第四章 青い空に続け
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真っ暗な夜道。
住宅街から離れ、遠くにビルが固まっている明かりが見えるだけで、車だけが行き来できる設備された広い道路。
時間的にはそんなに遅くもないのに、後ろも真っ暗、車も一向にすれ違わないくらいに寂しい道だった。
「(キョウコ、知ってる? 全く人気のないところで車が止まって、ガス欠になったって言ったらそれは相手の事が好きだって主張してることなんだ)」
なんだか意味がわからない英語だった。
自分の英語の理解力も怪しい。
何かの例えなのだろうか。
文章の意味もよく分からないし、果たしてマシューが言ってることを間違いなく頭で訳せたのか自信ない。
ガス欠になったと言ったら相手が好き?
どういう理由でガス欠がそんな意味をもたらすの? 私には理解しがたいアメリカンジョークなのかもしれないと、その時は適当にふんふんと聞いていた。
そしてその直後、マシューの車がいきなり止まった。
本当に真っ暗闇の中、どこにも他の車の姿が見えず、どこを走ってるかもわからないままに車が端によって止まった。
私が不安になっていると、マシューは少し驚いた様子で言った。
「(あっ、ごめん、ガス欠)」
「えー、うそ」
車が運転できない私は、どこがガソリンのメーターなのかわかってないだけに、それを見て確かめる事ができなかった。
マシューの車は止まったままで暫く真っ暗闇の中、じっと座っているだけになってしまった。
マシューは私の反応を静かに見ているし、私はよくわからないまま、どこかで冗談だと思っていた。
「(さっき言った話、覚えてる?)」
覚えているけど、実は良く意味がわからなかった。
今更そんなこと言えない。
暗闇だったからどこまで見えてたかわからないが、とりあえずはこっくりと首を縦にふるけど、顔はきょとんとしたまま。
状況が分からないから、何をどうしていいのか戸惑ってるだけに過ぎなかった。
『ガス欠になったら相手が好き』
これって、まだマシューは私の事が好きっていう意味で捉えていいものなのか。
曖昧な理解力の中、例え話をどう解釈していいのか、返事の仕方がわからない。
暫く沈黙が続いたまま、どこかも分からない真っ暗な道の途中でただじっとしている。
そしてマシューのため息が小さく漏れた。
「(やっぱり君には僕の気持ちは分かってもらえないみたいだね。僕はまだ君の事が好きだというのに)」
それを言うとマシューは車のエンジンを掛けた。
ちょっと待って下さい。
それって、愛の告白だったのですか?
そんなの分かるわけない。
ならば、なんで、もっとちゃんとした誰にでも分かるように説明してくれないの。
私だって、避けてるわけじゃない。
本当はもっときっちりと話し合いたいと思っていた。
それを比喩にして、それと同じ事を実際にやって、私に理解しろって言う方が無理がある。
しかも英語なのに。
試される方の気持ちも分かって欲しい。
マシュー、私は恋の駆け引きがわかりません。
これは、マシューが私に与えたチャンスだったのかもしれないが、私は見事に不合格だった。
というより、これってなんの例えなんでしょう。
私はなんだか気力がなくなって、黙り込んでしまった。
マシューは私にキスをしようと思わなかったし、手を握ろうともしなかった。
本当に友達に戻ってしまった。
でもマシューの少し不機嫌に黙りこくっている様子が、またどこか自分の思うようになれないフラストレーションを感じているように思えた。
無事に家まで送り届けてもらい、マシューも宿題を手伝ってもらった御礼は忘れなかったが、それ以上の言葉は続かなかった。
どこかで私はこのまま別れるのが嫌がっている。
しかし、もう何も言えなかった。
思いだけがかろうじて残っている状態。
それは過去に夢を見させてもらった、あの状態をもう一度味わいたいという欲望だった。
マシュー自体も私に対する願望はすっかり消えていったように思える。
「(気をつけて帰ってね)」
それを言った後は、手を振ってそして家に戻っていった。
一応最後まで車のランプを目で追いかけていたけど、見えなくなって闇が広がったとき、ただ虚しさが募るだけだった。
完全に終わってしまったのかもしれない。
これが最後のチャンスだったのかも。
こんなチャンスが最後のチャンス?
あの例えはいくらなんでも真面目に取り組めませんでした。
七面鳥さん、これってカルチャーの違いなんでしょうか。
よく分からないままに、終了──。
私は痛む胸を抱えながら、大きくため息をついた。