでデスクについていた。頭が働かない。集中力も当然湧いてこない。お腹のグーっという音 が、時折地響きのごとく体全体 を揺らしている。誰かに聞かれていたら恥ずかしい。お腹を抱えて少し体を縮めてしまった。

 その時、後ろから肩をポンと叩かれた。縮まったものが予期せぬ衝撃で伸びきってしまい、慌てて立ち上がってしまった。
「はっ、はい」とあたふたして振り返る。そこに立っていた人をみてさらに硬直した。
「なんか驚かしてしまったみたいだね。昨日のお礼をと思ってちょっと声をかけたんだけど」
 まぶしい光を受けたようにそこには会社一ハンサムの君が輝いていた。呆然としていると、また腹の底から地響きが轟いた。
「グー」
 真っ赤になる私の顔を見るなり、彼はきらりと光る白い歯を見せて笑っていた。何も言えないでモジモジしている私に、前日の仕事を手伝ったお礼だと、背広 のポケットから板チョコを2枚取り出して、私に差し出した。恐る恐るそれを手にすると、彼は「またね」と爽やかに去っていった。
 我に返って慌てて「あ、ありがとうございます」と言ったが、彼は既に姿を消していた。

 貰ったチョコレートをジーっと見つめる。暖かい日差しに触れた気分で気持ちがいい。それなのにお腹は容赦なく「グー」っとまた恥ずかしい音を添えてくれ た。気分ぶち壊し──。
「でもついてきたのかな」
 これもブラッキーの力かもとブラッキーの顔を思い出したとたん、「葉書き、忘れたらあかんで」と怒鳴られたような気がした。
「はいはい」思わず口から出てしまった。

 

 帰宅時、いつものようにコンビニに寄り、夕食を選んでいたが、ふとブラッキーの食事をどうするかと素朴な疑問に頭を抱えた。これから食料費がかさ張ると 思うと、つい安い猫の缶詰を選んでいた。
 アパートの前まで来ると、赤々と自分の部屋に光が点っていた。普段なら真っ黒な寒い部屋に一人で帰る。誰かが家で待っていてくれている。例えそれが猫だ としても、なんだか嬉しいもんだ。ただの猫じゃないが。
 少し笑いをもらした顔でドアノブに手をかけた。そしてドアを開けて笑顔がすっと消えていった。
「よっ、平恵、お帰り」
 何事もないような声で出迎えるブラッキーに私は思わず怒鳴ってしまった。
「ブラッキー、これは一体どうなってるのよ!なんなのよ、この汚さは!」
 そこは辺り一面に新聞紙が散らばっていた。まるでねずみの巣になっていた。
「何って、これもあんたのためやで」
 悪そびれた表情も見せずしゃーしゃーとブラッキーは言った。

 仕事で疲れているところに、足の踏み場もないくらいの散らかりよう。片っ端から拾ってもすぐには片付かないのが目に見えるだけに、余計に腹が立って、ま たブラッキーの首を絞める羽目になってしまった。
「平恵、落ち着け。くっ、苦しい」
 どさっといつものように粗末に落としてやった。
「何をそんなにカリカリしとんねん。これも懸賞のためやんか。そりゃ部屋を汚したのは悪かったわ。でも情報集めやなしゃーないやんけ」
 毛づくろいを必死にして誤魔化していた。
「はー」ため息混じりにベッドに腰掛けた。
「ええか、平恵。懸賞生活にはある程度の犠牲もあるねんで。当たったらこんなことも気にならへんって。もう短気やねんから。それはそうと、腹減った。冷蔵 庫の中なんも食べるもんないやんか。お陰で腹と背中がくっつきそうや」
 でっぷりとしたブラッキー腹に目をやると、益々呆れてきた。ある程度さっさと新聞を片付けて、ブラッキーの前に餌を差し出してやった。
「ちょっと、これ猫の缶詰やんか。こんなん食われへんわ」
「あんた猫でしょうが、これで充分!」
 ブラッキーはかなりお腹が空いていたのか、言われるままに食べていた。
「ほんまや、おいしいわ。やっぱり俺は猫か」
 何を馬鹿なことを言ってるんだと、コンビニで買ってきた弁当を食べながらちらりとブラッキーを見た。背中を丸めて食べている姿が普通の猫と同じでかわい く見えた。
「ほんと猫だね…… でも変な」
 私の言葉に耳を傾けることもなく、ブラッキーは一心不乱で食べていた。洗いたてのぴかぴかの皿になるまで舐めまくったあと、様子を伺うように、私に話し かけてきた。
「なあ、平恵、勝手に散らかして悪かったわ。そんな怒らんでもええやん。ところでチョコレートは?」
 すっかりブラッキーの好物のことを忘れていたが、そう言えばこの日ハンサムの君からチョコレート貰ったことを思い出しそれを取り出した。
「なんや、これ安物やん。もっと美味しいチョコ食べたいのに」
「ちょっと、それは失礼よ。それにこのチョコはあんたにあげません」
「ケチ! あっ、でもちょっとそれ見せてんか」
「その手にはのりません。そうやって奪って食べるつもりでしょ」
「違うって、ほらそのチョコの裏見てみ。そこ応募券ついてるやん」
 ブラッキーの言うとおりにチョコの裏側を見ると、懸賞情報が載っていた。応募券二枚をハガキに張って送るとチョコグッズが当たるとあった。
「締め切りいつになってる?」
「第一回と第二回の締め切りに分かれてる。第一回はちょうど明日の消印有効になってる」
「そっか明日の消印有効か…… 平恵、早速懸賞応募のチャンスや。今から葉書書くで」
「もう今日は疲れたから、明日からしようよ」
「馬鹿もん、何言うてんねん。あんなー、応募締め切りが複数に分かれてるときは、第一回の締め切りまでに出すのが確立高なんねん」
「えっ? どうして?」
「懸賞情報がまだ浸透してなかったら、出す人も少ないってことや。第二回の締め切りになったらそれだけ情報も出回ってる。応募者が多なるんや。確立考えた ら少ない応募者の方が当たり易いってことになんねん」
「でも明日の消印有効でギリギリに出しても間に合うもの?」
「しゃーないな、懸賞の基本、何にも知らんな。ええか、締め切りには必着と消印有効があるねん。必着はその締め切り日までに届かなあかんけど、消印有効 は、その締め切りの日付の消印が葉書に押されてたら多少遅れて届いても当選資格はあんねん。ほんでな、実はこれ丸秘情報やねんけど、ギリギリに応募した方 がなぜか当たりやすいねん
「どうして?」
「さあ、わしにもコレといった根拠はわからん。でもこれは経験者がよう言うとるで。とにかくまずは行動や。ほらほら葉書とペンや」
 ブラッキーに言われるまま、コタツの上で作業することにした

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