Temporary Love3

第一章

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 凌雅の車を氷室が運転し、助手席にスコット、後ろに凌雅となゆみが乗り込んだ。
「さっきの話の続きだけど、弟子ってどういうことなんだ?」
 氷室がハンドルを切りながら、自分の真後ろに座っているなゆみに問いかけた。
「うちの父、板前なんです。小さいけど割烹料理店経営しているんです。そこでいつも頻繁に食べに来る外国人が居て、何度も弟子にしてくれって頼まれて、そ こで 一肌脱いだつもりで弟子にしたとか母から聞いてたんですけど、私も本気にしてなかったからそれで詳しく聞かなかったんです。だけどそれがまさかスコット だったなんてびっくり。なんでこんなことになってるのか私が知りたいです」
「グーゼン、グーゼン。そこの店の料理おいしかった。だからその味学びたかった」
 スコットがシャーシャーと言いながら、悪意ある目つきでちらりと氷室を一瞥した。そしてまた話し続けた。
「虎二さん、フレンドとしてもサイコー。なゆみのファーザーと知って僕もびっくりだった」
 あまりにも良くできた偶然に、氷室はスコットが何か企んでいるとしか思えなかった。この男ならやりかねないと、ちらりと疑った視線を投げかけた。
「なゆみがなぜ料理好きなのかはこれでわかったよ。お父さんの血を引いてたのか。お母さんよりお父さんの方が料理が上手いって言う理由もこれではっきりし た」
「あっ、そういえば、氷室さんにそんな話しましたね。うちの母の料理も悪くないんですよ。でも父の舌は繊細すぎるだけなんです」
「僕、虎二さんのお陰で料理ジョーズ。これでなゆみに美味しいもの食べさせてあげられる。いい夫になれる」
 スコットの言葉に今度は氷室がニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「スコット、料理の腕が上手くなるとなゆみに嫌われるんだぞ」
「ワット? よく意味がわからない」
「ネバーマインド(気にしないでくれ)」
 なゆみは後ろでくすくす笑っていた。以前料理ができる男性が苦手だと言ったことを意味しているんだとすぐにわかった。
 氷室となゆみにしか分からないやり取りを聞きながら、凌雅は静かになゆみを見ていた。
 なゆみは視線を感じ、凌雅と目が合いそしてあどけない笑顔を見せた。
 凌雅も合わせて笑いを返したが、すぐに視線をそらし窓の外を見つめる。なんだかそれ以上なゆみを見てはいけないような気持ちになっていた。
 そう思うのも嫌で、誤魔化すように凌雅が話題を振る。
「だけどさ、兄ちゃん、ナユを見たときすぐに気がつかなかったよな。こんなに綺麗になっているなんてびっくりだよな」
 なゆみは凌雅の言葉に少し恥ずかしそうに俯いていた。
「おい凌雅、いつの間になゆみのことをナユって呼んでるんだよ」
「私も、凌ちゃんって呼んでるよ。ねぇー」
 なゆみも調子に乗っていた。
「おいおい、なゆみもいい加減にしろよ。お前の恋人は俺だ」
「ノー、僕が恋人」
 スコットが負けずと意地になる。
「ありえん! それを言うならお前は変人だろうが」
 また氷室とスコットのイガミ合いが勃発した。
「でも、ヒムロはすぐになゆみに気がつかなかった。僕すぐにわかった」
 その言葉で氷室は動揺した。少し見かけが変わっていたとは言え、すぐになゆみを判別できずにいた事は確かに汚点だったとあっさりと自己嫌悪に陥る。
 急に黙った氷室になゆみが不安そうな表情を浮かべると、凌雅が取り繕うと口を挟む。
「何もそんなに深刻になることないだろ。それだけ兄ちゃんが気がつかない程ナユが綺麗になったって事だし、写真を見てた俺ですら気がつかなかったぜ。ス コットは予めナユの姿を知っていたってことさ。偶然を装ってるけど、絶対全て計画してやってることなんじゃないか。おい、お前どこかでナユの情報集めてる だろ」
 凌雅は自分の前に座っているスコットの座席を叩いた。
「なんのことですか。もっとゆっくり話して下さい。よくわかりません」
「こいつ、都合の悪いことは日本語わからないフリしやがるぜ。いけすかねぇ奴だ」
 以前にスコットの悪事のことを氷室から聞いたことがあるとはいえ、凌雅も自分の兄貴同様スコットを目の前にして益々気に入らなくなっていく。
