Temporary Love2

第二章


 氷室となゆみはジェイクとマリアを乗せて、また元来た道を戻る。このとき初めてお互いの自己紹介をして、そして色々な話を交わした。
「(なゆみ、コトヤ、君達になんてお礼を言っていいかわからないよ。なゆみがこのスケッチブックを拾ってくれなければ、俺はマリアを諦めていた。本当にあ りがとう)」
「(それは私達の喜びです。だから後は二人が幸せになればそれで嬉しい)」
 なゆみは後ろの座席に振り向き満足げな笑みを見せていた。
「(だけど、何かお礼をさせて欲しい)」
「(あっ、だったら、ジェイク、私達の絵を描いて。あなたに私達を描いて欲しい)」
「(そんなことでいいのなら、喜んで)」
 なゆみも氷室もこの上ない笑顔で絵を描いてもらうことがとても嬉しいと表現した。
「(ねぇ、ジェイク、聞いていい? 喧嘩の原因は何だったの?)」
 何もかも上手くいった後だから聞けるとばかりになゆみは遠慮なく質問した。
「(えっ? なんだか答え難いな)」
 ジェイクは今更ながらと恥ずかしがる。すると今度はマリアが代わりに話し出した。
「(私が彼にプロポーズしたのに、彼がそれを断って私が逆切れしたの)」
 ジェイクも観念したように後を続けた。
「(俺、お金ないし、売れない画家だから苦労かけると思って、自信がなかった。絵描きになる自信もなくてさ、それすら諦めようとしてたときだったから、結 婚なんて考えられなかったんだ)」
 なゆみはどっかで聞いた話だと聞いていた。
「(でも、もう諦めないよ。彼女が覚悟してついてきてくれるなら、俺も努力する。マリア、結婚しよう)」
 氷室となゆみが居るのにも関わらず、ジェイクは堂々とプロポーズした。
 二人は手を取り合って後部座席で愛を誓い合っている。
 なゆみも氷室も、やられたとばかりになんとも面映い笑顔になって二人で見合わせた。
「(おめでとう。ジェイク、マリア)」
 なゆみと氷室は祝福した。
 二人の愛にあてられて、なゆみと氷室も幸せな気持ちに浸っていた。
 マリアはとりあえず、ルームメイトの部屋に戻り、そしてジェイクを寂れたあのアパートに送っていく。
「(よかったら、あともう少し俺に付き合ってもらえないだろうか)」
 ジェイクはなゆみと氷室を自分のアパートに呼び、そしてすぐに二人の絵を描き出した。
 画家志望らしく、部屋はイーゼルや絵の具、デッサン用の彫刻などが散らばっている。
 部屋の隅に置かれていたベッドを指差され、氷室となゆみはそこに並んで腰を下ろした。
 ジェイクは椅子を持ち出して、二人の前に置いて座ると早速画用紙に鉛筆を走らせた。
 緊張してじっとしている二人にジェイクは笑いながら声を掛ける。
「(多少動いても大丈夫だよ。大体の感じは頭に入った)」
 なゆみは氷室と顔を見合わせ、にこっと微笑む。
「(いいね、その笑顔。彼のことが好きでたまらないって感じだ)」
 ジェイクの言葉に今度は氷室が笑わずにはいられなかった。
「(そうそう、コトヤもその笑顔がいい。彼女への愛が見えるよ)」
 ジェイクの言葉で二人はとても幸せな気分になっていく。
 時折モデルになっているということも忘れ、お互いのことを考えて見詰め合う。
 ジェイクは益々いい感じだと頷きながら手を動かしていた。
 小一時間程で絵は仕上がり、二人は出来上がった絵を見て、驚きの声を上げずにはいられなかった。
 目の前に自分達と良く似た寄り添っているカップルが居る。しかも最高に素敵な表情でそこに描かれてないはずのハートまで見えるようだった。
「すごい。氷室さんそっくり。しかもなんてかっこいい」
「おい、お前もそっくりだぞ。かわいく描けてるな」
「(どう? 気に入ってくれた?)」
 二人は満足した笑顔で首を縦に大きく振った。
「(ちゃんとサイン入れといてね。いつかジェイクが有名になったとき自慢したいから)」
 なゆみのリクエストにジェイクはサラサラと自分のフルネームを入れた。
 そのサインになゆみは驚いた。
「(えっ、ジェイカブ? ジェイクじゃないの?)」
「(ジェイクはジェイカブのニックネームになるんだ)」
「(へぇ、そうだったの)」
 ビーチで見かけたあの老人と全く同じ名前に、なゆみはなんだか不思議な気持ちになった。これも何かの縁なんだろうと、自分がしなければならなかった使命 だったと運命的なものを感じた。
 その後、ジェイクと別れ、なゆみは車の中でも穴が開くほどジェイクが描いてくれた絵を薄明かりの中で見つめていた。
「ねぇ、氷室さん。本当によかったよね。氷室さんのお陰です。ありがとう」
「何言ってんだ。お前が首突っ込んだからだろ。でもなんか感無量って感じだよな。俺とジェイクがオーバーラップしたよ。俺もお前が出発する日、空港まで追 いかけたんだぞ」
「えっ、あの日、氷室さん来てくれたんですか?」
「ああ、間に合わなかったけどな。だからジェイクにはどうしても間に合って欲しかったんだ」
「だけど、ビーチで会ったおじさんのジェイカブはお気の毒。私、なんか彼のためにできることないかな」
「うーん、その人が自分で立ち直る道を見つけないと人がどんなに慰めても難しいだろう。でも、ジェイクを救えた話をしてやったら、ちょっとは喜ぶんじゃ ないか。また会ったときに教えてやれよ」
「うん。でも、また会えるかな」
 なゆみは年取ったジェイカブのことを気にかけながら、暗い外を見ていた。
「あのスケッチブックの謎、ジェイクに聞くの忘れたな。あの絵にどういう意味があったのかミステリーの最後の締めとして聞きたかったな」
「氷室さん、ミステリーだなんて、落ちを求めてどうするんですか。あの二人がくっついたことでそれでいいじゃないですか。それにあの絵はマリアに見て欲し かったんですよ。きっと二人にしかわからない思い出があって、ジェイクはそれを描き綴っただけなんだと思います。だから私達は知らなくてもいいんですよ」
「そうだな。でももし俺がジェイクみたいにあんな絵を描けたら、俺はきっとまずお前と出会った純貴の店の絵を描いて、そしてお前も俺も酔いつぶれた居酒屋 のお座敷、それから二人で入ったホテルの中にあのトンカツ屋、一緒に歩いた街なんか描くと思う。忘れがたいお前との思い出だからな」
「宗教のビルもフレンチレストランも一応入れといて下さい。苦い思い出ですが」
「そういえば、そういうのもあったな」
「きっとジェイクもマリアとの思い出のゆかりの場所を描いたのかもしれませんね。最後に彼女の絵があったのも、あの時自分の気持ちを伝えたときだったん じゃないかな。自分でデザインしたあのエンジェルのネックレスを一緒にプレゼントして」
「きっとそうだな」
 二人の心は満たされて、いつまでも微笑んでいた。
 氷室は呟く。
「かなり遅くなったな。今晩俺のホテルに泊まっていくか?」
「はい」
 なゆみは躊躇うことなく素直に返事をしていた。
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