Temporary Love3

第六章


「兄ちゃん! ナユ! 見てるか」
 聞き覚えのある声。咄嗟に振り向いた先にはテレビしかない。
 だがそこには凌雅がマイクを握り締めている姿が映っていた。
「凌雅!」
「凌ちゃん!」
 二人とも声を張り上げて驚いた。
 何かのバラエティ番組なのか司会者が凌雅に語りかけ、後ろにはバンドのメンバーらしき人々も映っていた。
 デビューしたての新人として紹介されているが、バックからすでに黄色い声援が聞こえる。
 久し振りに見る凌雅は最後に会ったときと変わりはなかったが、笑顔がはじけていた。
 氷室もなゆみも口を大きく開けたままテレビ画面に見入ってしまう。
 トークが終わると曲目の紹介がされた。
 凌雅はカメラに目線を向けて、まるで氷室となゆみがそこに居るかのように語りかけた。
「大切な人たちのことを思って歌います」
 歌の準備に取り掛かり、暫くしてバックのバンドが演奏を始め、凌雅が歌いだす。
 氷室もなゆみも我が目を疑うような眼差しでそれを聴いていた。
 暫く二人は口も聞けず、テレビ画面に釘付けとなり凌雅の熱唱をじっと見ていた。
 画面の中の凌雅は真剣な表情で、一心不乱に歌っている。
 そこには過去のことやコンプレックスも越えて、最高に今の自分に満足だという自信溢れた姿があった。
 氷室となゆみは突然はっとすると携帯を取り出して、自分のそれぞれの親に連絡を入れた。
「お母さん、凌ちゃん、今テレビに映ってるよ。ほらほら早く」
「敦子さん、凌雅がテレビに出てる。歌手になってるよ」
 二人とも慌てふためきながら伝えていた。
 電話を切った後も、二人は自分のことのように嬉しくてたまらず、凌雅を見つめると気持ちを抑えられずに、声援を送っているつもりが興奮してやかましく騒 いでいた。
「凌ちゃんすごいよ。最高だよ。さすがだよ」
「凌雅の奴、こんなに歌が上手いとは知らなかった。いいぞー、凌雅」
 二人は画面の中の凌雅を穴が空くほど見つめていた。
 歌い終わるとなゆみは思わず拍手せずにはいられなかった。
「凌ちゃん、ほんとに歌手になってる」
「あいつ、すごいじゃないか。やりやがった」
 氷室もつられて拍手をしていた。
 凌雅は最後に画面一杯に清清しい笑顔を向けていた。
「凌ちゃんかっこいい。ものすごくかっこいいよ」
「なんか俺、悔しくなってきた。あいつ、やっぱりまだ俺と張り合ってるんじゃないか」
「やだ、コトヤがそんなこと言ってどうするの。凌ちゃんはもう兄のことなんてなんとも思ってませんよ。あの笑顔みたら、ほんとに自分の好きなことをして楽 しんでいるとしか見えませんでした」
「凌雅の奴、まさか本当に夢を追いかけるとはな。でも凌雅の兄でよかったってすごく思えた」
「ほんと素敵でした。凌ちゃん頑張ってたんだ。これからもどんどん頑張ってスターになって欲しい」
 二人は凌雅の歌の余韻を感じたまま、暫く凌雅の話題で話が弾む。
 そしてそれに便乗して氷室がここぞとばかりに本題に戻そうとする。
「で、俺達何してたっけ」
「あっ、そうだった。喧嘩してたんだ」
「えー? 喧嘩してたのか? いや、気がつかなかったな」
 氷室はすっとぼけた顔をして、なゆみをがばっと抱きしめた。
「なんですか、それ」
「だから、好きってことさ」
 氷室はなゆみの頬や首筋にキスをしまくった。
「もうくすぐったい! 機嫌を取るのやめて下さい。ほらもう一度、一から考え直しますよ」
「わかったよ。どうすればいいのかちゃんと考えよう。もうさっきみたいに言い争うのは嫌だからな」
「私だって嫌です」
 また結婚式の話に戻りながら今度は慎重に話し合うが、時々凌雅のこともどうしても話題にでてしまう。
 なゆみは凌雅の頑張っている姿を見せられて嬉しさが抑えられない。
「凌ちゃん、また会いたいな。そんでカラオケ一緒に行きたい。あの時、私だけのために歌ってくれてたなんて、なんてすごいことだったんだろう」
「おい、どういう意味だそれ。お前、まさか俺よりも凌雅の方がよくなったって言うんじゃないだろうな」
「えっ、ドキッ! ヘヘヘ」
「あっ、お前、なんだその態度は。許せん」
 氷室はなゆみを床に押し倒して覆いかぶさった。
「やだ、コトヤ、何するのよ」
「お前は俺のものだってことをわからせてやる」
「あら、そんなこと疾うにわかってましたけど」
 なゆみは氷室の頭を持つと自分に引き寄せ、そしてキスをした。
 からかってやろうとした氷室の方が逆にやり込められてしまう。
 なゆみのキスを受け、次第に氷室がその気になってきたところでなゆみが突然突き放してニコッと笑った。
「はい、ここまで。さてと、結婚式どうするか考えないと。あー大変だな」
 氷室からするりと抜けてなゆみは起き上がりパンフレットを見出した。
「えっ、おい、なゆみ、俺の気持ちはどうすればいいんだ」
「その辺に置いといて下さい。とにかく具体的にどうすればいいかだけでも決めなくっちゃ。それから住まいも決めてしまわないと。ほんとどうしましょ」
「どうしましょって、俺のこの気持ちはどうしてくれるんだよ。その辺に置いとけるもんじゃないぞ」
 氷室が後ろでぶつぶついっててもなゆみはおかまいなしだった。
「ウエディングドレスもいいけど、やっぱり綿帽子もいいな。コトヤも袴似合いそう。凌ちゃん結婚式来てくれるといいな」
「おいっ、なゆみ。ちょっと、あのー」
「あっ、コトヤ、なんかアイスクリーム食べたいな。買ってきて」
「えっ、俺が?」
「他に誰が行くの」
「えっ、なんか、お前最近変わってきてないか?」
「変わってませんよ。ずっとコトヤが好きなんですから」
 なゆみはまた氷室に近づいてキスをすると氷室は照れていた。
「そ、そうか。アイスクリームどんなの買ってくればいい?」
「チョコレートチップバニラ!」
「わかった、ちょっと行ってくる」
 氷室が出かけてドアが閉まった音が聞こえると、なゆみは笑っていた。
「俺様だったコトヤがなんかデレっとして変わっちゃった」
 初めて会った頃と比べると、角が全くなくなり丸くなっている。なゆみの前になると丸さがさらに溶けて変形している。
 だが頼りになるところは芯を持って最後までしっかりとしている。
 なゆみは結婚式場のパンフレットを見ながら、どこで挙げてもいいように思えてきた。
 一番大事なのは場所でもスタイルでもない。隣に氷室がいるということだけだった。
「氷室なゆみ……」
 自分で呟いて気恥ずかしくなってテーブルをついバンバンと叩いていた。
inserted by FC2 system