「スコット、とにかくまた私に変なことしたらそのときは遠慮なく警察に突き出すから。あなたのお父さんのロドニーがなんて言おうと訴えるからね。アイ  ウィル スー ユー!」
「アイ アンダースタンド」
 それは本気で反省しているとばかりに、スコットは殊勝な態度でしゅんと縮こまっていた。
「でも、なゆみ。僕のことも考えて欲しい。僕、ドリョクする。なゆみがダイスキ」
 突然後ろを振り返り、子犬のような潤った目でなゆみを見つめた。
 氷室はやっぱり続きがあったかと、嘆きながら更なる試練を感じていた。
「兄ちゃん、こいつしつこいな。ナユも大丈夫かよ」
「私は氷室さんしか嫌です」
 なゆみがきっぱり言い切る。
「でもさ、”氷室さん”っていっても、言葉の揚げ足を取ると一応俺も”氷室さん”になっちゃうな。だったら俺もこのゲームに参加しようかな。誰がナユを最 終に手に入れるか。面白くなってきた」
「おい、ここで凌雅は関係ないだろうが。これ以上話をややこしくするな。それにこれはゲームじゃない。お前は一体誰の味方だよ。またお前の悪い癖が始まっ た」
「アハハハハハ。兄ちゃんが困ったところを見るのも俺は好きだから、なんか誰の味方もできない」
「リョウガ、ヒムロよりも話が通じそう。なんか面白くなってきた。ヒムロを邪魔することで僕たちナカマ」
「ちょっと、もういい加減にしてよね! 私はゲームの賞品じゃないっていうの。それに氷室さんいじめたら私が許さないから」
「なゆみ、ヒムロのどこが好きなの? ヒムロ、なゆみより年取りすぎてる。おじいさんになるの早い」
 スコットのこの言葉に氷室は一番打撃を受けた。頭をどつかれたくらい衝撃を受け、それを必死に顔に出さないように運転していた。
「そうだよな。兄ちゃんは確かにおっさんだよな。スコットは年いくつだ?」
「僕は29歳」
「なんだよ、兄ちゃんとあまり変わらないじゃないか。だったら23歳の俺が一番有利?」
「まだ20代で、ヒムロと比べたら全然チガウ」
「ナユもさ、わざわざ一回りも離れた年上を選ばなくても、年相応の相手を考えたらどうだ」
 氷室は一番気にしていることが話題に上り、ぞわぞわと背中で何かが走るような気分だった。
「私、氷室さんの年気にしたことありません。氷室さんが大好きなんです!」
 みんなの前で言い切った後ではっとし、なゆみはしゅわーっと体から何かが抜けていった。
 氷室はそれに励まされる。
「なゆみ、俺のことコトヤと呼べ! ”氷室さん”なんて呼ぶからいつも俺が年取ってるように聞こえるんだ」
「はい、氷室さん」
「おい、だからコトヤって呼べっていってるだろうが」
「あっ、そうでした。コトヤ…… あっ、でもなんか慣れないです。やっぱり呼び捨てにできません」
「お前、アメリカでは平気で色んな奴を呼び捨てにしてただろうが」
「でも氷室さんは私には偉大なんです。それに氷室さんって言い慣れちゃって今更変更するの難しいです」
「じゃあ、好きにニックネームつけろ」
「ええ? なんて呼んだらいいんでしょうね。コトちゃん…… なんかカトちゃんみたい。そういえばコトヤンって確か谷口専務がそう呼んでましたね。でもこ れも ジジ臭い感じが」
「おい、純貴が俺をそう呼んでたとき、ジジ臭いって思ってたのか」
「はい、なんとなく」
 隣で凌雅が腹を抱えて笑っていた。
「なゆみもヒムロがおじいさんだって思ってた〜」
 便乗してスコットも笑っていた。
「だから氷室さんが年取ってるとかじゃなくて、その名前の響きがその……」
 なゆみは慌てふためく。
「もういい、俺どうせ年取ってるのは誤魔化せない」
 氷室も最後は開き直るしかなく、年のことはこれ以上聞きたくなかった。
「氷室さん、それでも私はなんていおうと氷室さんが大好きですから」
「わかってるよ。今度はこいつら抜きで早く二人っきりで会おうな」
「はい」
 氷室も年のことでいちいち言われるのはうんざりだった。
 それよりも早くなゆみにプロポーズして結婚するしかないと固く心に刻み込む。
 だがまだ約束したように最高のシチュエーションを用意できていない。
 一つ大きなため息を吐いて、そして車を停めた。
「着いたぞ」
 車を停めたその先に洗練されたいかにも高級そうな日本の建築物がどーんと建っていた。
 氷室は目の前の料亭を見つめ、またここでももう一つの難関が待ち受けていると覚悟した。
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