Temporary Love2

第三章


 スコットに引っ張られたよれよれになったTシャツを纏い、なゆみは力なくベッドの淵に氷室と座わっている。でも手はしっかりと氷室に密着するように抱き つき目を 閉じていた。
 氷室もなゆみの肩を抱きかかえるように静かに一言も話さず、なゆみが落ち着くまで二人でじっと動かない岩のようにひたすらこの試練を耐えている様子だっ た。
 なゆみは氷室のぬくもりと鼓動を感じ徐々に安らいでいく。
 どんなときもやはり助けに来てくれる氷室は頼もしく、この先もきっとどんなことがあっても守ってくれると思うと強く絆を感じられずにはいられなかった。
 体も心も温まるとようやく落ちつき、なゆみは氷室を見上げた。
「氷室さん、なんでこうなったか包み隠さず報告します。最初に言っておきます。私が馬鹿でした」
 なゆみはことの発端から、全てを語る。
 氷室は黙って耳を傾け、時折首を振っては相槌を返していた。
「というわけです。無視できなかった私が招いた結果です」
「いや、これは不可抗力だ。俺もベスで経験してるし、あのベスの兄ならこれはもう防ぎようがなかったよ。お前は悪くない。悪いのはあのスコットだ。卑怯な 手を使いやがって許せん」
「でもなんでここまで巻き込まれてしまうんでしょう。これなんかの祟りでしょうか」
「馬鹿、変な事いうな。そんなことない」
「でもここまで来ると、私呪われているとしか思えません」
「いや、これはなゆみの言葉を借りるなら、アレだ、アレ」
「なんですか?」
「アドベンチャーラブだよ」
「アドベンチャー、今度は冒険ですか」
「そうだ。テンポラリーラブからアドベンチャーを体験してそしてパーマネントになる。そういう過程なんだよ」
「氷室さん、全然嬉しくありません。アドベンチャーラブ、とても怖すぎます」
「実は俺もだよ」
 二人は慰めあうようにより一層ひしっと抱き合っていた。
 氷室の抱擁でなゆみの心が満足感を得て心強くなる。やっと問題に向き合えると、リビングルームで待っていたロドニー親子の前に姿を現した。
 寝室のドアを開けると、ロドニー親子は氷室となゆみを見つめた。
「ナユミ!」
 スコットが呼ぶと、ロドニーは黙っておれと、頭をどついた。
 なゆみは氷室の後ろに身を縮こませるように隠れてまた震えてしまった。
「(なゆみ、コトヤ、本当にすまなかった。君達には誠意を尽くして償うよ。お金はいくら払えばいい?)」
 なゆみはなんでもお金で解決しようとする態度に切れてしまった。
 氷室を盾にして、顔だけ出してすごい剣幕で怒り出した。
「(お金なんていらないわよ。私が望むのは唯一つ。この先絶対私に近づかないで。ただそれだけ)」
「(ナユミ、どうして彼がいるって言ってくれなかったの)」
 スコットが間抜けな質問をした。
「(言ったじゃないの。好きな人がいるって!)」
「(それじゃはっきりわからないよ。ちゃんと恋人がいるっていってくれないと)」
「(それじゃ、居るって言ったら、こんなことにならなかったの?)」
「(いや、きっと力づくで奪ってたと思う)」
「(それなら結果はどっちも一緒じゃない)」
「(スコット、黙っておれ! なゆみ、スコットが君に付きまとわないことを約束する。スコットは海外の支店に飛ばすよ)」
「(ええ、そんなの嫌だ)」
 スコットは駄々をこねた子供のように嫌がっていた。
「(だからお前はうるさい)」
 ロドニーはサーカスのリングマスターが猛獣を調教するように息子をたしなめた。
 なゆみはとりあえずは安心した。スコットは通常の常識がないだけにそれが一番の対策だと思えた。
 しかしスコットはまだ未練がましくなゆみを見つめていた。
「(ところで折角の週末だ。いきさつは仕方がないとはいえ、それでも観光名所であるラスベガスに来たんだ。このまま二人でここで過ごすというのはどうか ね。費用は全て私が持つ。ここで泊まって自由に使って くれてい い)」
 ロドニーは少しでも状況を良くしようと、二人に気を遣う。
 なゆみは以前氷室がラスベガスを話題にしたことを思い出した。
「どうする氷室さん? ラスベガスで遊んでいく? 前にここに来たいっていってたよね」
「そうだな。どうしよう」
 二人が日本語で話しているだけだったが、ロドニーは有無を言わさずそれを了解と受け取り、笑顔でここで楽しんでくれと無理やり押し付けた。
 そして備え付けてあった電話を取り世話係を用意する。
 曖昧のままに事が運んでしまい、氷室もなゆみも流されるままにラスベガスに滞在する羽目となってしまった。
「(好きに遊んでくれたまえ。それで償いができるとは思わないが、少しでも心の安らぎになれたらそれでいい。本当にすまなかった)」
 ロドニーはそういい残すと、スコットを引っ張り出口に向かう。
 スコットは心残りのまま何度も振り返りなゆみに恋しがる目を向けていた。
 なゆみはぶるぶると身震いしては氷室の腕にしっかりと抱きついていた。
 ロドニー親子と入れ替えに、暫くしてドアをノックする音が聞こえる。
 氷室がドアを開けると、ロドニーが頼んだ世話役が背筋を伸ばし訓練されたような完璧な笑 顔をきりりと向けていた。
 氷室と比べれば小柄に見えたが、ぱりっと黒いスーツを着こなし、きびきびとした身のこなしは人に仕えるプロに見えた。
