Temporary Love2

第一章


「ここか」
 大きな自然公園のような緑が広がる空間に、形が様々なビルや施設が建ち、その間を人々があちこちで歩き回っている。
 カリフォルニアらしく、11月に入ってもまだ半袖のTシャツと短パンの人もいる。誰もがカジュアルを通り過ごしたようなラフな格好で、氷室のようにスー ツ を着ているのは誰一人みかけなかった。
「なんか俺、浮いてるな」
 氷室は駐車場に車を止め、初めて大学に入学してきた緊張した気分になりながら、辺りを見回した。
 そしてなゆみが学んでいるという、英語を母国語としない人たちのためのクラス、ESLの教室があるところをその辺の学生に尋ね、その場所を目指した。
 キャンパス内は茫洋とした広さで、一種の街のようでもあり、また木も植えられて森の中のようでもある。土地勘がないものには簡単に迷ってしまいそうだっ た。
「本当に会えるだろうか」
 これだけ広いと探しきれないかもしれないと不安もよぎりながら、氷室はひたすら歩く。
 教えてもらった通りに来てみると、キャンパスのはずれに出くわし、四角い箱をいくつも並べたような簡単な造りの建物が集まっている場所に着いた。
 そこに は確かに様々 な人種が集まり、特に日本人を見かけたことで、すぐにここがそうだと確信し、氷室は先ほどの不安も 吹っ飛んで体が急に熱くなるほど興奮す る。
 『とうとう来た!』という感動でもあり、緊張でもあり、とにかく胸がぐっと突かれたような心臓の高鳴りを感じていた。
 キョロキョロとして、その辺を歩き回り、テーブルや椅子が置かれていた中庭辺りに来たとき、髪の短いなゆみの後姿がすぐに目に付いた。
(いた!)
 しかし良く見れば、なにやら変な白人と話をしている姿に氷室はまた胸騒ぎを覚えた。そして近くからなゆみの話をしている日本人の女の子の声 が耳に入る。
「ほら、マークまたなゆみを誘いにきたよ。なゆみはきっと断らずにこのまま二人で過ごすと思う。なゆみもはっきりと嫌だって言えばいいのに、そういうとこ ろ曖昧にするから、マークは恋人だと勘違いしてるんだよ。いつかチャンスを狙われて襲われたらどうするんだろうね。あの子そういうところ鈍感だから」
(おいっ、またかよ。アイツはなんでこうなるんだ)
 氷室はその話を聞いてぞっとした。そして相手の男に憤りを感じるとツカツカツカと大地を力強く蹴って歩み寄り、なゆみの前に立ちはだかった。
「(申し訳ないが、君、なゆみに付きまとわないでくれるか)」
 このときは自然にそんな行動を取ったが、良く考えれば結構ドラマティックな展開だったと、氷室は後から自分のやったことに酔いそうだった。
 久し振りの再会は二人の感情が燃え上がるほどに感動的なものだった。
 なゆみが氷室に我も忘れて抱きついたとき、氷室はやっとこのときが巡ってきたとばかりに今までのすれ違いが一気に型に嵌って意味を成したように思えた。
 お互いが抱き合ったとき、もう二度と離すものかと心が求め合っているのを体で感じている。
 暫くは甘い気持ちでいたが、やはりそこは氷室の俺様的な性格がやっぱり現れた。
 容赦なくなゆみのふらふらした行動を責め、そして葉書きに仕組まれていたメッセージの意味を指摘する。
 氷室のきつい言い方でも、なゆみにはすっかり慣れっことなり、また二人は自分達の世界に入り込み出会えたこのときを心から歓喜していた。
 そしてその後、芝生が広がる広場で地元の学生達に紛れて木陰に座り、青い空の下、心も解放されてやっと愛を確かめ合う口づけが交わせられた。
 一度目は氷室から優しくキスをしたが、なゆみが大胆に氷室の唇をもっと求めるように少しそそってみる。
 そして二度目は氷室の気持ちに火がついて、それなら遠慮なくとこの上ない愛情を注いでなゆみの唇を激しく愛撫する勢いだった。
 二人は晴れて恋人同士になり、ここから二人の心が一つになってまた新たなスタートとなった。
 もうテンポラリーとは呼ばせない。
 そのキスのあと、氷室はなゆみを抱きしめて耳元で囁く。
「お前はもう俺のものだ。一生離さない」
「その言葉、ほんと? 後で後悔したらどうする?」
 なゆみの心臓がドキドキと高鳴っていたが、わざとおどけてしまう。
「お前はこんなときまでそんなこと言うか? はいって、素直に俺について来るだけでいいんだよ」
「はーい」
「返事はもっと短くだ」
「はいっ!」
 これもまた氷室らしいとなゆみはこの瞬間が幸せだった。
「ねぇ、氷室さん。どれくらいここに滞在できるの?」
「二週間だ」
「仕事、そんなに休めたの?」
「いや、辞めてきたよ。これから俺のしたい仕事を探す。お前が日本に戻ってきたとき、必ずいい仕事についてるよ。もちろん夢もちゃんと抱いてな」
「うん。頑張ってね。私も応援してるからね」
「ああ、お前との約束も守ってやる」
「私との約束? そんなのしたっけ?」
「お前専用のキッチン作ることだろ。もう忘れたのか」
「あっ、覚えてたんだ。嬉しい。でもそれ格安で? まけてくれる?」
「お前、いい加減にしろよ。そのキッチンで誰のために料理するつもりだ?」
 なゆみはその言葉の意味を噛み締め、じっと氷室を見つめた。
 目の前に居るのが未来の旦那様──。そう思うのが気恥ずかしくもこんなに早く出会っていいものだろうかと戸惑いつつ、正直なところ氷室以外考えられな い自分がいた。
「なんだよ、急に大人しくなって」
「こういうのパーマネントラブだね」
「またかよ。テンポラリーの反対語がパーマネント(永久)だからか。お前そういうの得意だな」
「うん!」
 なゆみと氷室はカリフォルニアの青空の下、体を密着させて暫く寄り添っていた。

