Temporary Love2

第一章


 氷室は目を見開いて慌ててしまう。
 チョコレートが入ってるようには見えない中身が分からないような曖昧なデザインで、怪しげな雰囲気がするその箱には、薄さ0.03mmなどという数字が 描かれている。
 なゆみはそれでも訳が分からずに箱の中を開けようとすると、氷室はそれを突然取り上げた。
「凌雅の奴! アイツ、嘘つきやがって。からかいやがった」
「どうしたの氷室さん? それチョコレートじゃないの?」
「これは、その、アレだ」
「アレ?」
「すまない。弟の奴にまんまと騙された。アイツいたずら好きなのをすっかり忘れてたよ」
「いたずら?」
「もう、いい。気にするな。知らなかったら知らないでいいから。安心しろ」
「氷室さん、何慌ててるの。あっ、手紙も入ってた」
 取り外した包装紙と共に白い紙が残っているのになゆみは気がついた。
 そしてそれを読んで初めてその箱の中身が何であるか知り、時間差で今度はなゆみが氷つく。
「おい、その手紙になんて書いてあったんだ」
 氷室は恐る恐るそれを手にして読んだ。
『この若さでまだ叔父にはなりたくないので、子供ができないように愛し合って下さい。きっとこれが二人の愛の営みに役立つことでしょう。兄思いの弟より』
「凌雅め、帰ったらボコボコにしてやる」
 なゆみは無意識にベッドに目が行った。先ほど抱いた緊張感が再び走る。
 二人はなんだか気まずく、意識してしまった。
 そして声を掛けたのはなゆみの方からだった。
 この緊張感が嫌だというばかりに自ら解決しようと努力する。
「氷室さん」
「な、なんだ」
「わ、私気にしてませんから」
「そ、そうか。すまなかったな」
「ううん、そんな謝ることでもないし、それに……」
「それに、なんだ」
「いつか役に立つかもしれない」
「ええっ」
 なゆみの口からそんな言葉がでようとは氷室はたじろいだ。
「もう、緊張するの疲れました。それなら早めに済ませた方が……」
「おいっ、待て、暴走するな」
「だって」
「もういいから、黙れ」
 なぜか氷室の方が恥ずかしがっていた。
 氷室はソファーから立ち上がり、箱をスーツケースの中に入れ、慌てて閉じた。
 なゆみはそわそわしながら何気なしに窓の外を見る。
「あっ」
「なんだ、まだあるのか」
「いえ、外が暗くなってきたなって思って。氷室さん、時差ぼけもあるし疲れてません?」 
「いや、大丈夫だ。ちょっと腹減ったかな」
「じゃあ、ご飯食べに行きましょうか。なんか食べたいものあります?」
「なんでもいいけど、お前は遅くなっても大丈夫なのか?」
「はい。バーバラすごく理解ある人で、自分が責任持ってたらなんでも自由にさせてくれるんです」
「あのおばさん、バーバラっていうのか」
「シングルマザーで、娘さんが一人いるんですけど、遠くに嫁いだから今一人で暮らしていて、部屋があまってるから、留学生に提供してるんです。私の他にフ ランス人の女の子も一緒に住んでるんですよ」
「そっか」
「またゆっくりとバーバラに氷室さんのこと紹介しますね。すごく陽気で楽しい人なんですよ。いいホストファミリーに当たってよかった」
 なゆみはこれまでのここで暮らしていたことを話し出すと、緊張した雰囲気はすっかり忘れ、またいつもの調子が戻ってきた。
 その勢いで外にご飯を食べに行こうと、また再び車に乗った。
 そして適当にその辺のアメリカらしいレストランに入り食事をする。
 中はごちゃごちゃとポスターやオブジェの飾りつけがされていて、賑やかさで溢れているようなところだった。
 氷室は周りを見渡した。背も高く体は大きい方だと思っていたが、ここでは自分が普通に見えるようだった。周りは氷室よりでかい人間が沢山いた。 それは縦にと言うよりも横にでかいと言うことだったが。
 その後、目の前に出された料理を見ても圧倒された。
「アメリカってやっぱりすごいとこだな」
「でも私、日本もすごい所だなって思います。アメリカも楽しいんですけど、日本も捨てがたい」
「お前はきっと世界中のどこへ行ってもうまくやっていけるんだろうな」
「そっかな。あんまり変なところには行きたくないな」
「でも俺がいればどこにでも付いて来るだろ」
「はいっ!」
 なゆみは氷室が気に入りそうな元気な返事をして、にこっと笑顔を見せた。
 氷室はその素直なところがやはりなゆみらしいと顔をほころばせた。

 食事が済むと、スーパーに寄って必要なものを買い求めた。
「氷室さん、外食ばかりじゃ栄養偏るし、私が時々ご飯作りに行きますね。でも氷室さん器用だから、もしかして料理するのも得意?」
 なゆみは心配そうな顔を向けた。
「いや、料理は苦手なんだ。材料切って、色々するのが面倒臭い」
「よかった。料理は私の得意分野だから、氷室さんが上手かったら私立つ瀬がなかった」
「なんでそんなに気にするんだ」
「私の家、父の方が料理が上手くて、母がいつも色々口出しされてそれで苦労したんです。だから私は料理が得意な男性は苦手かも」
「へえ、色んな家庭があるんだな」
 氷室は自分の将来のことを想像しているのか、なゆみが素材を見極めながら選んでいる姿を見つめる目が細まった。
「なんか俺、ラスベガスに行きたくなった」
「カジノですか?」
「いや、違う意味で」
「ん?」
 氷室にしてはすぐにでも結婚したいという意味だった。ラスベガスでは簡単に結婚できるからだった。
「すっかり遅くなっちまった。そろそろ家に送るよ」
 ある程度の食料品を手に入れ、氷室はなゆみを家まで送った。
 家の前に車が止まると、なゆみはなんだか急に欲がでて、氷室から離れたくなくなってしまった。
 このまま泊まりに来いといわれればなんの躊躇いもなく行けるのに、そんなこと口にも出せないとぐっと言いたくなるのを堪えていた。
 しかし次の日は学校もあり、朝も早いし、まだ宿題もしてなかった。
「明日、また今日と同じように授業が終わったら学校に迎えに来てくれる?」
 これが精一杯のなゆみのお願いだった。
「ああ、わかった。迎えに行く」
 なゆみはもう一つお願いをしたかったが、これも恥ずかしすぎて言えなかった。そのまま車を降りようとすると、氷室が腕を掴んだ。
「おい、待てよ、忘れものしてるぞ」
 なゆみが振り返ると氷室は体を近づけてなゆみにキスをした。
 それはなゆみがお願いしたいと思っていたことだった。
 二人は暫く、キスで酔いしれた。
 外の空気が冷えているときに、二人が熱烈に交わすキスの熱気は車の窓を曇らせた。
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