第五章
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「腹減っただろ。飯食いに行こうか」
「うん」
ジンジャと手を繋ぎ、楽しくデートを味わう。
それはそれでドキドキとして心浮かれた。
女の子なら、恋をすればその人と手を繋いで、どこかへ出かけたい、デートしたいとか、夢を見てしまう。
それが現実のモノとなった時、どこかしら幸せな気分に浸っては、その雰囲気に寄ってしまう。
二人でご飯食べたり、街の中を一緒に歩いたり、買い物したり、そしてキスをして──
それが幸せいっぱいの一時。
──でも付き合うってこういうことなんだろうか。
なゆみはふと疑問に思った。
食事の後、小物ショップやゲームセンターで楽しい時を過ごしていた。
無邪気に何も考えず歩いていると、ホテルのサインが多数掲げられた通りに出くわしてしまった。
なゆみははっとしてぎこちなくなってしまう。
付き合うことは、全てを受け入れること。
それは、好きだから自然の成り行きの、そのもっと先の一番大切なこと──
それが頭にちらついた。
もうすぐ留学の出発日が近づき、なゆみはジンジャと離れることをとても気にしていた。
ジンジャが積極的になゆみに近づく度に、ふとその先の事を考えてしまう。
このまま何もなく、一年離れていいのだろうか。
それを思うと、意識し過ぎて、なゆみはうつむき加減でホテルがある通りを歩いていた。
ジンジャは強くなゆみの手を握った。
なゆみがドキッとしてジンジャを見つめると、メガネの奥から優しい瞳で笑いかけていた。
自分の考えていることがバレたのだろうか。
なゆみはもじもじと恥ずかしがった。
「タフクはほんとに嘘がつけない奴だな。なんでも顔に表れる。まあそこがかわいいんだけどな」
「ジンジャ……」
「安心しろ、ここに来たのは偶然だよ。ここがこんな風になってるって俺も知らなかったよ」
ジンジャからストレートに自分の思ったことの回答をされると、余計に気恥ずかしくなってうつむいてしまった。
「ほら、行くぞ」
手を引っ張られ、歩き出したのもつかの間、今度はジンジャが急に立ち止まった。
前方をじっと見て、緊張している。
「どうしたの、ジンジャ?」
なゆみも前方を見た途端、ドキッとして狼狽えた。
氷室と幸江が向こうから歩いて来ていたからだった。
ジンジャを握る手に力が入って、なゆみは怯えるようにしがみついてしまう。
その力の入れ具合が異常に強かったので、ジンジャは違和感を感じてしまった。
なゆみを見れば、不自然にぎこちない。
それに気を取られている間に、近づいて来た氷室が話しかけてきた。
「よぉ、お二人さんじゃないか。偶然だな」
「氷室さん、ご無沙汰しております」
ジンジャが礼儀正しく答えた。
なゆみはその隣でぎこちなく頭を下げていた。
「まさかこんなところで君達に会うとはな。一体ここで何してるんだ」
「別に何も、ただ歩いてるだけです。氷室さんこそ何をなさってるんですか」
ジンジャは相変わらず睨んでいた。
「いや、この先にお洒落な店があるので、今からそこへいくところさ。近道と思ったけど、この辺はいつの間にか怪しげな通りになっていたよ」
辺りを見回し、参ったとばかりに手櫛を入れるように髪を一撫でしていた。
その時、ちらりとなゆみを一瞥していた。
「コトヤさん、邪魔をするのは失礼ですわ。行きましょう」
「そうだな。それじゃお二人さん失礼するよ」
氷室と幸江は去っていく。
どこからみても、お似合いで、大人なカップルだった。
かつてはなゆみが氷室の隣を歩いていたが、それが恥ずかしく思えるくらい、幸江は氷室に相応しく釣り合いが取れていた。
なゆみにだけ見せていた、あの優しさは、今度は幸江に向けられる。
それが酷く心をもやもやとさせた。
氷室は手の届かない場所に存在し、なゆみとは一切の関係がなくなった。
頭では分かっていたが、実際に氷室を見てしまうと、何かがなゆみの中で崩れていってしまった。
どうしようもなく、耐えられずに、自棄を起こしてしまう。
「タフク、帰ろうか」
「ねぇ、ジンジャ、あそこ行こう」
なゆみが人差し指を向けたその先には、ホテルとかかれた建物があった。
「おい、どうした」
「ジンジャ、私もうすぐアメリカに行っちゃうんだよ。一年も会えないんだよ。その前にやっぱり、あの……」
「タフク、そりゃ俺も男だ。それくらいの欲望はある。だけど、今のタフクは俺と寝たいんじゃなくて、他の理由があってそんなこと言ってるんじゃないのか」
「えっ」
「タフクが無茶をするときは大概理由があるんだよ」
「無茶なんてしてない。私はただジンジャと……」
「本当にそうかい? もしかして氷室が関係しているんじゃないのか」
「そ、そんなことない。だってもうすぐ出発なんだよ。一年も離れるんだよ。ジンジャはそれでもいいの?」
ジンジャは暫く考えていた。
なゆみの双眸を見つめ、その真意を探っていた。
「分かった。それなら行こう」
ジンジャはなゆみの手を引いてホテルへと向かった。
なゆみは自分から言ったくせに、いざ足がそこへ向くと体が強張った。
だが、後には引けない。
それよりも、めちゃくちゃに壊れたかった。
ラブホテルに入るのは、なゆみにとって二回目だった。
一回目は氷室と成り行き上で入ってしまったが、それは吐くためだった。
今回は違う。
やはり、部屋に入れば緊張してしまった。
ここも大きなベッドが部屋の中で存在感を表していた。
それを見て圧倒されていると、ジンジャは何も言わずにメガネをはずし、側にあったテーブルの上に静かに置いた。
眼鏡を掛けてないジンジャは、また雰囲気が違った。
それだけじゃなく、急に真剣な目をしてゆっくり近づいて来た時は、もっと違った人に見えた。
「ほんとにいいのか?」
なゆみには返事する声もだせなかった。
極限まできて、すでにヒューズが飛んでいた。
かろうじてコクリと首を縦に振れば、ジンジャは迷うことなくなゆみに触れた。
なゆみの頬を手の甲を向けてすーっと一撫でする。
それがなゆみをぞくっとさせた。
その後に唇を重ね、最初はゆっくりと何度も合わせていただけだが、ジンジャは次第に激しさを増した。
なゆみはそれに一生懸命応えようとするが、ジンジャの唇の動きについていけず、ぎこちない。
ジンジャは一度動きを止めて、なゆみを見つめた。
「初めてなのか?」
なゆみは恥じらいで頷く。
ジンジャはなゆみの体を腕の中に入れ込み、ぎゅっと抱きしめた。
今度は耳元で息を吹きかけるように優しくキスをした。
なゆみの体の力が抜けていくと同時に、ドキドキとして体が熱されていく。
徐々にベッドに追いやられて、なゆみはすとんと落ちるようにその縁に座わらされた。
ジンジャはなゆみをしっかりと見つめ、そして自分のシャツを荒々しく脱いではそれを無造作に床に放り投げた。
上半身裸で、迫ってくるジンジャはいつものジンジャのイメージとは程遠く、野生の部分が押し出されている。
ジンジャがなゆみの肩に手をおくと、そのまま後ろに倒した。
そしてなゆみの顔を上からじっと眺めて覆いかぶさり、また唇にキスをした。
そこから首筋へと下に向かっていったときなゆみは、震えてしまった。
なゆみは目を硬く瞑ってジンジャにされるがままになっていった。