Temporary Love3

第二章


 やっと氷室と結ばれるというのに、なぜこんなに悲しいのだろう。
 なゆみは持っていきようのない気持ちの中、氷室の愛撫を受けていた。
 愛されて求められているというより、氷室は自棄を起こして意地になり、ことを済まさないと気がすまないように思えたからだった。
 あまりにも乱暴すぎて、 それがレイプされてる気分になってくる。
 しかし、なゆみの気持ちとは裏腹に氷室は容赦なくどんどんと先へ進んでいく。
 Tシャツを裾から持ち上げ、胸が露になったとき、なゆみは耐えられず目を思いっきり瞑って顔を横に背けてしまう。
 泣きそうになるのを必死に堪え、氷室のされるがままに、嫌と言う気持ちを押し殺して無理をしていた。
 なゆみのそんな気持ちに氷室は全く気がつけず、己の欲望に支配されたまま欲求を満たすことしか考えられない。
 そしてブラジャーに手をかけた時、突然ドアベルが鳴り、驚いて氷室の手が止まった。
「くそ、こんなときに誰だ。無視だ。無視」
 一度体を支配した欲求は冷めることなく、先へと進もうとする。
 だが何度もしつこく連続的に鳴るドアベルの音に、イライラが募りその先に集中できないでいた。
 荒々しく立ち上がり、立腹して玄関に向かい乱暴にドアを開ける。
 そこには凌雅が立っていた。
「よっ、兄ちゃん。あれ? なんで上半身裸? えっ、もしかして俺、いいところ邪魔したとか?」
 玄関には女物の靴が脱ぎ散らかされていたのが凌雅の目に入る。
 そして氷室の顔つきがこの上なく怖い。
「凌雅、何の用だ」
「いや、別に用はないんだけど、借りてた本返しに来た」
 屈託のない笑顔で凌雅はその本を氷室の前に突き出す。
「お前、それいつ貸した本だよ。五年くらい前じゃないか。なんでそれを今更」
「掃除してたら出てきたから、忘れないうちにと思って」
「五年間も忘れてた癖に、今更言えた台詞か」
「兄ちゃん、すごくご機嫌斜めだね」
「当たり前だ」
 その時奥からTシャツを整えながらなゆみが出てきた。
「こんにちは、凌ちゃん」
 か細い声でなゆみは目を潤わせて見つめた。
「やっぱりナユが居たのか。ということは、アレの最中ってことだったんだ。あーごめん」
 凌雅は冷やかしと意地の悪い笑みを見せる。
「わかったら、さっさと帰れ!」
 氷室が凌雅から本を引ったくりこの上なく怒鳴った。
 後ろでなゆみが怯えて首を横に振っていた。まるで助けてと訴えられているようで、凌雅はそれを見て普通じゃないと感じる。
「おい、兄ちゃん、そんな怒鳴るなよ。ナユが怯えてるじゃないか。なんかいつもの兄ちゃんじゃない。大丈夫かよ?」
「お前の心配などいらん!」
 まだ怒った口調で返事をする氷室になゆみはやりきれない。
「氷室さん、私も今日は帰る」
「えっ、なんでだよ、なゆみ。俺達会ったとこじゃないか」
「氷室さん、ごめんなさい。また連絡する」
 鞄を掴み、慌てて靴を履くなゆみに、氷室はショックで呆然と見ていた。
「おい、なゆみ、待てよ。どうしてだ」
 氷室がなゆみの腕を力いっぱい握ると、なゆみは痛いとばかりに顔を歪ませた。
「兄ちゃん、止めろよ。ナユ痛がってるじゃないか」
 凌雅がその手を振り払おうと氷室の手を取った。
「凌雅は黙ってろ」
 我を失っている氷室になゆみは我慢の限界だった。
「氷室さん、止めて。今日は私もまだ時差ぼけで疲れてるの。また出直してくる」
 なゆみは氷室の手を振り払い、懇願する目を向けた。
 氷室は不完全燃焼で苛立った気持ちを抑えらない。
 「わかったよ、それなら帰れよ」とつい暴言を吐いてしまった。
 なゆみは涙を一杯溜めて、口元を震わせ必死に耐えていた。
 「ごめんね」と呟いたとき頬に涙が伝わっていた。
 そして静かに出て行った。
「兄ちゃん、一体何が起こってるんだ。ナユ泣いてたぞ」
「もういい。お前も帰ってくれ」
「その調子じゃ、ナユを無理やり抱こうとしたんだろ。やりたいときにやれなかったからって苛つくなよ。大人気ねぇ」
 凌雅も嘲笑って出て行った。
 凌雅の言葉が胸に突き刺さり、氷室は暫くその場で立ち尽くしていた。

「おーい、ナユ」
 エレベーターに乗ろうとしてたなゆみを凌雅は追いかける。ニコッと笑って一緒に乗り込み、なゆみも無理して笑顔を見せようとしたが引き攣っただけだっ た。
「大丈夫か? 兄ちゃんがあんな風になるなんて、俺も初めて見た。なんて酷いんだ」
「全て私が悪いの。氷室さんは何も悪くない」
 なゆみは俯いてしまう。
 思い出すと涙が溢れてきた。
「おい、ナユ、泣くなよ」
 エレベーターが一階に着くと、他の誰かがすでに乗り込もうと待っていた。
 凌雅は黙ってなゆみの肩を抱き、労わりながらエレベーターから出て行く。
「ナユ、俺が家まで送ってやるよ。俺の車に乗れ。そんな顔して外歩けないだろ」
 なゆみは気が動転していたこともあり、凌雅に言われるままにマンションの前に停まっていた車に乗った。
 
 その時、氷室は徐々に落ち着きを取り戻していた。
 そして置かれている状況に気がつくと、慌ててシャツを引っ掛けて、外に飛び出した。
「なゆみ!」
 後悔と罪悪感、さらに羞恥心まで襲い掛かり、この上なくやりばのない思いに悲嘆する。
 スコットの企みに苛立って、その思いをなゆみにぶつけてしまった。
 なゆみを物扱いして、自分の欲望だけのために利用しようとしてしまった。
 一度抱いた欲情が途中で遮られ、なゆみに受け入れられてないと知ると欲求不満さから、さらにイライラが募り、その感情のままに流されてしまった。
 だがそれらに気づくのが遅かった。
 エレベーターは誰かが使用し上の階まで行ってしまいすぐに来ず、仕方がなく氷室は階段を駆け下りた。
 だが下についたとき、凌雅の車が去っていくところだった。車の助手席にはなゆみの姿もあった。
「なゆみ!」
 呼んだところで車はすでに遠くで小さくなっていた。
「なんでいつもこうタイミングが悪いんだ」
 やっとなゆみと会えたというのに、また困難にぶち当たり、危機感を感じる。
 捨てられるんじゃないかという恐れは現実味を帯びてきた。
 それこそスコットの思う壺だった。
 氷室はがっくりと肩を落として部屋に戻るしかなかった。
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