「(バートランです。お会いできて光栄です。どんなことでも仰って下さい。ロドニー様から丁重にお世話するように命じられました)」
 氷室は部屋の中に招きいれると、バートランはなゆみにも丁寧な挨拶をしていた。
 なゆみはこうなってしまった以上、ラスベガスで遊ぶことを決めた。しかしぼろぼろの姿になった自分の服を着替えるまではどこか落ち着かない。
「氷室さん、お金持ってます?」
「ああ、現金が少しとカードがある」
「あとで返しますので、服買ってもいいですか?」
「ああ、そうだな。着替え持ってきてなかったな」
 なゆみはバートランに視線を向け、遠慮がちに希望を伝える。
「(それじゃ、あの早速いいですか。着替えを持ってきてないので、服を買いたいんですけど。買い物に連れて行って欲しいです)」
「(かしこまりました)」
 二人はバートランに連れられ、ホテルの中のショッピングセンターに連れられた。そこには高級ブランド物しかなかった。
「(こういうところじゃなくて、普通の安い……)」
 なゆみが言いかけると、バートランは笑みを浮かべ、有無を言わさず二人の背中を押して店に入った。
 バートランが店員に何かを伝えると、にこやかに数名のスタッフがやってきて、なゆみと氷室を別々に奥に引っ張っていった。
「氷室さん!」
「なゆみ!」
 二人は店の店員たちに引き離されて不安の中でお互いを呼び合った。
 バートランは嫌がる二人の気持ちなど全く無視して、最初の仕事だと張り切り、腕を組んで静かにその場で事が終わるのを待っていた。
 スタッフは次から次へと服を持ってきては、なゆみと氷室をコーディネートする。
 そして二人はスタッフにされるがままにゴージャスに飾り立てた服を着せられていた。
 なゆみは肩丸出し、胸が強調されて腰がきゅっと引き締まり、体の線が強調された淡いピンクのカクテルドレスを着せられた。
 氷室は光沢のある最高級生地を使った黒っぽいスーツだが良く見ればピンクのストライプが細かく入った粋なスーツを着せられた。
 スタッフはなゆみと氷室を対面させ、良く似合ってると囃し立てた。
「氷室さん、すごい」
「お前もすごいぞ」
 お互い見合わせてこの状況が落ち着かずそわそわしていた。
「(バートラン、こんな服買えません)」
「(費用は全てこちら持ちです。ご安心下さい)」
「(それでも困ります。こんなかっこうしてどこ行けと言うんですか)」
 なゆみはヒールが高い履きなれない靴を気にしている。
「(ではご案内いたしましょう)」
 そして二人はフレンチレストランに案内された。辺りを見回してぼそり。
「氷室さん、この絵ピカソじゃないの?」
「おい、ここ映画で見たことあるぞ。オーシャンズ11とかいう映画で出てきた」
 高級そうな雰囲気に二人は気が引けたが、バートランに勧められるままそこで食事を取る。
 料理には興味があるなゆみなのに、落ち着かないせいか何を食べてるか認識ないまま食べ終わってしまった。
 氷室も何も言わずただ黙々と食べていただけだった。
 食事が終わるとバートランが懐からチケットを二枚取り出した。
 有名な歌手のショーのチケットだった。
「まだあるのかよ」
「私達、こういう生活全然似合いませんね」
「でも、ここまで至れりつくせりだと、得した気分だな」
「ええっ! 私、結構怖かったんですけど、そんなのとこれを引き換えでチャラとか言われても全く嬉しくないです」
「ああ、そうだったな、ごめん」
 氷室は慌ててしまった。なゆみが抱いた恐怖と比べたらこんなことで騙されてどうすると自分を責めてしまう。
 なゆみもなんだか萎えてきた。やはりお金で解決しようとされているみたいで、急に帰りたくなる。しかし、氷室にとっては折角の観光だと思い、なゆみは我 慢して いた。
 二人は複雑なままに、有名な歌手のショーを見終わる。そんな状況の中で歌を聴いても全然面白くなかったのか、周りが感動しながら会場を後にしていくのに 対して、二人は無言だった。
 このまま部屋に戻ろうとバートランに先導されて移動しているときだった。
 カジノ場で見かけるスロットマシーンが興味をそそっているのか、氷室はじっと見ている。
「氷室さん、カジノしてきていいですよ。私はここでは未成年なのでできませんから、部屋で待ってます。バートランと行ってきて下さい。折角ラスベガスまで 来たんですから、楽しんで来て下さい」
「いや、いいよ」
 氷室は自分だけ楽しめるはずがないと遠慮するが、なゆみは氷室が遠慮してるくらい分かっていた。
「(バートラン、彼をカジノに連れて行ってあげて)」
 なゆみが頼むとバートランは洗練されたスマイルを向けて承諾した。
 氷室はバートランに背中を押されて連れて行かれる。氷室は振り返りながら困惑していた。
「おい、なゆみ」
「氷室さん、私のことは気にしないでいいから。楽しんで来て下さい」
 すでにバートランに誘導されなゆみと距離が離れていく。こうなってしまった以上、氷室もすぐに終わらせるつもりで厚意を受け入れた。
「わかったよ、それじゃすぐに戻るから」
 氷室はそういい残し、人ごみの中に消え入るようにバートランとカジノへ向かった。
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