 二人は一緒に居ることに満足し仲睦まじくラブバードと呼ばれるくらいイチャイチャしていたが、氷室がこれから二週間ここで滞在する場所を見つけなければ とホテル探しを始めることにした。
 氷室が借りた車になゆみも一緒に乗る。
「氷室さん、運転大丈夫? 左ハンドルに慣れた? 走るところ右側だからね」
「空港からここまで運転してきたんだ、大丈夫に決まってるだろ。でも正直時々ややこしい」
「ええー!」
 なゆみは少し不安になりながら、氷室が車のエンジンをかけるところをじっとみていた。
 そしてその不安もすぐに吹っ飛ぶほど、氷室の運転する姿がかっこよく、いつの間にか目がとろんとして釘つけになっていた。
 あの大きな手でハンドルを握り、真剣な目を見せて前を向く氷室の横顔が男らしくて、隣に座っていてドキドキしていた。暫し見とれる。
「氷室さん……」
「なんだ? 俺の運転に酔って気持ち悪くなったとかいうなよ」
「違うよ。かっこいい」
「えっ、な、なんだよ」
 氷室もまたなゆみの一言でドキドキしてしまった。
 二人は無言だったが心を熱くしながら、カリフォルニアの景色を淡く背景に、映画の中のシーンみたいだと夢の中にいるような気分になっていた。
 しかし夢ではないんだと、二人はお互いを時々見ては確認しあう。
 信号に差し掛かって車を止めたとき、氷室はふと口にした。
「なんていうんだろう、こういうの」
「どうしたんですか、氷室さん?」
「なんか新……」
「えっ? シン?」
 氷室は新婚旅行みたいだと言いたかったが、それを言っていいものか迷った。
「いや、なんでもないよ」
 信号が青に変わり再び車を発車させる。
「シン(sin)って言ったら罪とか罪悪っていう意味ですよね」
「だからいちいち英語にしなくていい。しかもなんて意味の悪い言葉だ」
「それじゃ楽しくしりとりで、シンから始まる言葉いってみましょう。新婚旅行!」
「おいっ! わかってんじゃねぇか。それじゃ次、う。嬉しい」
「い。いつまでも一緒」
「よ。喜んで」
 甘くじゃれあう雰囲気に、二人は我慢できずに最後は笑わずにはいられなくなった。
 また気持ちが高まり、氷室はそっと右手を伸ばしてなゆみの膝に手を置いた。
「やだ、氷室さんどこ触ってるんですか」
 なゆみはびっくりして反射神経がぴくりと動く。
「おい、動くなよ。俺、今車運転してるんだから、お前が動くと危ないぞ」
「ちょっと、それって、氷室さんのされるがままになれってことですか」
「ああ、そうだ。大人しくしておけ」
 氷室はくすっと笑いながら、なゆみの膝をすりすりしていた。
 そしてまた信号にひっかかり車が停まると、なゆみは氷室の手を思いっきりつねっていた。
「いてー、お前何すんだ」
「だって、車の運転を盾に卑怯なんだもん」
「何が卑怯だ。触りたいんだから仕方ないだろ」
 氷室はふてくされたが、それが子供っぽく自分に甘えている態度に見えて今度はなゆみがくすっと笑っていた。
 信号が青に変わり、氷室は車を走らせるとまた氷室の右手が伸びて懲りずになゆみの膝に置く。
 呆れるやら嬉しいやら複雑な心境の中、今度はなゆみもその上に自分の手を重ねていた。
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