第十章
5
ジョーイが疲れ果てて家に戻り、玄関のドアを開けると、二階からトニーの嘆き声が聞こえてきた。
あからさまに怒りを何かにぶつけ、暴れている。
ジョーイは慌てて階段を駆け上がった。
「どうした、トニー」
部屋のドアを開けると、トニーは手当たり次第にモノを投げつけめちゃくちゃにしていた。
「おい、何をしてるんだ。やめろ、トニー」
暴れるトニーの腕を掴み、押さえ込む。
「離せ、放っておいてくれ」
「こんな状態を見て放っておけるか。ここは俺の家だ。これ以上物を壊すな」
「うるさい。俺の勝手だ」
「落ち着け、一体何があったんだ。お前また酒の匂いがするぞ」
トニーはジョーイの腕を払い、そして落ちていた本を壁に投げつけた。
「おい、やめろ!」
ジョーイは咄嗟にトニーの頬を殴ってしまった。
トニーはその拍子に後ろに倒れこみ、床に尻餅をついてしまう。
「いい加減にしろ。いくら酔っ払ってるからってやっていい事と悪いことがあるぞ」
頬を押さえ込み、座り込んだままトニーは肩を震わせている。
「俺は欠陥品なんかじゃない」
トニーは悔しさで歯を食いしばっていた。
「トニー、一体誰と飲んだんだ。未成年のお前が酒なんか一人で飲める訳がないだろ。側に誰かがいたんだろ。そいつに何か言われたのか」
「ジョーイ、お前は完璧な人間なのか、いや、それ以上なのか」
「おい、何を話しているんだ。とにかく酔いを醒ませ」
「俺は酔ってなんかない。酔ってない」
だが呂律が回ってなかった。
「分かったから、今日はもう寝ろ。そして明日片付けろよ」
部屋を出て行こうとするジョーイを、トニーは呼び止めた。
「待ってくれジョーイ。ずっと前に大豆のことを俺に聞いたよな。俺、他の奴にも大豆についてどう思うか聞かれたんだ。変な奴だなって思いながらも、そいつ
アメリカ出身だったから同郷のよしみで、何度か会って食事に誘われて仲良くなっていったんだ。酒もそいつと飲んだ。ちょうどジョーイと喧嘩したときも奴と
会ったんだ。その時、愚痴のつもりでお前のこと話しちまって、そしたらあいつ不公平だなって同情してくれた」
「まさかそいつの名前はギーっていうんじゃないだろうな」
「やっぱりジョーイの知り合いなのか」
「知り合いも何もあいつはFBIだ」
「FBI? まさかあいつ俺から何か探ってたのか。実は今日も駅で声を掛けられて一緒に飲んだ。その時、喧嘩のことを持ち出されたから、仲直りしたって
言ったら、それからジョーイの事を色々聞かれたよ。相変わらず何するのも器用かとか、天才かとか。そしてやっぱり不公平だなって言うから、今度は何が不公
平なんだって訊いたら、頭を指すんだ。そして俺が欠陥品だっていいやがった。あいつ、俺が学習障害なことを知ってやがった。それで俺が孤児なのは不要な人
間だから親に捨てられたんだとかまで言い切った。完璧な人間のために不幸な人間まで作り出す世の中が許せないとか訳のわからないことも口走ってたけど、自
分が欠陥品と言われて腸煮えくり返って、酒の勢いもあったからこうなっちまった。ジョーイ、迷惑かけてすまない」
トニーは理由を話して落ち着いたのか酔いのせいなのか、そのままごろんと物が散らかった床に寝転がった。
ジョーイはトニーの姿を見下ろしながら、ギーにぶつけられた質問の意味を暫く考えていた。
ギーがトニーに近づいた理由。そしてこの有様。
キノとノアの事も知っていた。
自分の父親の事も知っていた。
これらが全て関係しているのなら、元を辿れば父親が何をしていたかに繋がってくるというのだろう。
父親が一体何をしていたか、それを知るには母親が隠して飾っていたあの写真にヒントがあるのかもしれない。
トニーに布団を掛けてやった後、母親の部屋へ向かった。
部屋に入り、箪笥の上にあった写真立てを掴み、中から隠されていた写真を取り出した。
もう一度良く見る。
最初は写っている人物ばかりに気を取られていたが、周りに写りこんでいる物も注意深く見れば、色々と見えてきた。
壁に飾られた絵画、観葉植物、ドアに記されたゴールドのプレート。
光って文字が読み取りにくかったが、なんとか判別できた
その字を読んだとたん気がついてしまった。
『Institute of Gene……』
「途中で切れているが、インスティチュートは研究施設のことであり、Geneの後に続く言葉は多分、Genetics、遺伝学のことだろう。ギーがいいたかったのはこれだ」
ジョーイは全てのキーワードを繋ぎ合わせた。
俺の父親が何をしていたか。
俺のIQが高い理由。
モルモットと呼ばれた訳。
そして大豆に込められたヒント。
ギーは遺伝子のことを言っていたんだ。
大豆には遺伝子組み換えをされているものがあるってことか。
そしてそこから考えると父親がしていたことは、人間の遺伝子操作だといいたいのだろう。
そうすれば全てが繋がってくる。
俺は人間の手によって遺伝子を操作されたってことなのか。
それじゃキノとノアもモルモットと呼ばれたのは、俺の父親が実験で作り出した人間ってことなのだろうか……
ジョーイはいつかキノが言ってた言葉を思い出していた。
『私は普通に生まれてきたかった……』
『こんな風に生まれてきたのも意味があるんだって思いたいの』
キノはジョーイ以上に見かけに対してコンプレックスを抱いていた。
その影でキノは遺伝子を操作されていたことを気にしていたのだろう。
『私の夢は人の役に立ちたい。自分ができるのなら惜しまずにその力を役に立てたい』
この言葉がこの時になってジョーイの心に響く。
自分の運命を受け入れて、キノは生きている。ジョーイはそう感じ取った。
意味がわかった後に見た父親が写っている写真は、物悲しく目に映る。
「だけどなぜ俺は何も知らされずにいるんだ。全てを隠すために家が吹き飛ばされたということなのか? 父親は一体何をしようとしてたんだ。そして居なくなったアスカもまた遺伝子操作をされた子供だったってことなのか?」
まだまだ分からないことだらけだった。
また写真を元に戻すが、写真立てには父親と母親が写っている写真を前にして飾っておいた。
真実と向き合いたい、ただその気持ちを込めて──